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(二十七)
わたしたちは野山の雑草を食べてくれるので番(つが)いのヒツジ
を夜以外はほとんど休耕地に放していたが、その牝ヒツジが初めて
の出産を迎えようとしていた。羊小屋には駆け付けて来たあやちゃ
んもお母さんに後ろから包まれながら、脇目もふらずに神妙な面持
ちで呻き苦しむ牝ヒツジを眺めていた。やがて膜に包まれた羊水が
現れ、その中に小さな前足が見え、すぐに鼻先が出てくると、あや
ちゃんは突然大きな声で「がんばれ!」と叫んだ。牝ヒツジはゆっ
くり立ち上がって、踏んばっては休みを繰り返しながら最後はトコ
ロテンのように呆気なく産み落とすと、みんなが歓声を上げて母ヒ
ツジを労わった。そして、誰もが安堵してその場を離れ一息ついて
いると、わが子を愛でる母ヒツジの仕草を何時までも見ていたあや
ちゃんが、「あっ!もう一匹産まれる」と叫んだ。再びみんなが駆
け寄ると母ヒツジのお尻からは二匹目の子供が顔をのぞかせていた。
「よしっ、この子はあやちゃんが見付けたんやからあやちゃんに育
ててもらおう」
わたしがそう言うと、あやちゃんは手を叩いて歓んだ。そして、お
母さんに、
「なあ、ママ、名前、何てしようか?」
お母さんは、
「文香が自分で考えたらええねん」
すると、あやちゃんはしばらく考えて、
「なあ、おじさん、この子のお父さんとお母さんの名前は何ていう
の?」
実は、わたしは何れ食肉として引き取って貰う時のために想いを留
める名前は付けなかった。そのことでミコとも言い争ったこともあ
った。するとミコが咄嗟に、
「シロとクマ!」
と言った。何でもそれは「アルプスの少女ハイジ」に出てくる山羊
の名前だと後から知った。それを聞いたあやちゃんはすぐに、
「そしたらこの子、ユキちゃんにする」
そう言った。それからは「限界集落の少女あやちゃん」は目が覚め
るとユキちゃんがいるヒツジ小屋へ必ず見にやって来て様子を窺い、
しばらくすると朝ごはんを食べるために涙を流さんばかりに別れを
惜しんで、戻ってく来ると、その後は一日中ユキちゃんをつき従えて
野山を駆け回った。 アンパンマンの歌を唄いながら。
あやちゃんのお父さんとサッチャンが去って、前後して東京から
CS(化学物質過敏症)を発症した男性の家族がやって来た。奥さん
と八才の男の子と三才の女の子の四人家族だ。お父さんは機械いじ
りが好きで希望していた自動車製造会社で働いていたが、塗装の仕
事へ回されてからすぐに身体に変調を来たした。朝、起きると頭痛
や目まいがして会社の門の前まで来て引き返して、それからは一度
も門をくぐることはなかった。まだ、三十代でバロックよりも若かった
がここへ来たときはずい分老けて見えた。CS発症者の御多分に漏
れず化学物質の被曝から逃れるために転居を繰り返した心労が若
さを奪ってしまったに違いなかった。彼は自らを「文明から迫害された
男」と名乗った。上背があってガッチリした体躯に相応しくない繊細な
顔立ちをしていた。彼が家族を引き連れてここへ越して来たのには理
由があった。彼が言うには、最近の研究でCSを発症する原因の一つ
に遺伝子の可能性も否定できなくなったというのだ。つまり、彼は自分
の子供たちが同じ苦しみに遭わないようにするために家族で移り住む
ことを決めたのだ。それは、それまで楽観的に考えていたわたし達に
とっても衝撃的なニュースだった。さっそく元妻に伝えると何も答えず
に黙り込んで虚空に目をやった。
早速、PCに「化学物質過敏症 遺伝」と打ち込んで検索すると、
上位にその論文名が現れたのでクリックした。それは「化学物質
問題市民研究会」というホームページに翻訳されて掲載されてい
た。われわれはそんな会があることもそんな研究がされていたこ
とも実は知らなかった。何故かと言えば、CSを忘れて生活するこ
とだけを望んでいたからだ。
その研究は、カナダの研究者によって行われ、CS発症者と健常
者の間に遺伝子レベルでの相違があるかを調べた結果、簡単に言う
と、汚染物質の解毒を担う重要な酵素に遺伝子的相違があることが
初めてわかった。それはまだ研究段階で総て解明されたわけではな
いが、活性的な遺伝子から生まれた酵素によって代謝された化学物
質は有毒な副生物を生成し、早い代謝によって有毒物質の蓄積が進
みやがて僅かの被曝にも過敏に反応するようになる。しかし、CS
は遺伝子そのものの欠陥によって起こる症状ではなく、むしろ、遺
伝子が正常に働くことが禍(わざわい)して有毒物質の蓄積を早めて
しまう皮肉な結果をもたらすのだ。それはまるで堕落した社会では
正しいことの方が疎(うと)まれてしまうのと似ている。果たして、
被害の原因は正常な遺伝子によって敏感に反応する我々CS患者の
方にあるのだろうか、それとも、経済優先のために化学物質の拡散
を黙認してきた鈍感な社会の方にあるのだろうか?
CSはいわゆる花粉症のようなアレルギー症ではないがそのメカ
ニズムは似ていて、わたしはCSはいずれ第二の花粉症になる日が
来るのではないかと危惧している、否、もしかすると、早くそうな
って誰もが化学物質がもたらす恐怖に気付くようにならないだろ
うかと思っているのかもしれない。
わたしはその論文をコピーして、ダイニングでテレビを観ている
元妻の顔の前に突き出した。そして、
「遺伝せえへんて言うたやないか!」
と椅子に腰を掛けてコーヒーを飲んでいる元妻に迫った。すると、
元妻はそれを一瞥しただけでテーブルの上に放り投げた。そして、
「せやかて病院の先生が言うたんやもん」
「いつ?」
「大阪に居る時やから七、八年前かな」
「あほっ、大昔やないか!」
「これ、何て書いたーんのん?」
「読めや」
「あかん、むづかしすぎて読めへん」
わたしはここでした説明をさらに簡単にして、
「要するに遺伝するかもしれへんて書いたんねん」
「ほんと?」
「言うてもまだ研究段階やからな」
その時、裏の畑へ夕飯の野菜を取りに行ったミコが背戸から野菜を
抱えて戻ってきた。そして、野菜をテーブルの上に置くのとほぼ同
時にそのコピーに目をやって、
「何やこれ?」
元妻は慌ててそれを奪ってテーブルの下に隠した。わたしはどんな
ことでも隠したりしたくなかったので、
「ミコに見してやれよ」
すると元妻はしぶしぶそのコピーをテーブルの上に戻した。そして、
「まだ研究段階やねんて、CSが遺伝するかどうかは」
ミコは母親の言葉を耳だけで聞いて、そのコピーに目を通して、
「ああ、これ前にPCで見たわ」
そう言って役に立たない新聞チラシのようにテーブルに戻しながら、
「うううっ、コピー紙、きつっ!」
そう言って背戸を通って家の外へ出ていった。
わたしは、彼女はすっかりCS(化学物質過敏症)のことなどは忘
れて暮らしているものだとばかり思っていたので、彼女が不安から
自分の症状をPC(こっちはパソコン)で確かめている姿を想像して、
彼女の悩みに寄り添ってやれなかった自分が、親としての責任を果
してこなかったように思えてきて情けなかった。
(つづく)
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ゆーさんの「パソ街!」26―30
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