北永劫回帰線

かつて我々は精神であった。ところが、今や我々は欲望である。

バロックの「パソ街!」16―20

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              (二十)




 毎年の恒例で、一二年生が卒業を迎えて退部する三年生の歓送会

を催してくれた。アンちゃんがいた頃は、彼の親が経営する焼肉店

で開かれていたが、「今年はどうしよう」とシカゴが新部長として

始めての役目に頭を悩ましているところへ、と言うのはアンちゃん

の店なら全く予算の心配がなかったから、ところが程なく、アンち

ゃんのお母さんから顧問の教師へ連絡があって、「是非今年も今ま

で通り使って下さい」と言ってくれた。それを聞いてシカゴは拳を

握り締めて喜んだ。

 数年前までは、深夜になっても寝ることも忘れてハシャいでいた

街も、バブル崩壊後は、家々の屋根まで黄金で葺かれた輝く国「ジ

パング」が、実は藁葺きだったことを聞かされたかのように、今で

は人々も昼間でさえ夢遊病者のように憔悴しきったようにうな垂れ

て歩いていた。部屋の中で暇を持て余すことが惜しく思えるほど浮

かれていた街も、今年は秋の訪れがひときわ心寂しく感じられた。

枯葉を舞い散らす秋風が、これからどう生きればいいのか解からな

い意思を亡くした心の隙間に容赦なく吹き込んできた。歓送会へ向

かう通り道の商店街も人の往来がメッキリ淋しくなって、アーケー

ドにはバブルガム・ブラザースの「Won’t be long」が虚しく流れ

ていた。アンちゃんに教えられて、そしてカモられた麻雀の時によ

く唄った曲だ。相手のリーチに降りようかと思案していると自然と

「降りオリオー」と口ずさんでいた。すると、リーチを掛けた相手

が「やりヤリヤリヤー」とけしかけた。内容のないノリだけの曲だ

ったがバブル崩壊後の目的を見失った時代の気分によく合っていた。

 アンちゃんの親が営む焼肉屋はコリアタウンにあった。商店街の

路地を曲がると直ぐだったが、曲に誘われてつい商店街の外れまで

来てしまった。引き返して店に着くとシカゴが玄関で待っていた。

「遅いよ!古木、何してんの?」

「ごめんごめん!えっ、おれだけ?」

「あんただけや!もう来(け)えへんのか思たで」

シカゴに急かされて店に入ると奥の座敷には部活のみんなが揃って

いた。「Won't be long」どころか危うく「Won't  belong 」

するところだった。

 顧問の清水教師がアンちゃんの両親へ感謝の言葉を述べ、卒業生

が一人ずつ思い出を語って、シカゴが乾杯の音頭をとって歓送会は

始まった。気が付くと、良子ちゃんが店を手伝ってガスコンロに火

を着けて廻っていた。それぞれ五人が座る5台のテーブルの最後に

おれ達の卒業生の席にやってきた。彼女とは彼女が高校受験を控え

ていたのでしばらく会っていなかったが、見違えるほどに女らしく

なっていた。おれが、

「また一緒にお経を聴こうね」

そう言うと、

「あほっ!」

彼女はしっかりと自分の意見を言える女性になっていた。

「何?お経って」

ピアノで音楽学校への進学が決まっている元女部長が退屈して話し

に絡んできた。

「宗教?」

「まあ、そんなもんかもしれん」

「どんな宗教?」

「なんなら今度一緒にお経を聴く?」

それを聞いてた良子ちゃんは着火器でおれの肘を炙(あぶ)った。

「カチッ!」という音と同時に、おれは「熱っつう―!」と叫んだ。

「アッ!ごめんなさい!間違えて火が着いちゃった。大丈夫ですか、

お客さん?」

良子ちゃんはそう言い残して冷たく席を離れた。

 咀嚼に忙しかった口は空腹が満たされると、今度は喋ることに忙

しくなった。顧問の手前もあって禁酒禁煙だったが若い時は美味し

いもので満腹になればそれだけで充分酔えた。席を外してトイレに

行く途中で良子ちゃんが待っていた。

「ばかっ!」

「ごめん」

二人の立場は完全に逆転していた。しばらく会ってないうちにどう

してそうなったのか、一体どんな契機でそうなったのか確めたかっ

たが、彼女が身体を寄せてきて、

「キスして」

「今日はタバコを吸ってないからな、焼肉は食ったけど」

