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(二十三)
牛乳配達は軽トラに乗って配達した。朝の五時から始めて八時
には配達を終え、片付けをして九時には解放された。それから都
心にある絵画のアトリエで、まずはデッサンから習い始めた。そ
の教室はネットで探し出した。美大受験の為の教室では無いので
、定年を終えてから初めて絵筆を持つ初老の男性や、暇つぶしに
趣味で始めた主婦がほとんどで、それでも僅かではあるが熱心に
取り組む若者もいて、結構大勢の者が無言でモデルの裸婦を囲ん
でいた。私はマンガしか描いたことが無いので、一つのデッサン
に何日も費やすことに苦労した。どうしても線で描いてしまい質
感の無い絵になってしまった。先生は美術会の理事をしていて、
美術界では一応名前の通った人だった。ただ生徒にはほとんど教
えることをしなかった。それは絵画はこう描かねばならないとい
う事は無いんだと言って、それぞれの個性を矯めることに慎重だ
った。彼は印象派全盛の時代に時流に流されずに多くの個性的な
画家を輩出したギュスタブ・モローの教え方に甚く心酔していた
。御蔭で私のデッサン力はトンと進歩せず、いつまでたってもマ
ンガの域を出なかった。
「描く前に対象をよく見るんだよ。」
そう言われて若いフランス人の裸婦を穴が開くほど見つめている
と(下ネタじゃないからね!)、やがて人体の奇妙さに心を奪わ
れた。長い腕や膨れた乳房、裏っぽい背中、その不均衡な身体を
覆う痛々しい皮膚、一体人間は何て皮膚をしているんだ!もし、
人間と動物の違いは何かと問われれば、間違い無くこの剥き出し
になった皮膚だ!そもそも「裸」という奇妙な状態で存在する動物
が他にあるか?体毛が身体を保護する為にあるとすれば、人間
はそれを衣服に換えることで体毛を退化させ、剥き出しになった
神経は直接伝わる鋭敏な刺激を脳に伝え、脳が過剰に反応して我
々を神経質な思惑のある動物に生まれ変わらせたのだ。剥き出し
の神経は恐怖に敏感になり不安から身を守る為に自我を目覚めさ
せ、その剥き出しになった自我を偽装する為に衣を纏う。衣服は
身体を保護する役割を終えても、我々が裸でいる事の羞恥に耐え
られないのは、剥き出しの皮膚の神経が人の視線に反応するから
だ。神経は露出を嫌う。こうして人間の二面性、剥き出しの神経
に繋がった裸の自我と、社会という衣を纏って偽装された自己が
現れる。この二面性こそ我々人間だ。剥き出しにされた鋭敏な神経
、それは恐怖を増幅して猜疑を生み、過剰な反応が更に我々を不信
に陥れる。その震える神経を悟られまいとして、我々は華やかな衣服
で偽装を図るのだ。
霊長類のサルとヒトをどう分けているのかはしらないが、決定
的な違いは何かと尋ねられたら、私は自信を持って皮膚だと答え
る。それよりも、名立たる霊長類の研究者が、こんなにもはっき
り解かる違い、体毛が有るか無いかを見逃して、つまり裸になれ
るかどうかを見逃して、遺伝子や脳の比率に違いを求めようとし
ていることが信じられない。それでは、サルの体毛を退化させる
為に代々服を着せて、やがて皮膚が剥き出しになって、ついには
衣服を着用せずには居れなくなった時に、彼等の衣服を剥ぎ取っ
て裸のままで放っておくと、彼等は必ず「恥ずかしい」と言葉を
言葉を発するに違いない。
私がいつまでも彼女を見ていると、普段は何も言わない、頭の
剥げた先生が、
「どうして描かないの?」
と私の後ろから言葉を発した。
(つづく)
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「パソ街!」21―25
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