北永劫回帰線

かつて我々は精神であった。ところが、今や我々は欲望である。

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(三十一)

                (三十一)


 日焼けした素肌が夜風の涼しさにとまどい、ミンミンゼミの鳴き

声が未だ交尾を果たせぬ焦りからか以前よりも忙(せわ)しなくなっ

て、長雨を境にピタッと鳴き止み、そして夏は終わった。夏を生き

た虫たちは季節の終わりとともにその一生を終えた。死ぬことを知

っているのは人間だけだなんてぜったい嘘だ。この世に生まれてき

たものがこの世を去るさだめを知らないはずがない。それらは生き

ることが歓びであり全てである。運命を全うした歓びは死ぬことさ

えも歓びに変わる。そして、受け継がれた命は厳しい季節を耐え

忍んで新しい世界に驚き歓喜する。生きる歓びとは自ら動くことが

できる歓びである。世界は動くものためにあり動くものの夢はこの

大地で生きることである。大地に生まれ大地に還る、他にいったい

何があるというのか。生きる歓びを犠牲にしてまで見る夢などある

はずがないではないか。たとえ如何なる不幸に見舞われても自分

さえ見失わなければ生きることの歓びは決して失われない。不幸

とは自分以外のものに自分自身を委ねることから生まれるのだ。

われわれは賢しさを身に着けたが故に、今この時を生きる歓びを

見失ってしまったのではないだろうか。春風にふるえていた早苗も

今では黄金の稲穂をたわわに実らせて秋風を楽しむように揺らい

でいる。人の手で植えられた稲は人の手によって刈り取られよう

としていた。

秋晴れの日を選んで新しく来た人たちと共に稲刈りが始まった。

 恵木さんを悩ませた学校の問題は意外と簡単に解決した。CSの

集まりに頼んで退職を余儀なくされた発症者の教員にお願いすると、

そんな教室なら是非とも役に立ちたいと言ってくれた。三十代初め

のCSに苦しむ未婚の女性だった。さっそく元村長に伝えて手続き

をとって貰った。曲がりなりにも学校があるとなると、さっそく問

い合わせがあって、それまで躊躇っていた二組の家族が移住を視野

に入れた体験生活に訪れた。こうして、わたしの描いた餅の絵は、

実際の餅の方からわたしの拙い絵に歩み寄ってくれた。

 体験生活にやってきた家族は、地元の都市近郊に住む佐藤さん一

家で、高校生の長女がCSを発症していたが小学生の長男はアトピ

ーの症状はあったがCSにはなっていなかった。お父さんは転居し

て来ても仕事を変えずに何とか通勤できないものかと考えていた。

そして、もうひと組は東京近郊からやってきた吉田さん一家で、お

母さんが発症して小学校へ上がったばかりの一人娘との母子家庭だ

った。いずれも二週間ほどの滞在で、新学期が始まるまでに結論を

出す予定でいた。そして、それぞれの家族は来て早々稲刈りを手伝

ってくれた。

「あのーっ、頑張らないで始めましょう!疲れたら休んで、決して

無理をしないで下さい。それよりも楽しくやりましょう!もし残っ

ても後でこの彼が、あっ!彼はバロックと呼んでますが、彼が片付

けますから」

わたしは田植えの時と同じように「頑張らないで始めよう」と言っ

た。それは、人間は他人に言われてしたくもないことを頑張るとそ

のシワ寄せは必ず思わぬところで歪(ひずみ)をもたらし、それがツ

マラナイ反発や不信を生み、ついには感情的な対立に到り、共同し

て行う作業が気まずくなり、そんなことを繰り返しているとやがて

身内同志で足の引っ張り合いまで始り、最後には、それぞれが自分

の立場を守ることだけを注意するようになって、自発的な意見や提

案を躊躇うようになり、表面上は組織的に見えてもみんなバラバラ

になる。実は、わたしはそういう組織を何回も見てきたのだ。すると、

横で聞いていたバロックが、

「なに言ぅーてんの、ゆーさん!今年はあんたの番やで!」

と、稲刈りの担当を交替ですると決めた内輪の話を持ち出して、さ

っそくわたしに反発してきた。もちろん、彼はわたしをからかうた

めに言っているのだ。

「サッチャンがまた来てもいいかって」

稲刈りの最中にガカが言った。サッチャンはこの夏の仕事を概ね済

ませて年内は年末まで空いているらしい。

「自分が植えたお米を自分で刈りたいって」

断る理由など無かった。こうして、次の日にはシコタマ稼いできた

サッチャンと、さらに、新しくできる学校の女教師も隣県からやって

来て、さらには、元村長までも駆け付けて、われわれの「ナンマイダ

ー」は急に賑やかになった。ただ、元妻とミコは夜が明けぬ前から

