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(三十)
何を描けばいいのか解らなかった。それはマンガを描くときも
そうだった。つまりテーマが見つからなかった。
「音楽も同じや!」
バロックが言った、
「ポール・マッカートニーって知ってるやろ?」
「ビートルズの?」
「そう。」バロックが続けた、
「ビートルズが解散した後、ポール・マッカートニーはウイング
スというグループで『Silly love songs』って
ヒット曲を出したんや。ノリのええ曲でワシも大好きやけど、そ
れはジョン・レノンが『Imagine』とか社会性の強い曲を
書いてるに『ポールはラブソングしか書かれへんのか!』って言
われて、それに反発して『ラブソングのどこが悪いんや!』って
曲なんや、」
「知ってるかな?」
「聴いてみぃ、満たされん性欲を持ってる若いモンには滲みる曲
やで。」
「何で?」
「アイ ラブ ユーが連発されるねん。」
「それで、?」
「えっ!それだけっ、やけどっ?」
「テーマの話しは?」
「あっ、そうかっ。要するにテーマなんてそう簡単に変えられな
いちゅうことや。」
「うん。」
テーマが見つからないのは私だけではない。もしかすれば我々の
社会こそがテーマを失ってしまったのかもしれない。否、大袈裟に
言えば人類こそがテーマを失ったのだ。画家は何を描けばいいの
か?ミュージシャンは何を謳えばいいのか?我々は何をすればい
いのか?
「ゴメン、ちょっと小便するわ。」
バロックは私に背を向けて駅ビルの便所へ行った。サッチャンは
、いつもの様に髪の毛を「自然に」見せる為にハードスプレーで
固めていた。
「アート、上手いじゃん。似てないけど。」
私の絵を見てサッチャンがダメ出しした。
「マンガだからさ。」
私はサッチャンのファンに合わせて、アニメ風のキャラクターに
デフォルメして描いた。マンガとは言ってしまえば現実逃避だ。
だが、それは退屈な現実からのポジティブな逃避である。それは
マンガに限らず小説も映画もそうだ。つまり、現実に対する譲れ
ない確執を持たずに逃避しても受け入れてくれるユートピアなど
ある訳が無い。今のアニメなどを見ていると、この現実に関わろ
うとせずに、ただひたすら逃避して自分達の都合のいいバーチャ
ル世界に逃げ込もうとする。しかし、いかに理想の世界であって
もこの忌わしい現実の中での仮想世界だ。目が醒めれば自分の思
い通りにならない現実に絶望するだろう。華やかなコスチューム
に仮装したキャラクターを描いていると、バロックでは無いが思
わず「嘘っぽい。」と言いたくなった。我々は現実から逃れること
は出来ないんだ。
「あのー、すみません。その絵売ってくれませんか?」
サッチャンのファンの一人が近づいてそう言った。すると、サッ
チャンが、
「いいよ、あげるよ!ねっ、アート。」
「でっ、でも・・・。」
「いいの、いいの、これ練習だから、ねえっ、アート。」
すると、そのファンは、
「あのー、もしよかったら、サッチャンのサインもここに頂けま
すか?」
「よろこんでっ!」
彼女は生涯初めてのサインをファンの為に書いた。
(つづく)
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「パソ街!」26―30
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