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(十五)
バロックが言った社会での選択肢が気になった。我々の選択肢
は四つで、企業に服従して奴隷になるか、それを拒否してホーム
レスになるか、一か罰かの勝負をして大金を手にするか、そのど
れをも潔しとせずに世の中から暇(いとま)を貰って身を消すか
、はて、それも嫌ならどうすればいいのか?
私は今まで、学校を卒業して製造会社で奴隷として働き、世間
の冷たい目を受けながら逃げ出して、一攫千金を夢みてマンガ家
を志し、出版社に裏切られてホームレスになって、あと残されて
いるのはどうして世の中から暇乞いをするかだけだった。
高校を卒業して、父のいない私は就職する他選択はなかった。
それは判っていたが希望する職種は、どれも進学を果たさなけれ
ば入場券を手にできなかった。卒業間近になって仕方なく決めた
就職先には何の夢も持てなかった。そして、育った牧場を後にし
て屠殺場へ引かれていく牡牛のように、ただ絶望だけを胸に社会
へ放り出された。何の期待も持たなかった会社は、期待通りに何
も無かった。大手の自動車会社の下請けの金属加工の会社で、
いつも親会社の業績によって人が出たり入ったりしていた。やが
て、ほとんどの熟練工は高給の為暇を出されて、仕事が増えて
生産が間に合わなくなると、昨日までパチンコで稼ぐつもりでいた
者が当てが外れて有り金を摩って、仕方なく派遣会社に雇われて
送られてきたり、近所の農家の主婦が、家の中で自分だけ遊んで
いるように見られるのが耐えられなくて始めたパートや、ついには
中国から日本の優れた製造技術を習得する為に時給485円で
不満を言わずに働く研修生までやって来て、みんなで一生懸命
「不良品」を作った。それでも管理者は腐らずに、朝のラジオ体
操の正しいやり方から、工場内はポケットに手を入れて歩かな
い様にとか、便所でのオシッコのやり方までも手取り〇取り教
えていた。もちろん作業を如何に効率的にするかについても熱
心で、否、熱心そうに見せていた、毎月の改善提案の提出は
義務化され、私はある工程に於いて、機械を使っての自動化を
提案して、作業時間の短縮が図られることを説明したら、予算が
無いとの理由で却下された。しかし、しばらくして手作業による
誤操作での不具合が北米のディーラーで見つかり、何千台もの
製品検査を親会社から指示されて、巨額の支出が発生するに
到って、やっとその工程は私の提案どうりに改善された。もちろ
ん自動化によって作業時間も半減したが、こんどはその作業で
毎夜残業を当てにしていた中国人の研修生が私に文句を言い
出した、つまり残業時間が減って給料が少なくなった事の逆恨
みだった。
朝礼は半数にも及ぶ「外国人」のせいで、営々と築き上げられ
た営業方針の唱和や安全作業の宣言が、可笑しな片言の日本
語の安全宣言で、毎朝失笑をもたらすくつろいだ交流の場に変
わり、その通りに笑うほど不良品が出た。危惧の念を持った経
営者は、理解しがたい規律を押し付けてきた。それは作業時間
内での中国語の禁止や、親会社の自動車以外での通勤の禁止
、親会社の車以外の駐車は駐車料を取られた、周りは畑だらけ
なのに、さらに不良品を出した者からの減給など、いよいよ潮時
だとは思っていたが、ついにはラジオ体操を毎朝ひとりが交代で
前に出て中国人の研修生の見本となる体操を行うよう決めた。実
は私は全く体操をやらなかったので順番を覚えていなかった。大
体なぜ体操をみんなで一緒にやらなければならないのか、その意
味が分からなかった。会社は一方で自己管理と言い乍ら、なぜか
ラジオ体操だけは変えようとしない。もし、欧米の人に、日本でも
っともこの国らしいものは何かと尋ねられたら、私は間違いなくラ
ジオ体操と答える、きっと欧米人には理解出来ないだろう。始業前
の準備運動くらい自分一人で出来ないのかな。しかも会社で毎
朝ラジオ体操をしてもカードにハンコを押してくれないんだから、
会社を辞めた。私はあの親会社の自動車だけはあげるよと言わ
れても、言わないが、決して乗ろうとは思わない。
(つづく)
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「パソ街!」11―15
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