起き出してその賄いに追われた。それを訊き付けたこの地で暮らす

お婆あたちが夜明けとともに食材を持ち寄って手伝いに来てくれた。

すると無精に飽いた連れの爺たちまで顔を出して、稲木(いなぎ)を組

んで稲架(はさ)の準備をしてくれた。お昼になるとみんなでむすびを

頬張りながらお婆あたちが拵(こさ)えた煮物や和え物に舌鼓を打ち、

それぞれの土地に伝わる稲架の違いから様々な風習の違いについて

話しが及び、話の花が咲いて枯れることがなかった。じっとして居れな

い子どもたちは刈り取った後の田んぼで、駆け回るユキちゃんを追い

かけて燥(はしゃ)いでいた。そして、わたしとバロックの二人だけだと一

週間以上もかかっていた「ナンマイダー」の稲刈りは、三日目に

はほぼ刈り取られ稲架掛けを終えると、我ら「稲刈り隊」は今度は

お婆あたちの田んぼの稲刈りもしようということになった。こうして、

これまで獣の鳴き声しかしなかった静まり返った山間の限界集落は、

時ならぬ人間たちの甲高い笑い声が乾いた山々に響き渡って、木霊

(こだま)はまるでそれを楽しんでいるかのようにいつまでも響き返

していた。

 稲刈りを終えると、豊作を感謝して打ち上げパーティーをやった。

「ナンマイダー」の田んぼに板を並べその上に御座を敷き、秋の食

彩が目を楽しませる料理を並べてそれを囲んで車座になった。稲刈

りの間に親しくなった者同士だったので殊更他人行儀な紹介などい

らなかった。ただ、二日目にちょこっと顔を出してすぐに居なくなり、

その後まったく現れなかった元村長にも一応声を掛けると、すぐに

お神酒を提げて駆けつけ、

「いやあー、さすがに人が居ると早いね。わしゃ邪魔したらいかん

思てな」

などと言い訳がましいことを言った。そして、無精に飽いた爺さん

たちも自家製の濁酒(どぶろく)を惜しみながらも振舞ってくれた。

こうして始まった宴会はお決まりのようにサッチャンの出番へと流

れていった。サッチャンはいつも通りバロックとガカを従えて、棚田

を利用して一段上の田んぼをステージ代わりにして自慢の声を披

露した。新しく来た先生はまったくお酒はダメだったが、

「こんな楽しいことほんとに久しぶりです」

と、化学物質の被曝を怖れながら日々を送ってきた憂さを晴らすよ

うにサッチャンの歌に大きな手拍子を送った。彼女の透き通るよう

な白い肌は如何にも抵抗力の弱い印象を与えたが、それを補うほど

の強い正義感を秘めたまなざしをしていた。そして、早速子供たち

のところへ行って打ち解け始めた。

「ほんとにみんなやさしいいい子ですね」

「辛い思いをしているからね、みんな」

「ええ」

「でも、先生の方はお躰大丈夫なんですか?」

「はい。教壇に立てるんでしたら頑張れますわ」

「ほら、頑張っちゃあダメですよ」

「あっ、そうでしたわね。でも、ここならきっと大丈夫です」

「辛かったんでしょうね、学校を辞めるの?」

「仕方ないですわ。でも、それでこの子たちと巡り合えたわけです

から、今では感謝してますわ」

「あなたはほんとにやさしい人ですね」

わたしは彼女と話をするのが楽しかった。恐らくそれは、彼女のこ

とばには大阪弁にはない品の良さが感じられたからだった。実際、

ミコや元妻が話す言葉といったら優しさの欠片(かけら)もなかった。

だから、彼女が話しことばの最後を「わ」で終わらせる話し方が、

殊更わたしの無防備だった感覚神経を刺激して堪らなかった。そ

こで彼女が「わ」を使い易いようにわざと誘導して話し掛けてみた

が、そうすると今度は、彼女の話など聞かないで語尾に「わ」を付

けるのか付けないのかばかりが気になって仕方がなかったわ。

 

                                   (つづく)

 

(三十二)

                  

                 (三十二)


 実りの秋は多忙の秋である、と記してからあっという間に一年が

過ぎ去った。もしかしたら地球は太陽の周りを何時もより早く回っ

てしまったんじゃないだろうか。それにしても我々は何だってその

度に齢をとるのだろうか。太陽を公転する地球の自転軸が何らかの

偶然で傾き、それが四季(変化)を生み年を刻むとすれば、生命の誕

生は地球の公転運動とその中での変化によってもたらされたことに

なる。恒星を公転運動する惑星は数多あれど、自転軸が傾いた地球

だけが生命を育んだ。つまり、運動と変化こそが生命の起源ではない

のか。我々が生きることの意義を見失ってしまったのは、もしかすれ

ば動くことと変えることを忘れてしまったからではないだろうか?

