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(二十四)
土曜の夜といってもこの頃は普段と変わることなく、仕事をし
ない者にとっては改めて確かめないと気付かずに、新幹線が通
過駅をスルーするように毎日が「惰性の法則」に従って過ぎてい
く。景気の悪さはこんなだらしない週末にも現れているのだ。「
花金」と言ってた頃が懐かしい。日本の産業技術はすばらしいと
言いながら、その技術力を国外の人を雇用して国外で生産をして
国外で販売していれば、もうそれは日本の産業とは言えないんじ
ゃないの?そういう産業が幾ら業績を伸ばしても、国内の雇用や
所得を改善する訳がない。それはトヨタが何兆円利益を上げよう
が、トヨタの株を持った者以外は「それで?」と白けるのも無理
がない。つまりいくら技術があってもその技術が活かせる工場と
市場が無ければならない。日本には工場はあっても市場が無いの
だ。それでも、日本の技術は優れていて他の国には及ぶことの出
来ない精度の高さや品質性があるというが、もしかすると我々は、
かつて苦境にも必ずや神風が吹いて危機を脱する事が出来ると
信じた「神風症候群」に陥っていないだろうか?我が国の技術力は
諸外国の力の及ばぬほど優れていると過信して、かつて神風を待
ったように、過去の技術神話に溺れて「技術過信症候群」にならな
ければいいが。だって、日本人だけが「あっ!」と閃く能力に長けて
いると思う?「そうじゃない!日本人の勤勉な性格が技術の精度を
高めているんだ」というならば、きっと早晩、開発途上国の実直な性
格の人の中からも、やがて寝ても覚めても技術革新のことを考える
人が現れて、世界を驚かす発明をすることに違いない。つまり、我々
は他とは違うんだという驕りこそ、かつての神風神話に逆戻りさせる
怪しい過信だと、オリンピックの日本柔道を見て思った。だって技術
移転なんて訳ないんだもん。
牛乳配達の仕事は新聞配達とは違って日曜日の配達はない。ホ
ームレスから曲がりなりにもマイルームを手にしたことで、雑用
に時間を取られてしまいバロックにもしばらく会えずにいた。バ
ロックに会いに駅前の広場に行くと、やがて彼の歌声が耳に届い
てきて、さらに近づくとその周りには多くの人々が取り囲んでい
て、私はしばらくその様子を群衆の後ろから眺めていたが、熱唱
するバロックには恐らく気が付かないだろうと解かる程、彼は人
気を博していた。私は仕方なく少し離れたベンチに腰を下ろして
、久しぶりに彼のシガーボイスを聴いていた。やがて曲が終わり
、拍手が起こり、収まり、しばらく間があって、次の曲のイント
ロが弾かれて、ボーカルが歌い始めた、ら、その声は女性だった
!バロックじゃなかった。私は慌ててその声の女性を確かめよう
と、もう一度群衆の後ろからその歌声の女性を見て驚いた、あの
居酒屋の「研修生」のネエちゃんだった、カーペンターズだと思
う、上手かった、透き通る高音が滑らかで、思わず自分が居る場
所を忘れてしまうほどだった。
彼女のイエスタディ・ワンス・モアを聴きながら、近頃は極端
に耳にしなくなった洋楽の事が気になった。まるで経済のグロー
バル化と軌を一にして、アメリカンソングは何故流行らなくなっ
たんだろう?事情が解からないがアメリカでも盛り上がっていな
いのかな?
ひと夏だけホテルのビヤガーデンでエレベーター係りのアルバ
イトをした事があった。外にあるエレベーターは屋上への直通に
は出来ないので、ビアガーデンの客がボタンを押してホテルの客
室フロアに勝手に降りないように、係員が操作してビアガーデン
の客を運ぶ仕事だった。ある時、アメリカ人のツアーがホテルに
宿泊して、その中の数人がビアガーデンに行く為にエレベーター
に乗って来た。二十歳前後の若くて美しい女の子が5,6人居て
、その中に高齢の婦人が一人居た。女の子達ははしゃぎながら乗
って来て、エレベーターの中でもはしゃいでいた。私は毎日酔っ
払いを相手にしているので気にもしなかったが、その高齢の婦人
が騒いでる女の子を叱責しながら思いっ切りビンタを浴びせた。
私は唖然としたが、その婦人は女の子に「彼に謝れ!」と言って
私の前に彼女を連れ出した。女の子は大泣きしながら私に「アイ
ム ソリー」と言った。私はあの毅然とした婦人の行いを目にし
て、アメリカ人に古くから培われた公徳心に、伝わってくるアメ
リカ人のイメージとは違った強い精神性を感じた。おそらく学生
と生徒の関係だと思ったが、詳細は解からない。私に、女の子と
共に謝る婦人に、「ここはビアガーデンで誰もが楽しむ所なんだ
から、それくらいのことを気にされなくてもいいですよ。さっ、お気に
されずにどうぞ楽しいひと時をお過ごし下さい。」と言いたかったが
言えないで、ただ「ドント ウオリー、ドント ウオリー。」と言った。
我々は矮小化された一面だけのアメリカだけで、アメリカが養って
きた精神を知りもせずに侮ってはいけないと思った。
研修生の歌が終わって少し人が離れていった。バロックが私に
気付いて手を上げた。そして、
「ちょっと、すんません、休憩させて。」
とオーディエンスに言った。私は彼のそばへ行った。
(つづく)
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「パソ街!」21―25
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