北永劫回帰線

かつて我々は精神であった。ところが、今や我々は欲望である。

ゆーさんの「パソ街!」26―30

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(二十九)

               (二十九)


 新しく越して来た家族は「恵木」さんと言った。三つ残っている

空き家の中からわたしが用意した家ではなく、あの橋が陥落した川

の上流の傍らにひっそりと建つ一番古い家を選んだ。

「いいですか?」

と、恵木さんのお父さんはわたしがあてがった家を選ばなかったこ

とを申し訳なさそうに言った。わたしは、

「でも、掃除も何もしてないですよ」

と言うと、

「あっ、そんなことは自分らでやりますから」

事実、玄関までの小径は背丈を超える雑草が生い茂って隠れてしま

うほどだった。ただ、古くから居るお婆が言うには、かつてその家

はこの集落の村長の息子が暮らしていたらしい。確かに支えている

柱や棟木は立派なものだったが、しかし、床板や廊下のあちこちが

朽ち剥がれていた。それでも、彼はこれまでも転居の度に汚染され

た家の内装の壁紙やリノリウムを剥がして天然資材にリフォームし

てきたので、

「実は、やってみたかったんですよ、こういう古民家」

わたしは好きにして構わないと言うと彼は喜んだ。そして、出来上

がるまでの間、わたしが用意した家に住むことになった。

 夏も終わろうという頃になってようやく家族四人が寝泊まりする

ことのできる一部の部屋のリフォームが終わった。囲炉裏のあった

板の間はダイニングルームに生まれ変わりテーブル椅子が置かれて

あった。主に台所廻りがリフォームされて、上流で分けられて流れ

込む川の水がキッチンと浴室に使われた。それとは別に飲み水は前

から使われていた湧水を竹樋を新しく繋ないで引いていた。化学物

質過敏症(CS)の発症者にとってもっとも厄介なのが暖房だった。

まず、石油ストーブは大概の発症者がそのニオイに反応して使えな

かった。また、薪ストーブでさえも一部の発症者にとってはその煙

がダメな場合がある。実は、化学物質過敏症はどんな物質に反応す

るかはそれぞれによって異なり、そのことが発症者同志の連帯を妨

げている。症状に個人差があって同じ環境を共有することができな

いので孤立化し気持ちを落ち込ませてしまうのだ。幸いにも恵木さ

んは薪ストーブには反応しなかったが、ただ、それさえも本当のこと

は判らない。後々になって症状が出て、その原因が薪が燃えるとき

に出る煙なのか、或いはストーブそのものなのか、それともストーブ

で暖められた部屋の中の化学物質なのか、その原因を突き止める

ことは中々面倒なことなのだ。

「お蔭で、ここへ来てからだいぶん気が楽になりましたよ」

 恵木さん家族が新しい家に移った日の夜、みんなで彼の家に集ま

って遅くまで語り明かした。はしゃぎ回っていた子ども達も新しく

できた部屋で仲良く転がって寝ていた。あやちゃんは子羊のユキち

ゃんも座敷に上げようとしたが、恵木さんのお父さんに、

「ユキちゃんはダメッ!」

そう言われて、ユキちゃんだけは土間に置かれた。あやちゃんは途

方に暮れてお母さんに縋ったが、お母さんにも説得されて泣く泣く紐

を手放した。ユキちゃんは何度か惜別の声を上げたが、やがて諦め

ていつの間にか土間に転がって、羊の数をかぞえ始めた。

  画家の「ガカ」はサッチャンと連れ添って行った後、一週間ほど

して戻って着た。バロックによれば、べつに別れたわけではなく連

絡を取り合っているらしい。ただ、サッチャンは、夏の間は地方の

野外イベントの予定が詰まっていて、彼によれば、この時期にステ

ージに立つことのできないシンガーは歌だけで食うていくことが出

来ない者だ、と言った。そして、落魄(おちぶ)れてもヒット曲を持

つ歌手なら地方へ行けば最低でも五年は声が掛るだろうと言った。

こうしてサッチャンはここ二、三年は旅から旅の巡業を熟(こな)し

ながら再起をうかがっていた。ただ、それはまるで、寂寞(じゃくま

く)たる宇宙の中を星明りだけを頼りに流離(さすら)う宇宙飛行士の

ようで「突然、絶望に目覚めてどうしようもない」時があると、彼女ら

しい言葉でわたしに打ち明けた。恐らく、彼女はもう一度バロックと

一緒に出直したかったんだろうが、ところが、バロックは「ある事情

があって」、もうその気はないと言った。そして、その「ある事情」を

それ以上語らなかった。

 一方、ガカは、サッチャンとのことは一切口にしなかったが、

「ゆーさん、これだけ人が集まったんだから、これからどうしてい

くのか話し合った方がいいんじゃない?」

確かに、これまでのようにわたしとバロックだけで決められること

ではなかった。そこで、恵木さんの家では迷惑だから、わたしの家

へ行って飲み直そう、否、話し合おうということになった。そして、

ユキちゃんの面倒を見るあやちゃんと、そのあやちゃんの面倒を見

なければならないお母さんは自分の家に戻り、恵木さんの二人の子

