北永劫回帰線

かつて我々は精神であった。ところが、今や我々は欲望である。

「パソ街!」26―30

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(二十七)

                    (二十七)



 人間は本能と理性で生きている。本能とはすべての生き物の中

心にあって生きる力である。本能は生きることの是非を問わず、

ただひたすら「生きようとする」が、予期せぬ危機に直面して死

の恐怖が芽生え、この恐怖が記憶となって留まり、再び繰り返さ

れない様に意識され認識が育つ。この記憶と認識が積み重なって

理性が進化する。やがて理性は本能に従って、生きることを脅か

す様々な危機に対処して本能を死の恐怖から遠ざける。我々の理

性はこの様にして「生きようとする」本能が死の恐怖から受けた

記憶と認識から派生した。やがて理性は社会で共有されて高めら

れ、本能から離れ自在性を得た理性は、我々自身を認識し、世界

を認識し、宇宙を認識して、しかし、いかに認識を高めても存在

を超えたもの、つまり「生きる意味」については語る言葉を持た

ない。それは我々の理性が、ひたすら「生きようとする」本能か

ら派生したからに違いない。そこで理性が生きることの是非を問

うことは驕りであり「生きようとする」本能への背信である。何

故なら、理性には「生きようとする」本能を否定することが出来

ても、本能に取って代わる「生きる意味」を見つけ出せないから

だ。自殺とは、「生きる意味」を見出せない理性が、ただひたす

ら「生きようとする」本能の意志を挫く行為だ。我々の本能は、

そんな未熟で不完全な理性に生きることの是非を預ける訳に

は行かない。我々は理性による「生きる意味」が得られなくて

も、「生きようとする」本能から逃れられないのだ。サルトルが

そんなことを言ったかどうかは知らないけど、理性から見れば

人間とは意味もなく「生きようとする」本能に縛られた存在だ。

 私はホームレスになって東京の街を彷徨いながら、生きていく

ことが鬱ざくなって何度も自殺を考えた。私にも予知能力が備わ

っているのかと思ったくらい、私の「嫌な予感」は見事に的中し

た。奈落の淵を臨みながら、どうしても避けなければならないと

判っていながら、そこに落ちていく自分を他人事のように見てい

た。そういうことを繰り返していると、始めのうちは、恐らく、

もう私の人生には私が望むような幸福は訪れないだろうと落ち込

んでいたが、それは身近だった世間が引き映像のように遠く小さ

くなっていく感じ、ところが、生きてさえいれば多少の辛さはあ

っても、自分が思っていたほどの崖っぷちでは無くて、冷静にな

って周りを見渡せば這って上がれる程度のものだった。それは、

表向きは幸せそうに見える他人の暮らしにも、口にはしないが色

々と悩みがあって、何も自分だけが辛い思いをしている訳じゃな

いんだと気付いた時に、孤独に苛まれた思いも、そういう柵(し

がらみ、ってこんな字!)のない身軽さにむしろ感謝してもいい

とさえ思うようになった。人は思い込みや雰囲気に流されて、時

としてどうしようもない絶望に見舞われることがあるが、幸不幸

の基準ほど当てにならないものはない。それからは、ホームレス

であったが、自分の境遇を世間に照らして悲観したり絶望したり

することは止めようと思った。私の幸せは世間に決めてもらうも

のじゃない、世間体を気にしてまた面白くも無い会社の奴隷に戻

る気はなかった。もう深淵の崖に立たされても恐くはなかった。

降り掛かる困難を楽しもうとさえ思った。私は理性を頼りに生き

ることの是非を問うことを止めて、「生きようとする」本能に縋って

意味なくただひたすら生きようと決意した。すると世間の浮き

沈みが、満員電車に乗って周りを気にせず座席に座る者と、周り

を気にして立っている者の違いくらいに思えた。どうせ同じ電車

に乗っているのだ。そう思っていると何故か幸せな気分にもなっ

た。私はそれを絶対幸福と呼んだ。

                                (つづく)

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