北永劫回帰線

かつて我々は精神であった。ところが、今や我々は欲望である。

「パソ街!」11―15

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(十三)

                   (十三)



 ずいぶん遠回りして、私はまた駅前へ戻ってきた。バロックは

昨日と同じ場所にヘタって、昨日と同じようにギターを抱えてア

ヤしていた。人通りは相変わらずだが、昨日と同じように誰も彼

に関心を与えずに通り過ぎた。私は東京人がする様に、人の目を

気にしながら少し離れた所から遠慮がちに彼に頭を下げた。する

とバロックは大阪人の人懐っこさで「おうっ!」と言って手招き

をして私を呼んだ。

「ちょっと、ここに居って。」

そう言うといきなりアヤしていたギターをしごいて鳴かし始めた

。また、「STAND BY ME」だった。こうして私は今日

もサクラを演じることになったが、歌い終わらないうちに制服を

着た三人の女子高生が私の後ろで足を止め彼の歌を聴き始めた。

すると彼女らが目当てと思われる、「うだつが上がらない」と云

う言葉にすら無縁の冴えないフリーター風の男達が彼女達を取り

囲んだ。やがて彼女達は流行りの歌をリクエストしたが、バロッ

クはあっさりと「知らん!」と言って応えなかった。するとその

場にはどう取り繕っていいのか解らない気まずい空気が漂った。

私はすかさずサザンオールスターズのバラードの曲をリクエスト

すると、彼女たちも思い出したように手を叩いて賛同した。それ

から彼は大人の仕事を覚えた子供のように、サザンの曲ばかりを

歌い続け、彼女たちも手拍子をしながら一緒に口ずさんだ。やが

て昼の部はめでたく終わったが、盛り上がりの割には徒労に終わ

った。そして往来の夜の部は、仕事で傷んだ脳味噌をまた明日の

仕事の為に備えてアルコールで消毒し終った中年のサラリーマン

に入れ替わった。彼等は自分の思い通りになる時間を何とかして

引き伸ばそうと、ヨレヨレになりながらも昼間は相手にもしない

路上のミュージシャンにさえチョッカイを出した。もしも寝なけ

れば朝が来ないとしたら、一晩中寝ないでいることも何の苦にも

ならない程、彼等は次の日の朝が来ることを苦にしている様に思

えた。おかげで夜の部は大幅に延長することになり、昼のサービ

ス興行を取り返す程の実入りになった。ついにはバロックは疲れ

から声が出なくなって、私に歌詞を見せて「唄ってくれ」と言っ

た。私は全く自信などなかったがバロックに急かされて仕方なく

唄った。すると音程の操作が不慣れな為に、急に上げ過ぎて音階

の天井に遮られて下に落ち、下にある筈の音が休んでいるうちに

違う所から現れたりして、これが結構ヨッパライに受けてしまい

、冷や汗を掻きながらも調子扱いて最後までボーカルを担ってし

まった。やがて人通りも途絶えて、帰り支度をしながらバロック

が言った、

「サザンはすごいな。」

私が答えた、

「えっ、ああっ、長いよね。」

「歌謡曲やからな。」

「歌謡曲?」

「もう飽きた。」

「『いとしのエリー』と『TUNAMI』って似てるよね。」

「日本のビーチボーイズやもん。」

「うまいな。」

バロックはしばらく黙っていた。そして、

「そもそも音楽は、って言う気はないけれど、いかにして退

屈な日常を忘れさせるかが音楽の魅力だとすれば、仕事の手

を止めてまでも聴きたくなるような衝撃を与える曲はもう生

まれてこないのかもしれない。」

「どうして?」

「音楽が日常になってしまったから。」

「氾濫しているという事?」

「うん。」バロックは続けた、

「大体、ファンを大事にするロックミュージシャンなんて、

そもそもおかしいんや。ミュージシャンは音楽的な意味で常

にファンを裏切り続けなあかんのや。」

「裏切るの?」

「っていうか、先を行く。」

「あっ!、後から行くから歌謡曲なんだね。」

「ファンに媚びてるんや!」

「でも、売れなかったらどうするの?」

「そうや、それが怖いんや!だから媚びる。」

「それって良くないの?」

「ええよ。ただ飽きてくる、演ってる方も。」

「だからライブパフォーマンスが過激になるんだ。」

「見世物やからな、今のコンサートは。たとえばアイドルは、見

てくれの良さで売ってるけど、それって怖いもの見たさで売る化

け物屋敷と違わへんやろ。」

「売れれば何でもいいのかってこと?」

「うん、今は何もかもが世の中に媚びてる、すべての芸術が。」

「そもそも芸術って何?」

「人を日常から覚醒させるもん!」

「じゃ、今は芸術が商業主義に覚醒させられたんだ!」

「うまい!、みんな売れそうなものを客の顔色を窺いながら創っ

てんや。」

「自信がないから?」

「いや、売れたいから。すべての文化は経済に負けたんや。」

「心に愛が無ければ、どんなに美しい音楽も相手の心に響かない、だ

。いっそ下ネタだけでラブソングを創ればいいんだよね。」

「あっ、それ衝撃的、超エロイ歌をネットで流せばいいんだよ。」

「やる?」

「考えとくわ。」

帰り支度が終わったのでそれ以上話しは続かなかった。ギターを

背負いながらバロックが言った。

「またあそこやろ?よかったら泊まっていきなよ。」

「ありがとう。」

私はバロックの好意にすがることにした。

 バロックが借りたアパートは、近くにある電気工学系の専門学

校の生徒が多く住んでいたが、やがて学校もマスコミ関係の教室

などを増やした為、それまでは男ばかりの学校に年頃の女子が増

えて、体裁を気にしはじめた男子生徒がさすがにこの部屋はと敬

遠するほどの古いアパートだった。途中のコンビニで食い物を買

って、確かに古いが住む者を永く迎え入れてきた暖かさのあるア

パートの玄関を入った。薄暗い廊下は左右に部屋を分けていた。

奥から二つ目の左側の部屋の前でバロックは止まって引き戸を開

けた。そして入り口の電源を入れると部屋が光った、

「いらっしゃいませ。」

「ありがとう。」

「お客さん、非常口はあちらにありますが、決して爆ックレない

ようにお願いします。」

バロックは奥の非常口と書かれたシールを指して言った。二人は

顔を見合わせて笑った。そして彼は私の背に腕を掛ける様にして

私を中へ導いた。もちろん部屋には何もなかった。ただ、時代遅

れの裸電球の黄色い光が新しい住人を歓迎するかのように暖かく

輝いていた。その四角い部屋は、ホームレスの私の生活が失った

ものをしみじみと思い出させた。
                    
                                  (つづく)

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