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(二十八)
研修生はバロックのオールディーズにあまり興味がなかった。
それは彼女の派手な今風のファッションからも窺えた。二人のラ
イブは彼女に合わせて、まるでタイムマシンの目盛を現代に戻す
かのように、序々に新しい歌に変わっていき、今度はバロックが
譜面を睨みながらギターをあやした。バロックが私に呟いた、
「いいよなあラブソング、嘘っぽくて。」
「嫌なくせに!」私がツッコんだ。
この「嘘っぽい」は彼の口癖で、彼は悪い意味だけでなく良い意
味でもそれを使った。
私はバロックに勧められた路上で絵を描いて売ることに躊躇い
はあったが、手持ち無沙汰から仕方なくマンガで使わなくなった
B4版のケント紙の束を持ってきて、さて、何を描いていいか判
らずに、結局、研修生とバロックがライブに熱中している様子を
K帯で写してから、習っているデッサン風ではなくマンガ風に下
描きした。
「アート!上手いじゃん、背景描くの。」
何回目かのステージを終えて休憩に入った研修生がその絵を見て
言った。
確かに、私はマンガを描いていてもキャラクターを創るのが下
手で、主人公の顔が始めと終わりで別人に為っていると出版社の
担当に言われたことがあったが、仕事をしながらマンガを描いて
いると、どうしても途中でペンを置く事になって集中することが
出来なかった。やがて、アシスタントの話しがあって中堅の漫画
家の背景を描かせてもらったが、背景の人物を描くと先生のタッ
チと合わないと言われ、そのマンガ家のタッチを真似ていたら、
今度は先生のタッチが抜けなくなり、自分のマンガが描けなくな
って、半年で辞めてしまった。ただ、マンガ家といっても人を描
くのが下手な者や、クルマだけはフリーハンドで描ける者など様
々で、私の背景だけは先生に褒められた。しかし、教えられたマ
ンガは一様に似通ってしまい、最近のアニメのキャラクターを見
ているとタッチが似ていて気味が悪くなる。何だってあんなに流
行りを真似ようとするんだろう?自分のタッチを棄てることは個
性を棄てることなのに。そこで、絵画教室の先生の言った言葉を
思い出した。「マンガはこう描かなければならないというものは
ないんだよ。」すると、バロックが、
「それ、最近の音楽も同じ!皆な似てる。」と言った。
「アート!上手いじゃん、背景描くの。」
彼女が言った私の絵には、彼女とバロックのライブを描いたが、
背景などは描いてはいなかった。彼女は私の不安をからかったの
だ。
「見る眼があるね、サッチャン。」
彼女は「知可子」という名前だったが、自分のことを「私」とは
言わないで何時も「チカコ」と名前で言うので、バロックが唄い
ながら、
「チカチャンはね
知可子って言うんだ ホントはね、
だけど大きいのに
自分のことチカコって言うんだよ、
おかしいな『サッチャン』」
と最後を間違って、それが「サッチャン」の始まりだった。もち
ろん彼女はそう言われることをとても嫌った。それじゃあ本名を
紹介してもいいのかと言われて、渋々「サッチャン」と言う芸名
を承服した。
「チカコ、サッチャンか・・・。」
(つづく)
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「パソ街!」26―30
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