そんな契機はどうでもよくなった。トイレのドアが開いたので二人

はすぐに身体を離した。おれは何もなかったようにトイレに行った

が、戸惑いは勃起したペニスにも伝わってなかなか用が足せなかっ

た。 席に戻るとシカゴが言った、

「古木、卒業したらどうするの?」

「どうもせん」

実際何をすればいいのかまったく解からなかった。ほとんどの学生

は進学や就職が決まっていたが、自分は目的すら見つけられずにい

た。人は生まれてから家族や地域や学校や、またはマスメディアを

含めた社会の中で成長する。その中でそれぞれの生きる目的という

のは実は社会の所与であって自らの意思によるものではない。社会

なんてどうでもいいやと思えば途端に生きる目的を失って、ニート

か引き篭もりになる。彼等の無為は社会批判なのだ。そして社会の

所与ではない自分の意思による生きる目的を必死で捜しているのだ。

もちろん、おれも親父が倒産するまでは社会という大船に乗る心算

だった。ところが、一夜にして総てが崩壊し混乱しているうちに船

は出てしまった。呆然とする自分をもうひとりの自分が覚めた目で

眺めていた。やがて、その進路というのが本当に自分の意思が望ん

だものなのか怪しく思えてきた。深く想わずに「渡りに船」と社会

の所与に縋(すが)って生きていこうとしているのではないか。そう

思って世間を見渡すと、何のことは無い、誰も自分の意思によって

生きている者など一人もいないではないか。箱の中に押し込められ

箱の中で暮らし箱の中で死んでいくのが人間なのか。所与の世界で

しか人間は生きることが出来ないのか?もしそうだだとすれば、我

々は決して生きているのではない、生かされているのだ!社会など

に縋がらなくたって、たとえ船などなくたって独りで世の中を泳いで行

こう。自分で考え自分のやりたいことを自分で決めて生きていこう。

そう考えるようになると、箱の中での功名や他人の評価なんてどうで

もいいと思えるようになった。

「まあ、しばらく歌で凌ぐわ」

「いっそのことそっち目指したら」

「あかん、尾崎豊に先越されてしもた」

バブル期のミュージックシーンは螺旋の円周を狭める様にして過去

の模倣が繰り返され、衝撃を与えるほどのミュージシャンは現れな

かった。その中で唯一異彩を放っていたのが尾崎豊だった。彼は社

会の不条理に抗いながら生きることの苛立ちを歌った。26才の若

さで命を絶ったが、その早すぎる死に驚きはなかった。歌そのまま

に「この世界からの卒業」を果たした。それはまるで楽しみにしてい

た夏祭りで気に入った露店が見つからないまま参道を通り抜け裏

道に出てしまった子供のように、彼はこの退屈な世の中を通り過ぎ

て逝った。もしも、「生きる」ということが死に挑むことだすれば、彼

は命を惜しまずに生きた。

「シカゴ!カラオケ行かへんの?」

誰かが空腹の満たされた元気な声で幹事のシカゴに催促した。歓送

会の二次会は同じビルの上の階にあるカラオケと決まっていた。良

子ちゃんによると、アンちゃんのお父さんはあの事件の後、日本に

帰化してお母さんの氏名を名乗った。彼は祖先から繋がる族系を断

ってしまった。それは父系宗族を重んじる在日の者にとって民族ア

イデンティティーを失うことでもあった。さらにパチンコ屋もいず

れ人に譲る心算でいた。予(かね)てからアンちゃんが訴えていたこ

とだった。イカサマ商売を占有している限り在日は狭い宗族社会か

ら逃れることは出来ない。イカサマ利権は手放さず民族差別だけ訴

えても理解してもらえないだろう。自虐史観は日本だけのことでは

なかった。

「儒教道徳とはそもそも強い者に諂(へつら)う自虐道徳なんや」

アンちゃんはよくそう言った。
 
 軽音楽部の部員たちのカラオケ大会はさすがに聴き応えのあるも

のだった。おれもみんなに担がれて尾崎豊の「卒業」を歌った。カ

ラオケに飽いてそれぞれがオリジナル曲を披露する頃になると、

もう新しい日が始まっていた。

                                 (つづく)

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