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(十八)
「美」とは何だろう?分かり易いのは異性の容姿についての感
情だと思うが、私は美しい人だと思っていた女性に、思いとは裏
腹に邪険に扱われて、言葉を交わす前に懐いていた印象が忽ち色
褪せて、美しく思え無くなることが何度もあった。つまり美しさ
とは、私が思い描いた理想なのかもしれない。また逆に、それほ
ど気にもならなかった女性が、関わりを重ねていくうちにそれま
で歪でおかしいと思っていた容姿に親しみが生まれ、その歪さに
愛おしさや美しさを感じることもあった。それでは、美しさは親
しさからも生まれるのだろうか。つまり美しさと言っても様々で
、その対象に美しさが在るというよりも、それと対峙して観る人
の認識に「美」はある。学校の授業で縄文土器を教科書の写真で
見て、先生は「美しい」と説明したが、私は子供が創ったような
その稚拙な作りに、どこが美しいのか理解出来なかった。たとえ
ば「モナリザの微笑み」にしても、もちろん実物を見てはいない
が、美の象徴のように言われるが、私は依然としてあのねえちゃ
んには馴染めない。日本の浮世絵にしても歌麿呂だとか写楽の美
人画を見ても、どこが美しいのか解らない。浮世絵は江戸時代の
風俗画で、言ってみれば今のマンガと同じで、庶民は美術品とは
思ってもいなかったが、写実に飽いた西欧人の眼に斬新に映り、
求められて始めて美術として認識された。つまり我々日本人は浮
世絵を西欧人の眼を通して見ることで、改めて美しいと認めるこ
とが出来たが、そうでなければただのマンガだった。藤田嗣治と
いう画家は日本画の技法を使ってフランスで成功を収めたが、日
本では受け入れられなかった。それは藤田自身による日本画壇へ
の確執もあったが、ただ「お墨付き」が無ければ価値を認めよう
としない日本人の主体性の弱さが画壇や文壇に権威を与えている
。フランスでは評価された藤田の絵画表現も、日本の画壇は頑な
に認めたくなかった。ところが印象派を模倣した拙い画でも画壇
はもてはやした。こんな風に「美」とは、人の認識の違いによっ
て「美」と認められたり認められなかったりする。つまり、「美
」には必ず裏があり、その裏とは見る者の心理に依っている。学
校で見た縄文土器の形は、岡本太郎によってその美しさが認識さ
れて、私も今ではその美しさを多少なりとも「理解」できるよう
になった。最近では宇宙船から写した「地球の出」の映像は我を
忘れて「美しい」と思った。
(つづく)
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「パソ街!」16―20
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