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(二十五)
バロックは研修生のネエちゃんを甚く気に入っていた。確かに
彼女の透き通った声はすばらしかった。彼女は研修中だった居酒
屋のアルバイトをあっさり辞めて、今はバロックに就いてストリ
ートミュージシャンの研修中だった。整った顔立ちの美人では無
かったが、歌の上手い女性独特の愛くるしさがあって、歌に集中
すると更にそれが際立った。彼女の声の魅力はバロックだけでな
く、彼女の歌を耳にした往来の男たちにも、足を止めずにその場
を通り過ぎることが後で悔やまれる、と思わせるほど男の何かを
刺激した。御蔭で、私とバロックの「サイモンとガーファンクル
」は引退を余儀なくされ、私は肩の荷が下りたが、代わりにバロ
ックと研修生の「カーペンターズ」が熱烈な歓迎を受けて路上デ
ビューした。ただ研修生は「カーペンターズ」の名前は知ってい
ても歌を知らなかったので、いつも歌詞カードを見ながら唄って
いたので、私が「『カンペ』ターズ」と命名した。
「アート、仕事取ってごめんね。」
私は絵を描いていることから彼女から「アート」と呼ばれたが、
バロックは、ポール・サイモンと別れて路頭に迷うアート・ガー
ファンクルの「アート」だと言った。確かに世間一般で言う、ち
ゃんとした仕事には就いていないが、また振り出しに戻って奴隷
からやり直す訳にはいかなかった。バロックの言う4つの選択の
中、奴隷とホームレスには戻りたくなかった。後は一発当てるか
死ぬかしか残されていない。ただ絵を描いて一発当てようなどと
は思っていないが、小林秀雄が「近代絵画」の中で画家ジョルジュ・
ルオーの言葉を紹介して、「人に教えられて上手く生きるよりも
、自分のやり方で失敗したほうがいい」みたいなことを書いてあ
って、(間違ってたらゴメン)それが気に入ってそういう生き方
をしようと覚悟を決めた。
「絵、上手くなったらモデルになったげるね。」
彼女は半身の腰を突き出してその骨盤に手の甲を掛けて、もう一
方の手を悩ましい表情を作った顔に添えた。それはあの居酒屋で
退屈そうに接客をしている研修生とは別人だった。彼女は生き々
々とした表情をしていて、その「生き々々している」という意味
がこんなにも性的な匂いを秘めているとは思わなかった。そして
女性にとっての生き甲斐と男の生き甲斐はやはり根本的に違って
いるのかもしれないと思った。体内に子宮があって周期的な排卵
による月経というフィジカル(肉体的な)な現実に付き合わされ
て、「生在に対する懐疑」などというメタフィジカル(形而上学)
な愚問に悩んだりはしないだろう。彼女らは厳然たる現実を生き
ているのだ。デカルトは、痔からの出血があったかもしれないが
、月経や妊娠や出産を体験しなかったからこそ生存に懐疑的で
いられたんだと思う。
(つづく)
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「パソ街!」21―25
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