どもとお母さんを残して、われわれは恵木さんの家を後にした。

  ダイニングテーブルに、わたしは何時もの席に腰を下ろした。そ

の向かいにはバロック、右端にガカと左端に恵木さんが座った。ミ

コは朝が早いのでそのまま自分の部屋に上がってしまった。その代

りに元妻が残って我々の世話を焼いてくれた。まずは初めに地酒で

乾杯をして、それから、わたしが口を開いた。

「ええー、わたしは、この集落をCS発症者が安心して暮らせる唯

一の地にしようと思っています」

すると、みんなが拍手した。

「しかし、そうするにはきっと社会との軋轢を避けることは出来な

いでしょう。社会で暮らす人々から見れば我々がしようとしている

ことはきっと理解できないかもしれませんが、わたしは、この近代

文明はゴミをまき散らす循環性のない、だから永続性のない欠陥文

明だと思っています。しかし、改善は可能だと思っています。一方、

我々自身もそれぞれの症状が異なっていてどんな環境なら許容でき

るかがまちまちで一つに集約することが難しいのが現状です。しか

し、それでも基本理念は、如何なるCS発症者であってもここでは

被曝を怖れず安心して暮らせる集落を目指そうと思ってます」

再び、拍手が起こった。

「そこで、これから具体的な問題について話し合っていこうと思っ

てますが、まず、それを支える経済ですが・・・」

すると突然、バロックがわたしの話を遮って、

「ゆーさん、こんなこと言うて悪いけど、話が硬すぎるわ。酒飲ん

でんねんし、もっと気楽に話してもらわんと寝てしまうで!」

そのときに一番大きな拍手が起こった。わたしはテーブルのコップ

を取って一気に喉へ流し込んだ。

 つぎの朝、わたしはミコに「いつまで寝てんのん!」と起こされ

るまで、自分が寝てることさえ気付かなかった。そして、すぐに二

日酔いの頭は昨夜話し合ったことを確かめようと記憶を巻き戻して

みたが、これまでに何度も繰り返してきた自己嫌悪、つまり、覚え

ていなのかそれとも忘れてしまったのかと考え込んでいると、ミコ

がドアをノックしただけでいきなり入ってきて、

「はい、これ!」

「なんや、これ?」

「お母ちゃんが渡しといてって」

「ん?」

その紙には、昨夜話し合ったことの内容が書き残されていた。

 ① 近代文明は欠陥文明である。― 全員了解

  〇 その欠陥を循環性のあるシステムに改善する

    ●ゴミ(有害物質)を生まない生活システム 

 ② CS発症者が安心して暮らせる集落を作る ― 〃
    
  〇 如何なるCS発症者であってもここでは被曝を怖れずに
     安心して暮らせる集落を目指す ― 〃

  〇 経済・・・農業を中心に活動する ― 〃
   
    ● 無農薬、・・(全員一致)
    ● 自然農法・・・機械化の是非(異論有)
    ● 6次産業化・・生産、加工、販売(ITの活用)
    ● 付加価値性・・みんなで考えること
    ● その他  ・・移住者を増やす 水流発電機の販売 

  〇 社会・・・化学(有害)物質を発生させるものは使わない

    ● 交通・・・化石燃料を動力にする車両の乗り入れを
            認めない ― (異論有)
            「バイオエタノール」―有害排気Ⅹ
    ● エネルギー・・・化石燃料は認めない
       
      暖房 ― 薪ストーブ(間伐材の利用)
           ゴミのリサイクル(メタンガス利用)検討する
      電気 ― 水流発電機の性能向上と普及
           太陽光発電 ― 平地がない(不可能)
           風力発電 ― 金がない(不可能)
             
    ● 化学物質の侵入を防ぐ・・・進入路に看板を設置する

      人による侵入 ― 喫煙者、及び香水、化粧品を付
               着させた者の来訪を認めない
               (異論有)
      車両の侵入 ― 陥落した橋を繋がない(異論有)
              道路の舗装を剥がしてしまう(異論有)
              猫背山方面からの車両の侵入を防ぐ
                     |
                  「バリゲート設置」

 ここまで目を通して何だか気分が落ち込んでしまった。これでは

近代前の生活に戻るだけではないか。子どもの頃に夢見た未来

社会とは大違いだ。近代文明の灯が一つまた一つと消えていく気

がした。恐らく、近代の克服とはこうした喪失感に耐えることから始

めなければならないのだろうが、物質文明の価値観を転換させる

にはこの世界が崩壊でもしない限り容易なことではないのかもしれ

ないと思いながら、窓から見える山々を縋るように眺めた。

                                 (つづく)

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