北永劫回帰線

かつて我々は精神であった。ところが、今や我々は欲望である。

「パソ街!」36―40

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(三十八)

                  (三十八)



 水墨画を描くといってもそう簡単では無かった。油絵は間違い

を直せたが、墨絵は間違いを直せなかった。さらに、筆先以外は

紙と接することが出来ないので、筆先の繊細な流れを指先の感覚

で加減して、その指先を手首で運び、その手首の動きを肘で助け

て、その肘を肩で支えなければならない。マンガはほとんどが手

先の作業だったが、肩の動きまでも筆先に影響することに驚かさ

れた。そしてその全体の動きを統べる神経は、片時もその筆先か

ら目を逸らすことが出来ない。迷いは筆に伝わって迷いのある線

となって残るのだ。始めは一本の横線も同じ太さで真っ直ぐに引

けなかったので、新聞紙に線を引く練習を何日も繰り返した。筆

の先端の微妙な力の入れようで自在に太さを変えることが出来る

が、その自在さを会得することが出来なかった。息を止めて意識

を筆先に集中し、ほとんど精神修行に近い緊張感で没頭しなけれ

ばならない。それはまさに、日本の伝統文化の根幹を為す精神性

に通じていた。一言で言えば、「精神の潔癖性」だ。意識の集中

は他者を排し、穢れを嫌う。墨絵は間違いを犯せないのだ。

 「間違いは直せない」文化は、まさに日本文化の精神と符合す

る。それは一度限りの人生に通じ、「真剣」勝負の武士道に通じ

る。日本人はこの「間違いは直せない」文化の中で生きてきた。

人は「間違いは直せない」から隠そうとし、「間違いは直せない

」から言葉を慎み、さらに、「間違いは直せない」から改めるこ

とを躊躇う。余所者を拒み、多情を好まず、純潔を尊ぶ。役人が

頑なに前例を踏襲するのも、そういった文化的な背景があるのだ

ろう。前例の地団駄ばかり踏んでいれば、我々は依然サルのまま

だったのに。

 ところが、西洋絵画は、「間違いは直せる」のだ。これは人を

新しい試みへ誘い、様々な思い付きが実践される、何故なら「間

違いは直せる」のだから。寧ろ、前例を踏襲することは新しいこ

とを生まない退屈なことだった。印象派の画家は独自性に拘った

、新しいこととは古いことを破壊することだ。「芸術とは破壊す

ることだ」。「間違いは直せる」文化はやり直しのきく人生だ。

過去の失敗に拘泥せず、「間違いは直せる」から謝罪し、「間違

いは直せる」から告白する。さらに「間違いは直せる」から間違

いを正す。それは実証主義を生み科学の発展を育んだ。真理とは

それ以上直すことが出来ない「間違い」のことだ。

 「あっ、しまった!また間違った。」

水墨画は詰らぬことを考えていては間違いを繰り返すのだ。

「よしっ、集中!集中!」

                                   (つづく)

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