北永劫回帰線

かつて我々は精神であった。ところが、今や我々は欲望である。

バロックの「パソ街!」21―25

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                   (二十三)




 受験を控えた三年生にとって特にこの年末年始は大きな不安と共に

あった。それは単に入試が迫ったばかりではなく、これまでの社会の

ルールが大きく変わってしまったからだ。バブル崩壊によって、それ

まで年功を積めば勝手に昇級した肩書きは頭打ちになり、年功序列に

変わって能力主義が唱えられた。その代表が著しい発展を遂げたIT

関連のベンチャー企業だ。成功した若手起業家が連日マスメディアに

取り上げられ、IT社会こそがこれからの日本経済を支えるだろうと

語り、若者のベンチャー起業が持て囃されていた。ただその後、IT

バブルの崩壊と共にベンチャー起業も死語になってしまったが。

 受験もITにも縁のなかったおれは、去年と同じく年末の営業を掛

け持ちして廻っていた。何だ!おれだって若手起業家ではないか。と

ころが師走になって風邪をひいてしまった。恐らく比叡下ろしが吹き

荒ぶ底冷えのする京都で、胸を雪にされてしまったからに違いない。

喉の腫れが鼻からの呼吸にさえ刺激されて痛み、声が出せなくなった。

仕方なく部屋に独りで、というのは、母は年末から例の中国人のおっ

さんの家へ行ったきりで、母は「行ってもいいか」と聞いてきたので、

おれは年が明けたら京都へ出稼ぎに行く心算でいたので「いいよ」と

言った。コンビニから取り寄せてあったおせち料理で凌ぎながら侘し

く年が明けた。華やかさを演出するテレビを観ながら独りおせち料理

をつっついていると、家族は崩壊し進学の夢を諦め、更に今では就職

することすら困難な状況に在る自分は暗澹たる未来しか見えなかった。

「歌しかないか」

喉の痛みが治まって声が出るようになると、早速「京の冬の旅」に向

かった。

 古都京都はもの思いに耽るには絶好の場所だった。長い歴史を繋い

で来た時の移ろいはゆったりしていた。東山の山すその、古寺で落ち

葉でも燃しているのだろうか、甍の傍らから立ち上る煙りはもと居た

土地を離れることを厭うように山肌に靡いたと思うとしばらく中空で

濃くなって溜まり、それでも登ってくる煙りに上空へ追い遣られて薄

くなりながら広がり、山の端辺りで四方へ棚引いて、やがて古都の風

になった。その様子を何時までも眺めていたが、まるで天女が想いを

残しながら天上へ舞い上がる様を観ているようで、都会で見る工場が

吐き出す噴煙と違って「たおやか」だった。

 京都はまた学生の街でもある。そもそも学問とは古を知ることから

始まるのだから、古人の夢の址が残されていることは思索に勤しみ易

い環境なのかもしれない。それでは、反対に過去が一切残されない環

境では人間はやがてものを考えなくなるのだろうか?そこでは思考が

現実に優先するのだ。総ての考えは現実化されるが、考えに従って現

実が生み出され過去はすぐに消去されてしまう。例えば高層ビルが立

ち並ぶ近代都市とはそんな環境なのかもしれない。しかし、過去を失

くした者に未来が描けるだろうか。やがて思考は際限(再現)を失って

妄想を繰り返す。都会での思考が眼の前の現実に終始して殊更瑣末

なことに終始するのは過去を失ってしまったからかもしれない。如何な

る思想も現実の制限の中から生まれ現実を越えることなどできないの

だ。だから「我思う、故に我在り」は間違いで、「我在り、故に我思う」

なのだ。つまり、思想とはそれぞれの存在の反映でしかないのだ。だと

すれば我々は他人の思想をいくら学んでも自己に反映されないのでは

ないだろ

うか。我々は本を読んで思想に共感するのではない。ただ、自分の思

想を他人の言葉で確かめているだけに過ぎないのではないか。現実を

変えること、つまり、自分自身を変えること、それ以外に世界を変え

ることはできないだろう。何故そんなに新しい世界に拘るのかと言え

ば、それはおれ達がロストジェネレーション世代だからかもしれない。

世界を失った者は過去に縋るか新しい世界を生むしかないのだ。おれ

が学校で訴えた「反儒教革命」も、結局は人々の胸中深くに染み込ん

だ「儒魂」を一掃することが出来なかった。福沢諭吉が唱えた「独立

不羈の精神」は終ぞこの国には拡がらなかったではないか。人々は孤

独に耐えかねて自分自身を棄てて長いものに縋ったのだ。そして名分

を重んじる自虐道徳を排することは叶わなかった。世襲が蔓延し門閥

や序列社会に抗おうとさえ思わなくなった。自己を失くして卑屈に生

きれば餌と暖かい檻が宛がわれるのだ。この時代の閉塞感とは、自己

を棄てて社会に縋った自分達自身の閉塞感なのだ。つまり、社会が閉

塞しているのではない、我々自身が社会に閉塞されることを望んで

いるのだ。

 路上で歌い始めるとすぐに学生風の若者が集まって来たが、如何せ

ん儲けにはならなかった。夜になって盛り場へ移った。大阪の歓楽街

で何度かチンピラに絡まれ賽銭を巻き上げられてからそういう場所で

やりたくなかったが仕方がなかった。販売用のオリジナル曲のCDを

入れたバックパックの中に護身の為にサバイバルナイフを忍ばせてい

た。
                                   (つづく)

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