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(六十四)
その後の「DINNER」は散々なものだった。メインゲスト
だった私が、自分の殻に閉じこもってしまったので、話しが全く
続かずに沈黙だけが煩(うるさ)かった。静寂が訪れる度に、女
社長が当たり障りのない話しを持ち出したが、いずれも私が加わ
れない話題で、ただ、相槌を打つことしか出来ずに会話はプツリ
と途切れた。まるで私は、イルカの群れに誤って紛れ込んだマグ
ロのようで、「空気が読めない」どころか、全く空気が吸えなか
った。我々の出会いは初っ端から祝福されてはいなかった。女社
長が心の中で「ダメだっ、こりゃ!」と言うのが聞こえた。ワイ
ンで朱色に染まったテーブルクロスを見詰めながら、私は朱に交
われ「ず」赤くなった。彼女は「DINNER」を終えると、早
々に我々を見捨てて化粧室へ旅立ってしまった。すると、酩酊し
た老先生が突然、私に話しかけてきた。
「君!あっ、君は何と言う名だっけ?」
私は初対面の時に告げた名前をもう一度告げた。直ぐに老先生は
私の名前を君づけで呼んだが、その後、二度と名前を呼ばれるこ
とは無かった。
「君ね、日本の文化は接木(つぎき)なんだよ。ずーっと桜でや
ってきたが、明治になってバラの美しさに驚いて、バラを接ごう
とした。ところが、誰もバラの育て方を知らない。そこで国家が
近代化の啓蒙を推し進める為に、絵画だけでなく西洋文化を真似
ようとした。」
「ええ。」
「多くの才能ある画家が西洋絵画の技法を学ぶ為にフランスへ留
学した。ところが、その西洋ではすでに写実的な描写に飽き々々
して、逆に日本の浮世絵に魅せられていた。あっちへ行ったら桜
がいいってなってる。」
「戸惑ったでしょうね、バラを習いに行った人は。」
「確かに。それに浮世絵は庶民文化だからね。今で言うと漫画だ
よ。こっちでは誰も芸術だなんて思っていない。」
「ちょうど印象派が出て来た頃ですね。」
「そうだ、写実を習うつもりだったのに、それはもう時代遅れで
、これからは画家の個性が大事だとなった。これは凄いことだよ
、君。写実とは突き詰めれば個性を排すことだからね。個性まで
人に習う訳にはいかない。ところが、日本ではやっぱり写実を求
められる。」
「どうしていいか解らなく為りますよね。」
「そうっ!それが今の日本の美術界なんだ!」
「ダメですか?」
「いや、全然かまわない。ただ、そう為ると権威に縋る者が増え
て、遂には画家は個性を見失い、退屈な絵画ばかりが持て囃され
るに違いない。」
「はい。」
「日本の絵画は近代化と共に国家に支えられて、様々な個性が花
開いた、それは間違いない。しかし、今まさにそのアカデミズム
こそが、芸術全般の閉塞を招いている。」
女社長が戻って来た。
「あれっ?お話し盛り上がってるわね。」
それでも、老先生の熱弁は冷めなかった。
「つまり、我が国の芸術は、馬鹿げた権威主義から逃れられられ
なくなってしまった。そもそも、芸術家に学歴や肩書きなど必要
ないんだ!作品が全てだ。そう思わないか?」
「はい!」
「君のような人が変えてくれると期待している。頑張りなさい!」
「はい!」
私は感激のあまり今にも泣き出しそうになった。
「帰りましょうか?」 、女社長が冷たく言った。
(つづく)
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「パソ街!」61―65
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