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(四十)
「サッチャンがデビューしたよ。」
バロックがベッドの中で寝返りを打ちながら言った。そしてサイ
ドテーブルに置かれたパンフレットを指差した。私はそれを手に
取って見た。
「何これっ!学校のホールじゃん。」
「うん。」
サッチャンの居た学校には、とても専門学校の設備とは思えない
ほど立派なコンサートホールがあった。土曜になると結構名の知
れたミュージシャンが呼ばれていた。私はその前を通る度にサッ
チャンが言った「ぼったくり」を思い出した。
「行くの?」
「行かんよ。」
「まだ『チカコ』って言ってんのかな?」
彼はそれには応えなかった。
「CDあるで、聴く?」
「へーえ、聴く聴く!」
バロックは、ベッドから転がるように起きて、体を反らして伸び
をしてから、テーブルの下の散乱したCDから一番派手なジャケ
ットのケースを私に渡して、
「便所。」
と言って部屋の外にある共同便所へ行った。私は彼のパソコンで
彼女のCDを聴いた。新人らしいテンポのいいラブソングだった
。ただ、曲そのものは耳新しくは無かったが、彼女の声が懐かし
かった。バロックが戻ってきた。私はイヤホーンを外して彼に聞
いた、
「売れるかね?」
「売れるやろ。」
それ以上話しは続かなかった。彼はキッチンで歯を磨き始めた。
私は訪れた目的を危うく忘れるとこだったが、バックから私の描
いた「秋冬高層ビル図」を出して彼に見せた。すると彼は、先に
洗顔を終えて、タオルで顔を拭きながら絵を見て、
「上手くなったやん!」
と言ってくれた。
「ありがとう。」
「しかし、路上で売るには何か足りんな?」
「何?」
「シンボルが。」
「シンボル?」
「うん、例えば東京タワーとか、そんなんが。」
「・・・。」
「馴染みの無いもんには食いつけへんで。」
「でも、東京タワーは此処には無いからな。」
「そんなんどうでもええねん、兎に角、パッと見たら『アッ!』
と判らんとあかんて。」
こうして私の絵には、明らかにそこから東京タワーが見えないや
ろ、と思える絵でも必ず東京タワーが小さく描きこまれる様にな
った。
(つづく)
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「パソ街!」36―40
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