北永劫回帰線

かつて我々は精神であった。ところが、今や我々は欲望である。

ゆーさんの「パソ街!」11―15

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(十五)

          ゆーさんの「パソ街!」(十五)




 我々の水流発電機は、去年の夏の洪水によって破損してしまい、

川に潤滑油を漏らしてしまった。そんなこともあって、役場はなか

なか河川を使用する許可を出してくれなかった。遂には、地元の役

場では全く埒が開かなくって、営業課長のバロックは、散々振り回

された揚句、県庁まで出向かざるを得なくなった。それまで気付か

なかったが、河川には漁業権や水利権といった複雑な権利や治水に

関する条例が複雑に絡んでいた。我々は、仕方なく地元の代議士に

頼み込んで、水流発電機による「村起こし」を理解してもらい、力

になって貰おうとした。そこで、いま我々が稼動させている発電機

を実際に見学してもらって、その性能を確かめてもらうことになっ

た。その際、第三者として地元大学の発電機に詳しい専門家にも立

ち会ってもらうことにした。もちろん、事前にも点検してもらって、

恐らく問題がないだろうと言ってくれた。我々が、そんなことに係

わっている間に、何時しか山々の枯れた木々も僅かな季節の移ろい

にほだされて、現れ出ようとする新芽に硬い樹皮が宥められていた。

 ある日、バロックが、

「ゆーさん、東京の時の友だちが、来てもええかって」

「ほんまかっ!」

春になればここも少しは賑やかになるかもしれない。

 春の訪れは、厳しい冬を耐えた歓びを増幅させる。枯れていた木

々が一斉に小さな蕾をつけて山々を仄(ほの)かに朱色に染めた。巣

穴に閉じ籠っていた生き物たちもわれ先にと堪(こら)えていた鳴き

声を発した。その鳴き声が残雪の山々にこだまして冬籠もりをして

いる生き物たちを目覚めさせた。春は生まれ変わりの季節である。

耐え忍んだ苦悩を忘れて再び命が動き始める。だが、凍てついた水

は融け始めても、春風は山間に居座る冬をひと思いに追い出すこと

はできなかった。ただ、陽射しは日を重ねるごとに強く感じられた。

 そんな春の陽射しを受けて、バロックは東京から来る友だちを迎

えるために町へ出掛ける準備をしていた。

「ちょっと!髭くらい剃ったら」

確かに、ミコが訝(いぶか)るほど彼は髯を剃ることを不精にしてい

た。

「ここまで伸びると何か剃るの勿体のうて」

「あほっ」

「アイツをびっくりさせてから剃るわ」

わたしが口を挟んだ、

「これから人が来るようになるから、もうちょっと小ぎれいにせな

アカンで」

「わっ!ゆーさんに言われとうないわー」

「何で?」

「知ってる?ゆーさん、おれと初めて会うた時、どんな格好やった

か」

「そんな酷(ひど)かったか」

「よー言うわ!片方だけのメガネをガムテープで止めてたやん」

「せやったかいな」

するとミコが、

「もうわかったから早よ行き」

その時だった、ガタンと地面が沈んだと思ったら直ぐに上下に揺れ

だしてしばらく続いた後、今度は横に揺れだした。2008年の岩

手宮城内陸地震の後も、この地方では頻繁に地震が起こっていた。

しかし、我々はまな板の上の鯉のようにどうすることもできなかっ

た。ただ、もう慣れっこになってしまって、

「今の『5』以上あったな」

「『6』くらいはあったで」

などと他人事(ひとごと)のように言った。ミコは心配して、

「もしかしたら電車止まってない?」

「どうやろ?」

揺れが落ち着いてから、バロックが友だちのKー帯に電話をしたが、

繋がらなかった。我々の電気はすべて自家発電だったので、停電し

ても電気が使えた。早速テレビを見て新幹線が緊急停止したことを

知った。それでもバロックは、友だちが着くかもしれんので行くと

言って出掛けた。バロックが出掛けてからも、しばらくして大きな

余震が起こった。

 地震の影響でその日に到着することが出来ずに、バロックの友だ

ちは、一日遅れてやって来た。彼は画家だった。そして、その彼が

「さっちゃん」と言って紹介した女性は歌手だった。彼女は、東京

でバロックと一緒に路上で歌っていて、その時にスカウトされてテ

レビにも出るほど活躍していたらしい。わたしは覚えがなかったが、

娘のミコは「知ってる」と言った。ただ、バロックはあまり彼女の

ことには触れたがらなかった。旧交を温めたバロックと画家の彼は

深い絆で結ばれているように思えたが、バロックと「さっちゃん」

の間には融けない蟠(わだかま)りがあることが傍目にも伝わった。

もしかすると、それはバロックと娘の関係が影を落としているのか

もしれないと予感できた。それは、娘も同じだったにちがいない。

彼女の口数が感情を堪(こら)えようとして極端に減った。わたしは、

途方に暮れているさっちゃんを宥(なだ)めるように話しかけた。

「地震、驚いたでしょ」

「でも、東京だってしょっちゅう起こるから、ねっ、バロック!」

バロックはさっちゃんの顔を見ながら、他人事(ひとごと)のように

「ああ」

それだけしか言わなかった。それは何時ものバロックらしくなかっ

た。すると、画家の、彼は「アート」と呼ばれていた、彼が、

「ぼくらが地震を連れて来たかもしれないね」

すると娘が、

「そんなことないよ、こっちだってしょっちゅうなんだから、ねっ、

バロック!」

「ああ」

確かに賑やかになったが、誰もがややこしくなりそうな予感を抱い

たことも間違いなかった。

                                 (つづく)

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