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(十四)
「水と油っていうのは相性が合わない喩えで使われるよね、」
「んっ、」
バロックの部屋でコンビニで買った弁当やスナックを口に入れな
がら、あっ、もちろん缶ビールも飲みながら、何も無い部屋で胡
座をかいて喋るバロックに、私は昼間の疲れから彼に断って、身
体を横にしてそれから縦にして肘を枕に彼の話を聞いていた。
バロックは続けた、
「それって溶け合う事が相性が良いという前提で使われているけ
ど、おかしいと思えへん?」
「ふん。」
「水は水で自分を変えない、油も油で水に溶け込もうとしない、
それでも同じ器の中で大人しく収まっている。それってすごい正
しい関係だと思わない?」
「なるほど。」
「ところが日本人は本来混ざることが好ましいと思ってるから無
理矢理に力を加えて混ぜ合わせようとする。」
「それって男と女のこと?」
私が口を挟んだ。
「ああっ、それでもええ、」
「たとえば男と女でいうと、出会った頃は互いに距離があって相
手のことを慮るが、やがて一つの器に入ると互いの性質を無視し
て一つに成ろうとして無理をして遂には責任を相手に転嫁する。」
「同じ器に居ることが苦痛になってくるんだ。」
「だから始めから男と女は水と油だと認識して器に入る事が大事
なんや。」
「いずれ間違いなく分離する?」
「しかし接する処も必ずある、その境界面こそが互いを理解する
重要なところやと思う。全ての変化は境界で生まれるんや。」
「どうするの?」
「通い婚!」
「何?それ、一緒に住まないの?」
「そう、ズルズルと一緒に生活しないで、必ず自分の部屋へ
戻って独りの時間を持つ。」
「もしどちらかが他の異性に気が変わったらどうするの?」
「どうも無い、別れるしかないやろ。」
「そんな簡単に踏ん切りがつくのかな?」
「しやから絶対に一緒に住まないんや。」
「そうやって割り切れればいいけど。」
「つまり俺が言いたいのは、恋愛にとって大事なことは距離や
、せめて相手の全体が見える程度の距離を保てと言うてんねん
、互いにあまり近くで見ないことや。いつも一緒に居たいとい
う思いが叶った時、恋人はあんたの退屈な日常や、意味の解から
ん変な癖や、だらしない寝姿やふてぶてしい態度や曖昧な応対に
、「白馬の王子様」が「墓場の小父さん」に替わるのに時間は掛
からん。それでもあんたは恋人の身勝手な想いを冷めさせない自
信があるか?恋愛の夢から醒めさせるものは日常なんや。そして
人が恋愛の感情を激しく燃え上がらせるのは、恋人同士で居る時
よりも、実は、独りで居る時なんや。」
「距離ね。」
「磁石で言うとマイナスとマイナスはもちろん反発をするけれど
も、ある距離があればそれ以上は干渉せえへんやろ。その距離こ
そが互いを結ぶ距離やと思うんや。」
「結ぶのかね?」
「この国はすぐに一致団結だとか満場一致とか組織の論理で、そ
れぞれの意見など聞かないで、組織への服従を押し付けるけれど
、器を振るのを止めたらまた元の水と油に戻るだけや。」
「じゃあ、どうすればいいの?」
「どうすればいいんだろ?」
「えっ!」
「つっつまり、組織というのはその存在そのものが一つの目的を
共有しているのやから、そのこと以外で個人の言動に要らぬ干渉
をするべきや無いと思う。」
「どんなこと?」
「言ってしまえば道徳や!」
「えっ!」
「なんでみんな同じ考えを強制させられなあかんねん?」
「ううーん、」
「国を愛そうなんて、大きなお世話や、」
「誰が生まれた国を好ましく思わないか!」
「うん。」
「愛は強制されて生まれるもんやないし、いかなる義務からも自
由だ!」
「美徳とは、偽装した悪徳に過ぎない、だよね。」
「何、それ?」
「あっ、道徳のこと。えっと、ラ・ロシュフコー!」
「ああっ、そうだっけ。えっと、何の話しだっけ、始め。」
「えーとっ、水と油!」
「おおっ、せやせや!」
「うん。」
「たとえば、器の中に入れられた水と油は、水と油の二つがある
けど、力ずくで混ぜてしまえば水と油が混ざった役立たない汚水
になるだけや。」
バロックは続けた、
「今までワシラは上からの距離だけに従わされてきたけれど、こ
れからは間違ってもいいから自分達の意志を表すべきや、そやな
いと上からのプレッシャーに取り込まれて、やがて自分自身を見
失い油まみれにされて棄てられるのが落ちや。」
「そんなことをすれば皆なホームレスになってしまうんじゃない
の?」
「ホームレス結構やんか、権力におもねって自らを虚しゅうして
奴隷となって生きるよりも、はるかに自立した清い生き方や!」
「ああっ、この国には奴隷かホームレスかの選択しか残されてい
ないのか?」
「いや、もう一つある!」
「えっ、何?」
「成功して大金を手にすること。」
「成功ね、無理やね、きっと。」
「しかも、もう一つある。」
「えっ、もうひとつ?」
「死ぬこと!」
「・・・。」
缶ビールを逆さにして喉へ流し込んでいた私はその言葉に絶句し
たが、私は応えずに話を変えた、
「もしかしたら、何でも溶かそうとする水の性質こそが、我々日
本人の気質なのかもしれないね。」
「ああっなるほど。」とバロックは言って残りのビールを干した
。そして程なく胡座をかいたまま頭を垂れて黙ってしまった。バ
ロックは寝ていた。我々の会話はこうしてぐだぐだのまま終わっ
た。私もその後は何も記憶せずに次の日の朝を迎えることになっ
た。
(つづく)
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「パソ街!」11―15
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