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(五十九)
ノーベル物理学賞を貰った日本人の理論が紹介されていたが、
宇宙はビッグバーンの後、粒子と『反』粒子が生まれたらしい。
粒子と『反』粒子はカップルになって消滅するのが摂理だが、カッ
プルになり損ねた粒子が取り残されて宇宙が生まれたと云う。
以下は、私の勝手な想像だけど、宇宙の始りは摂理の破壊によ
ってもたらされた。つまり、宇宙はビッグバーンによって取り残され
た粒子によって生まれたのだ。『反』粒子との結合を果たせずに消
滅を逃れた粒子は、謂わば摂理の破壊者である。つまり、この宇
宙は摂理の破壊によって生成された。『反』粒子を失った粒子は、
不安定なまま『反』粒子を求めて彷徨ったのだろうか。宇宙の寂し
さはカップルに為り損ねた粒子の孤独にあったのか。否、それとも
敢て摂理に背いて消滅から逃れようとしたのだろうか?存在とは
消滅を逃れようとした粒子による摂理への叛逆なのか。何れにせ
よ、宇宙が粒子の「対称性の破れ」から生まれたとすれば、その不
安定さが宇宙を膨張させ銀河に及び、それが地球の不安定さに及
んで生物の進化を促がし、世界の不安定さに繋がり経済のグロー
バリズムを進め、格差社会を生み、それが私の不安定な暮らしに
至っているのだ。私の不安は宇宙誕生のビッグバーンに由来して
いるのだ。この宇宙に存在するもの全てが、何れ消滅することを余
儀なくされているのは、あらゆる存在が摂理に反して在るからでは
ないか。
『反』粒子が在ったとすれば、『反』原子が対称に在り、『反』
物質が存在したのだろうか?存在の不可解とは、『反』存在を失っ
たからに違いない。つまり、『反』粒子との結合を果たせなかった
粒子は、消滅しなかった為にその意味を失ったのだ。存在するとい
うことは、消滅からの逃避であり、意味からの離脱である。
私にも、おそらく『反』私が居たのだろう。だが、私は『反』私
との結合・消滅を拒否して、存在することを望んだのだ。つまり、
存在とは『反』存在を失って安定を無くし、安定を得た時、消滅す
るのだ。我々の不安や生きることへの虚しさは、粒子が『反』粒子
を失って存在することへの悔恨に因るのではないだろうか?我々が
異性を求めたり、命を繋ぐことや、孤独に耐えられずに死(消滅)
を望んだり、あるいは、信仰に心の安らぎを求めようとするのは、
『反』私を失ったことへの強い喪失感から生じるのかもしれない。
あらゆる存在は、『反』存在と結合して光になって消滅することへ
の記憶から、それに代る結合を求めて彷徨っているのだ。
銀座の画廊を出てからアパートまで歩いた。かつて、ホームレ
スの時に夜をやり過す為に何度も歩いた通りだった。ただ、今は
自分の絵が画商によって買われたことに嬉しくて仕方なかった。
大通りを歩きながら、絵のモチーフになりそうな風景をカメラで
写した。ホームレスの時には絶望に打ちひしがれて彷徨った通り
が、まるで同じところと思えないほど眩しかった。私は光の中を
歩いていた。やがて、辺りは陽が傾き翳って来たが、仰ぎ見る高
層マンションだけは上空に残った光の中で眩しく反射していた。
あの高層階で暮らす人達は何をしているのだろうか。愛する人を
心ときめかせて待っているのだろうか。幸せな暮らしが何時まで
も続くと信じているのだろうか。彼等には真下の地上で、何時まで
も続く絶望に耐えて彷徨うホームレスの姿が見えているのだろう
か。高層階から見下ろす者と、高層ビルを見上げる者の違いこそ
がこの国の格差社会の象徴ではないか。恐らく、高層ビルが増え
るのとホームレスが増えるのは比例するに違いない。
もう、陽は今日の仕事を終えて、決められた時間にタイムカー
ドを押して早々に沈んで行った。そして交替に闇の夜勤が始まっ
た。それでも高層マンションは、闇など嘲るように部屋灯りの暖
かい光りで輝いていた。東京の夜は明るかった。その明るさは闇
を隠そうとする明るさだった。子供の頃、深夜に寝床を抜け出し
て、ただ、ぼんやりと星空を眺めるのが好きだった。静まり返っ
た闇の中に居ると、煩わしい現実を忘れて自分を取り戻すことが
できた。もしも、人々が自分を見失い世の中に流されて生きてい
るとすれば、それはこの街から夜の闇が失われたからに違いない。
「だって、星空を見上げてごらんよ!」
「ほらっ、俺たちは宇宙にいるだぜ!」
「ええっ?街の明かりで星空なんて見えない!」
「ああーっ、それじゃあ、世間のことしか目に入らないだろうなぁ。」
私は、街明かりの上に拡がる漆黒の闇を眺めながら、さらに、そ
の先で限りなく膨張する宇宙の果てに想いを馳せて、家路を辿った。
(つづく)
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「パソ街!」56―60
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