北永劫回帰線

かつて我々は精神であった。ところが、今や我々は欲望である。

バロックの「パソ街!」16―20

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                 (十七)



 教師の山口さんが、あの日から病気の為に学校を休んでしまった。

何でも癌が見つかったらしい。

「ああ―ぁ」

判っていたら詰まらない警戒心は解いたのに。校門で交わした朝の

挨拶が脳裏に浮かんだ。思えば、あんなに物分りのいい山口さんは

初めてだった。病気を克服されてまた朝の挨拶をしましょう。

 考えてみれば、思想などと言ってもその殆んどが本人の置かれた

状況から派生するのだ。おれにしても親父の会社がコケなければ、

決まった道を進んでいたことだろう。そうすれば今のおれの考えを

きっと敗者の思想と嘲笑っていたに違いない。要するに、思想とは

幾ら綺麗ごとを言っても、手に入れた権力を奪われない為の、或は

耐えきれない暮らしから逃れる為の、所詮方便に過ぎないのではな

いか。高尚な思想(ゾルレン)と雖(いえど)も存在(ザイン)が立ち行

かなくなれば忽ち役立たずとして見捨てられるのだ。我々は思想な

ど語っているのではない、ただ生い立ちを語っているのだ。

 大阪の街はバブル経済崩壊後も、バブル期に計画された大規模な

都市再開発を見直すことなく、否、返って景気回復になるといって

借金をしてまで断行した。それは、金融は破綻しても実体経済は堅

調で、金融が改善すれば再び景気回復すると大方の専門家の意見に

同調するものでもあった。しかし、結果は火に油を注ぐことになり

財政は火の車となった。ただ楽観主義の大阪人はそんなことなど気

にもしなかった。

 ある日、学校から戻ると珍しく母が居た。さらに珍しいことに夕

飯の用意までしていた。

「今日休みやさかい晩ごはん一緒に食べよ思て」

「ええーよ、後で食うよ」

「違うねん、ちょっと話しがあるねん」

「何?」

「まあ、座り―な」

おれは仕方なくテーブルの椅子に腰を下ろした。すると母はお茶を

入れながら、

「あんた、ちゃんと学校行ってんの?」

「行ってるよ、いま戻ってきたやろ」

「そやな、それでちゃんと卒業できるの?」

「・・・」

実は、進学を諦めた時にもう卒業などどうでもよくなった。もの心

がついた時から轡(くつわ)を噛まされて競争を勝ち抜くことを教え

込まれ、馬主がいなくなった途端に檻から追い出されて今日から

自分独りで生きていけと言われても、頭の中は「?」だらけで呆然

とするばかりだった。ただ、もう学校に留まるつもりはなかったので、

その時はやめるつもりでいた。母にはそんなことを言いたくなかっ

たので、箸をとって唐揚げを突き刺してそれで自分の口を塞いだ。

「学校に聞いたんやけどな、出席がギリギリやって言うてたで」

「何でそんなこと聞くのん」

そんなことは充分知っていた。つまり、考えながら休んでいたのだ。

すると母は、

「実は、あんたが卒業したら、わたし結婚してもええやろか?」

「ええっ!」

母は所謂水商売で働いていた。当然常連の客と懇(ねんご)ろになっ

てそういうこともあるかもしれんと覚悟していたが、実際に起って

みると母を奪われたような淋しい気持ちが沸いてきた。母はもうそ

ういうことに懲りて引退したものと思っていたので、自分が排除され

た新しい関係を築こうとしていることに少し裏切られた思いがした。

「誰と?」

「会社の社長さんなんやけど、日本の人と違うねん」

「がっ、がいじん!?」

「まっ、外人いうても、中国の人なんや」

「中国人?」

「そう」

「何の仕事してるの?」

「貿易」

「ふーん、何か金持ってそうやな」

「持ってはる」

「ははっはっ」

母と二人で笑った。

 母が言うには、その人は中国人と言っても神戸生まれでもちろん

日本語を話せるらしい。父親が食材などを輸入する会社を細々と営

んでいたが、彼が後を継いでから中国政府の政策転換によって急に

取り扱いが増え、今や何でも扱う貿易会社へと成長したらしい。

「幾つ?」

「わたしより三つ上」

「もしかしてバツイチ?」

「そう」

「子供は?」

「二人おる」

おれは彼女の足を引っ張るつもりなど毛頭なかったが、それでも直

ぐに母子関係を改めることができなかった。しかし、一方ではこれ

からは自分のことさえ考えればいいという、肩の荷がひとつ減った

ような開放を感じた。呆然としてると、母が、

「あんた大学行きぃな、行きたいやろ大学!」

「えっ」

「行かしたげる言うてくれてはんねんって!」

「ええ、もうやめた」

「何でぇ?せっかく言うてくれてはんのに」

「まさか、その為に一緒になるんと違(ちゃ)うやろな!」

「何を言うてんの、アホ!」

日本人が知っている中国人は戦略家や軍人や道徳家といった社会的

な教訓を垂れる人か、或は都での夢叶わず郷里の山紫水明に想いを

虚しくする詩人達か、何れも何千年か何百年も前の人物ばかりで、

現代に至るも専ら政治家ばかりが鹿爪顔をマスメディアに曝して、

情を通じ合える縁(よすが)がなく、個人の顔が全く見えないことに

驚かされる。いったい彼等には個人的な情感というものが備わっ

ているのだろうか?そもそも彼等は笑うことがあるのだろうか?

総てが謀(はかりごと)のように思えてしまうのは何故だろうか。

「個人主義は敵だ!」という国の人に援けられてまでして進学した

いとは思わなかった。ただ、中国人のお笑い芸人でも出てくりゃあ

チョッとは見方が変わるんだけどな。

 自分の母親がよそのおっさんに体を許すと想うと何とも言えない

虚しさに襲われた。例えば娘であればそんな風には想わないのだろ

うか?変な言い方かもしれないが、自分の還る場所を奪われたよう

な、自分の生い立ちを逆に辿っていくと最後の最後で母の胎内の入

口の前に見知らぬおっさんが立っていた。それでも母はおれのもの

ではない、彼女自身のものである。

「えっ!かめへんの」

「ああ、おれが決めることちゃうやろ」

母はおれが卒業したら中国人のおっさんの処へ行くことになった。

おれは頑なに進学の話しを断ったが、それでも心の片隅で卒業だけ

はしておこうと細い糸を切らないように心掛けて、それから休まず

に登校した。

 今や教育は英語を小学校から始めようとしているが、言語教育と

はただ言葉を覚える限りに非ず、文化や考え方、ともすれば生き方

さえも覚えることになる。一方では支那が起源の儒教道徳を強い、

儒教道徳を説く者が何故中国を嫌うのか理解できないが、そこでは

道理があって後に人が存在すると説くが、他方、英語教育では人間

の「自然権」を認める個人主義社会の言語を覚えさせる。それで学

生が序列道徳と平等意識を混がらがらずに使い分けることなどでき

るだろうか。英語は、教師であれ親であれ年上であれ年下であれ、

総て「YOU」で済む。そこには序列による呼び方の違いなどない。

何れ「英(易)語は漢(難)語を駆逐する」に違いない。そしてそれは

ただ言葉が変わる限りに非ず、やがて敬語がなくなり序列道徳が崩

壊するだろう。おれは日本文化を守ろうとする人はアメリカの軍事

圧力なんかより遥かに英語教育を脅威に感じるべきやと思うけどね。

それでも「文化は易きに流れる」だから仕方がないか。

「グッドモーニング!北森さん」

「おまえはウィッキーさんか?」

「古!」
                                  (つづく)

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