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(三十)
「お父ちゃんらは夢を失くすだけかもしれへんけど、うちらは現実
を失いかけてんねんで」
わたしが遅い朝食を取りながらぼやくと、ミコが嘲笑うように言い
返した。まったくミコの言う通りだ。生存が脅かされてる環境の下
でいったいどんな夢が見れるというのだ。それにしてもわれわれは
何だって夢がなくては生きて行けないほど弱々しくなってしまった
んだろうか。
「ええーい!夢なんか信じるな、神もイデオロギーもみんな幻想や
ったやないか、」
「なんか言うた?お父ちゃん」
「あっ、いいや、独りごと」
恵木さんが子どもと一緒に越して来るにあたって、最も苦労させ
られたのは学校をどうするかという問題だった。もちろんこの集落
の学校はすべて廃校になっていたので、市役所は隣村の新しく建て
替えられた小学校への入学を薦めたが、CS発症者の恵木さんはそ
の学校に近付いただけで呼吸困難になってしまった。所謂、シック
スクールといわれる建物で有害物質の巣窟だった。こんなふうに、
子供の将来を考えてわざわざ化学物質を避けて移り住んでも、地方
の人々の近代化に対する疑いのない期待に接すると、その「周回遅
れの力走」に驚かせれることがある。ここでは旧態依然とした序列
依存から抜け出せず、不羈独立の気概を語る者など誰も、田舎った。
「子どもらが学校で発症でもしたら何のためにここへ移って来た
のかわかなくなってしまう」
恵木さんのお父さんの不安は至極もっともだった。市役所には臭い
がきついといった苦情が幾つか寄せられているらしいが、しかし、
具体的な症状などといったものは未だ報告を受けていないので、今
の段階で出来たばかりの校舎を壊してまた建て替えることはできな
いこと、そして、もしも今後明らかに校舎が原因だと断定できた時
点で検討することになるかもしれない、とはぐらかした。つまり、
なってもいない病気のために対策はできないというのだ。恵木さん
は、発症してからでは遅いことを文献まで携えて切々と訴えたが、
日本語が通じなかった。
わたしは住民の方を見ないで親方の方ばかり見ている市では埒が
明かないと、もと村役場だった支所へ元村長だった支所長を訪ねて
我々の想いを訴えた。すると、村長は「人が来てくれるなら何だっ
て聞く」と言うので、わたしは、近々二組の生活体験を希望する家
族を受け入れる予定であること、それだけではなく、化学物質過敏
症(CS)の潜在患者は全国におよそ70万人くらい居て然も今も増
え続けていること、その中の1%でもここに移り住むようになれば、
特に若年齢者の発症者が多いので家族も含めて大体2万人は軽く超
えるだろう、そして、もしもCSが花粉症のようにその被害が全国
的に拡大することにでもなれば、化学物質の被曝を逃れる為にきっ
と多くのCS患者が押し寄せて来て、いずれは十万人を越えるかも
しれないことなど、餅の絵を描いてみせると元村長は身を乗り出し
て聞いていた。そこで、あの温泉の傍にある廃校になった小学校の
校舎を是非使わせて欲しいと言うと「そんなことはわけない」と言
い、「子供の予算はすぐに付くから」と言って三人の子供たちのた
めに教員の要請もしてみようと言ってくれた。そして、これまで人
口減少に悩まされてきた過疎地の村長としての苦しみを吐露して、
あなたが来てくれたお蔭であの集落は初めて人が増えた。もしも何
か困ったことがあれば出来る限りのことはするので何でも言って欲
しいというので、そこでわたしは、CSが起こる原因を詳しく説明
して、発症者が化学物質に曝されずに安心して暮らしていくために
「どうか、何もしないで静かに見守って頂きたい」とお願いした。
(つづく)
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ゆーさんの「パソ街!」26―30
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