|
(二十二)
「美」が世界に在るのではなく、我々の意識の中に在るとすれ
ば、それは「美」だけのことではなく、「真理」もまた我々の都
合のいい認識に過ぎないのではないか。我々は膨張する宇宙の片
隅で、物質の物理現象や化学反応で生成されたガラクタを眺めな
がらその「美」に感嘆したり、「真理」を見つけ出して狂喜した
りしているのかもしれない。膨張する宇宙とは時々刻々と変化す
る空間だ。つまり昨日の宇宙と今日の宇宙は違うのだ。昨日は正
しかった事が今日も同じように正しいとは限らない。膨張する宇
宙とは相対的な宇宙だ。宇宙は空間を歪つにして拡がり、或ると
ころでは裂け、また或るところでは重なり合う。ここで「真理」
であってもそれが宇宙の「真理」であるとは言えない。つまり、
我々の「美」や「真理」などの様々な認識は、この世界に在るも
のではなく、我々の都合のいい思い込みに過ぎないのだ。
変化の記憶が昨日や今日という時間を生み、時間の経過はやがて
生命を宿し、生命は宇宙の変化に促されて進化する。生存の記憶
は知識として受け継がれ認識を共有する。つまり、我々の認識は
生在からもたらされ、その認識で生在の意味を解いてもその向こ
うには認識の及ばないガラクタしか認められないだろう。
バロックが奢ってくれた就職祝いもお開きになって、私は牛乳
屋の四階の「マイホーム」に向かって、面接の時に歩いた同じ川
沿いの道を、また首の螺子が緩み始めたことを気にしながら歩い
た。街は寝静まっていたが、柵で仕切られたドブ川からは、さっ
きまでそれぞれの家庭の浴室から吐き出されたシャンプーやソー
プ、入浴剤などの馴染みのある芳香が汚水と混ざり合って、何と
も馴染めない臭いに酔いが加わって、ついには目眩がしてきて吐
き気を覚えた。私はしばらく歩いて川沿いの公園のベンチに腰を
下ろした。私にとって、吐き気と公園は何時の頃からか繋がりの
深い関係になっていた。消費期限の切れた惣菜や腐敗した食品を
絶えず口にしていると、高い確率で腹具合がおかしくなり、そう
なると公園に行って出来るだけ早く吐き出して身体の具合にまで
至らない様に心掛けた。東京砂漠を彷徨うホームレスにとって水
の有る公園はオアシスそのものだった。ベンチに腰だけを置いて
前屈みになったまま、さっきまで「美」について語った口から今
度は汚物を吐き出した。繰り返し襲う吐き気に、私が嘔吐をして
いるのか、嘔吐が私にそうさせているのか解からなくなって、
「実存しているのは私だ!」
と大きな声で叫ぶとまもなく酔いが覚めて、ベンチの横に張り出
したポプラの根を見ても、もう吐き気はしなかった。ただ、酔い
から醒めた頭にはサルトルの言った「アンガージュマン」(社会
参加)こそが我々日本人に欠落しているのだと「ハタッ」と気付
いた。さて、それでは、私はこの社会に対して何か「アンガージ
ュマン」出来るかといえば、せいぜいネットの掲示板に「皆な殺
してやる!」と書き込むくらいが関の山で、もしこの国の主権が
国民にあるのなら、我々は声に出さねければいけないのではな
いだろうか。民主政治というのはどこまでも「素人の政治」のこと
で、権力を一党一派のプロの人に占有させない為にある。それは
一に権力の分散の為の制度であって、「素人の政治」の結果責任
は主権者たる国民が負わなければならない。ところが、この国で
は政治の責任は政治家や官僚に負わせて国民はその悪政の犠
牲者であるかのようにマスコミも煽るが、それでは国民主権が成り
立たない。悪政の結果は国民に及ぶことで責任を取らされるが、
政治のことは政治家まかせにして、責任は政治家に負わせて、そ
れで政治に絶望している姿を見れば、主権が国民にあるとは思え
ない。果たして我々は政治家とは代議員で選挙によって我々が選
んだのだ、と言う事を判っているのだろうか?幼い頃から「長幼の
序」を諭され、長じて目上の者への礼儀を弁え、出ることを戒め、
朱に染められて、大樹の陰で長い者に巻かれて、慎み深く謙虚に
あれかしと教えられて、家族の名誉を負わされて、組織への忠誠
を誓わされ、ところが、ある夏の日の朝に「主権は君たちに在る。」
と唐突に告げられて民主主義を上塗りされても、厚く下塗りされた
儒教の教えは、上塗りの下から「朱」を覗かせる。私はデモクラシー
と儒教道徳は相容れないと思う。「餡が充満」したアンパンを作るパ
ン屋のオーナーのアンガージュマンが住民に支持されて選挙で委
託を請けて代議員となって議会で意見を主張してその意見が代議
士に支持されて意見に沿った法案を作成して議員によって採決され
法律が生まれるという立法の手続きと、「由らしむべし、知らしむべ
からず」では話しにならないだろう。我々の個人主義は知らぬ間に「
アンガージュマン」すらも取り上げられて、「文句を言うな!」に文句
も言えずに従わされ、それぞれの安全な「死」をシラケて生きるだけ
しかないのだろうか。もしかして俺達はただ無事に死ぬ為だけに生
きていない?いずれ死ぬのに・・・。
(つづく)
|
「パソ街!」21―25
[ リスト ]



