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(二十九)
サッチャンこと知可子は楽天的だった。私は「バカ」だと思った
が、バロックは「アホ」と言った。もちろん、本人の前でそんな
ことを口が裂けても言わなかった。何故なら依然彼女は我々のマ
ドンナであった。それは誰でも彼女の歌を聴けばきっと解かる筈
だ。ただ、彼女にとって世界とは「人の世界」のことだった。そして
彼女はその世界の中心に居ると思っていた。地球は太陽を中心に
回っていて、地球の在る太陽系は銀河系の隅に在ることは知って
いたが、彼女にとって人の居ない宇宙のことはどうでもいいこと
だった。それよりも世界の中心に居る彼女にとって、今一番大事
なことは髪の毛が思い通りに「自然に」決まっているかどうかだ
った。彼女は少しでも時間があれば、決まってK帯のカメラで自
分を写して確かめた。
「チカコ、髪、カットしたいな。」
「ワシが切ったろか?」
バロックは、彼女が自分のことを「チカコ」と言う度に、「何故
か身体が疼く。」と言った。
「なんだ、気に入ってんじゃん!」
「そうなんかなあ?」
恐らく、彼女はバロックのその微妙な反応を見逃さずに効果を確
信したのだろう、この頃はやたら「チカコ」を連発するようになった。
「もう、アカンかもしれん。」
バロックはついにK帯に、彼女が自分のことを「チカコ」と言う
声を録音して、その声を聴かないと眠れなくなったと打ち明けた
。私はそれを聴かせてもらったが、延々と彼女の会話が録音され
ていた。それを聴いて私は大笑いした。バロックはもちろん最新の
曲はチェックしていたが、
「これが最近の一番のヒットやね!」
バロックは彼女から離れられないことは間違いない。
(つづく)
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「パソ街!」26―30
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