|
(二十)
田植えを漸く終えた次の日、ツバメが颯っと線を引いた青空の下、
みんなで猫背山にあるバロックが造ったスカイツリーハウスまでの
ハイキングに出かけた。毎年大勢の人で賑わう里の公園の桜はすで
に見頃を過ぎていたが、山々に鎖(とざ)された山道を分け入って仰
ぎ見るとそこここに訪れた者を驚かそうと満開の桜が待ち構えてい
た。さらに、桜に負けじと山々の木々が自慢の花々を惜しげもなく
競い合っていた。あやちゃんは病気のことなどすっかり忘れて子ど
もらしい元気で先頭に立っては後から登って来るお父さんを励まし
たり、気になる花を見付けてはしばらくじっと見詰めて置いて行か
れたり、すると、今度はお母さんに呼ばれて駆け出したりと、小鳥
たちの歓声に混じって甲高い笑い声を山々に響かせた。本当は明る
くて見たいものや知りたいことがいっぱいのあやちゃんはまるで抑
えられていた感情のうっぷんを晴らすかのように燥(はしゃ)いだ。
そして、その小鳥たちの鳴き声を真似て大声で呼ぶと木霊して返っ
てくる自分の声に興が沸いて何度も繰り返して小鳥たちを驚かせた。
さらに、ミコに習って芽吹き始めた山菜の芽を摘み、地下から滲み
出た湧き水をお父さんに掬(すく)ってもらって喉を潤し、木橋の下
を流れる渓流の川面を覗き込んでは魚の影を探り、カエルやトカゲ
や「へんな虫さん」さえにもまるで挨拶をするように頭を下げて覗
き込んだ。そして、大人たちはあやちゃんが足を止める度に付き合
って、頂上に着いた時はすでに昼の盛りを過ぎていた。すぐにゴザ
を敷いて用意してきた弁当を広げ、使い果たした元気を取り戻そう
と言葉を吐く間を惜しんで女性たちが腕に縒(よ)りを掛けて拵(こさ)
えた料理を口に押し込んだ。すぐに胃袋が働きだして、誰もがその
邪魔をしないようにと寛いでいると、あやちゃんがミコにあのスカ
イツリーハウスに登りたいと言い出した。
「登ろか?」
ミコは高い所がダメなくせにあやちゃんの勢いに押されてお姉さん
面をして請合ってしまった。早速、あやちゃんを先に登らせてその
後をミコが続いた。誰もがその様子を少し離れた所から見上げてい
たが、バロックだけはすぐ下まで行って心配そうに見上げていた。
そして、ふたりが二つ目の踊り場に着き、そこからはミズナラの若
葉の繁みで視界を遮られて見えなくなって、しばらくするとあやち
ゃんとミコのふたりが摩天楼のスカイツリーハウスから手を振った。
「わあー!!すご―い!なあ、あれ富士山?」
「富士山と違(ちゃ)う!」
「あっ!パパとママや、パパ!ママ!ここ―っ!」
あやちゃんのひと際甲高い声が下で一番心配そうに眺めていたお父
さんとお母さんの耳にも届いて、お母さんはあやちゃんに応えるよ
うに大きく手を振りながら見上げる頬に流れ落ちる涙を気にも掛け
ず、笑いながら泣いていた。
しばらくしてバロックがスカイツリーハウスに登って行った。あ
やちゃんが、
「あっ、オッチャンが来た!」
と言うと、バロックは、
「違う!お兄ちゃんや」
するとあやちゃんは、
「オッチャンのお兄ちゃんや」
そばで聞いていたミコは腹を抱えて笑った。バロックは、
「もう、それでええわ」
ミコがからかって、
「オッチャンのお兄ちゃん、何しに来たん?」
「あほ、お前まで言うな、オバチャンのお姉ちゃん」
「いやっ、よー言うわ!私まだ二十歳にもなってないんやで」
「すぐオバチャンになるよ」
「ゲッ、一緒にせんといて」
それには応えずバロックは隅にあったギターを取って、バロックは
独りでよくここに来てはギターを弾いていたらしい。
「あやちゃん、ここでうた唄えへんか?ものすごい気持ちええで」
「なんのうた?」
「なんでもええ、あやちゃんの好きな歌。あやちゃんは何が好き?」
「えーっと、アンパンマンのうた!」
「ええっ、すごいうた好きやねんな」
するとミコが、
「あんた、知ってんの?」
「あほ、おれは路上でリクエストを訊いて唄とてたんやど、それく
らい知ってるよ」
「へーっ、ちょっと見直したわ」
「ほんだら、あやちゃん、アンパンマンのうた、唄おか?」
「せえのっ!」
そうだ うれしいんだ
生きる よろこび
たとえ 胸の傷がいたんでも
なんのために 生まれて
なにをして 生きるのか
こたえられないなんて
そんなのは いやだ!
今を生きる ことで
熱い こころ 燃える
だから 君は いくんだ
ほほえんで
そうだ うれしいんだ
生きる よろこび
たとえ 胸の傷がいたんでも
ああ アンパンマン
やさしい 君は
いけ! みんなの夢 まもるため
なにが君の しあわせ
なにをして よろこぶ
わからないまま おわる
そんなのは いやだ!
忘れないで 夢を
こぼさないで 涙
だから 君は とぶんだ
どこまでも
そうだ おそれないで
みんなのために
愛と 勇気だけが ともだちさ
ああ アンパンマン
やさしい 君は
いけ! みんなの夢 まもるため
時は はやく すぎる
光る 星は 消える
だから 君は いくんだ
ほほえんで
そうだ うれしいんだ
生きる よろこび
たとえ どんな敵が あいてでも
ああ アンパンマン
やさしい 君は
いけ! みんなの夢 まもるため
「アンパンマンのマーチ」
作詞 やなせたかし
作曲 三木たかし
メロディーは知っていたが初めて歌詞を聴いたミコは驚いた。
「ええーっ!何これ?アンパンマンの歌ってこんな歌詞やったん」
「なっ、けっこう来るやろ」
あやちゃんはバロックと一緒に歌いながら最後の方では飛び上がら
んばかりに身体を上下に揺らしていた。バロックはあやちゃんに、
「おいおいっ!アンパンマンと違(ちゃ)うんやから、そんなに跳ね
たら落ちてしまうぞ」
それからあやちゃんは調子に乗って「勇気りんりん」も続けて唄っ
た。
ギターを抱えたバロックがスカイツリーハウスの舞台を終えて降
りて来ても地上からそれを見上げていた観客はそれだけでは終わら
せなかった。おまけに、かつて路上で共に唄った仲間まで待ち構え
ていた。さっそく第二部の天空の下での野外ライブが始まったが、
もちろんその主役はサッチャンだった。画家さんは食べ終わった折
箱をタンバリン代わりにして加わった。彼らが東京の下町界隈で夢
を語りながら音楽に明け暮れた忘れ得ぬ青春の日々が再現された。
仲間外れにされたミコは少しふてくされてバロックに告げた。
「サッチャンと一緒に東京へ帰っても、別にウチはかまへんで」
「あほっ!何を言うとんやっ」
陽が傾いて山を降りなければならない時間が過ぎようとしていた。
(つづく)
|
ゆーさんの「パソ街!」16―20
[ リスト ]