「そうだっ!考えは後回しだっ、まず動いて変えることだっ!」

と思っていると、ドタドタと荒っぽく階段を駆け上がってくる音がし

て、勢いよくドアが開け放たれ、

「お父ちゃん!いつまで寝てんのん!」

と、ミコがいつものように叫んだ。わたしは昨日話しをしたあの先

生の「わ」言葉をベットの中で懐かしく思い出した。しかし、そん

なことなどお構いなしにミコは、

「早よう!みんな表で待ってはるで!」

「おお、そうやっ!」今日はガカが中心になって始まった「猫背山

を(再び)愛する会」、略して「NFA」のはじめての活動の日だっ

た。わたしはミコが入れてくれたコーヒーを飲み残して慌てて玄関

を飛び出した。すると、ガカを始めバロックやサッチャンに恵木さ

ん夫妻、体験生活に来ていた家族までもわたしが起きるのを車の中

で待っていてくれた。散々詫びを言ってバロックが運転するワゴン

車に飛び乗った。

 猫背山の頂上に到る登山道に通じるお寺の参道には住職の呼び掛

けに応じて集まってくれた檀家の男衆が八人ほど集まっていた。そ

の中には同じ集落の爺いたちも交じっていた。住職は、

「もっと声を掛けたんだが、空いてる者が少なくて」

「仕方ないですよ、この時期は誰も忙しいから」

とは言っても雪が降り始めると作業はできなくなるのでこの時期し

かなかった。わたしが話を持ち掛けたとき、住職は以前から心懸か

りだったと打ち明けて何度も感謝を口にした。しかし、これは何も

お寺のためだけではないですからと、わたしは礼には及ばないと言

った。さっそく、登山道へ入ってゴミ拾いや草刈り、倒木の切り出

し、灌木を使って横木を修復したりと、八人の男衆は慣れた手つき

で段取りよく動いた。ガカは感心して彼らの仕事を眺めていた。そ

れでも長い間放っていた藪の中は日も届かぬほどに鬱蒼としていて

思いのほか手間取って予定していたところまでは行き着かなかった。

 仕事が一区切りついたところで切り上げて、みんなでなじみのあ

の温泉に浸かって疲れを落とした。わたしはみんなに、

「これからはあまり考え過ぎずにまずは動いてみよう」

と、今朝考えたことを裸で開陳した。

  夜の冷え込みが川面から立つ水蒸気を抑え込んで霧に覆われる朝

が多くなり、山々の頂から徐々に木々が緑一色から各々の色を主張し

始めて賑やかだった。子どもたちはそれらが残していった木の実を拾

い集めることに忙しかった。木の実はお婆あたちのところへ集められ

て、お婆あたちは目を細めて受け取り食べられるように調えた。そし

て、その素朴な味わいを子供たちも親しんだ。

 集落に人が集い始めるとどうしても経済のことが問題になる。もちろ

ん、農業で賄うにしてもそれだけでは山間地での収穫は多寡が知れて

いる上に、我々はCSという症状を抱えていて近代化を図るわけにはい

かない。そのことはみんな納得して移住してきているが、かと言って近

代社会を否定して暮らそうとは誰も思っていない。そんな中で恵木さん

が水流発電機の可能性に期待が持てると言ってくれた。

「もっと普及させましょうよ」

彼は勤めていた自動車会社で電気自動車(EV)の蓄電装置の開発に

携わっていた。だから、

「蓄電装置が改善できますね」

わたしは心強く思って彼に任せることにした。

 ガカは朝のうちは例の登山道を一人で修繕してから温泉の営業が

始まるとカウンターに入って客の相手をした。

「やっと草刈り機が思い通りに使えるようになったわ」

まだまだ登山道の頂まで到るには時間が掛かることだろう。彼が温

泉で働くようになって、虫食い農園で出来た無農薬野菜を直売する

ことができるようになった。さらに、温泉に再び客足が戻ってくれ

ば、あやちゃんのお父さんにも呼び寄せて、その食材を使って調理

の腕を振るってもらえるようにでもなれば、6次産業化も夢ではな

いかもしれない。ガカは、逗留して湯治するための階上の部屋を改

修して「読書温泉」にするのはどうだろうかと言った。

「なに、それ?」

「逗留して温泉に入りながら読書ができるようにするんだ」

「本は?」

「前もって予約して貰えればインターネットで電子図書をダウンロ

ードするんだ」

「まあ、確かにここなら読書するにはもってこいかもしれんな」

「でしょ」

すると、恵木さんが、

「改修する時は是非私にやらせて下さい、ガカさん」

「あっ、オーナーの許可が出たら是非お願いします」

「読書温泉か、それ、案外ええかもしれんな」

わたしは近代物質文明の終焉は、新しい文化の始まりだと思ってい

た。これまでのような軽薄な消費文化ではなく、本来の文学や音楽

が再び見直されるに違いないと信じていた。

 ミコとわたしは「虫食い農園」の収穫に毎日追われていた。バロ

ックは専らそれらを詰め込んで配送所に届けて、午後からはひたす

らストーブの薪割にあせを流した。子どもたちは鶏や乳牛にも慣れ

て、いや、鶏や牛たちが子どもたちにも慣れて、毎朝ミコがやって

いた作業を交替でやってくれるまでになった。そんな時でもあやち

ゃんはユキちゃんを連れて行った。

 われわれの集落はこうして近代社会の中で暮らせなかった者たち

によって、都会のような賑やかさはないが、それぞれが力を合わせ

て新しい社会、一言で言えばゴミを生まない「世界内存在」として

地球環境に則した暮らしを目指そうとしていた。

 地球の地軸の傾きによって日差しが遠くなると、かつて限界集落

と呼ばれた村の山々にも初雪の便りが届き始めた。新しい季節を生

むために厳しい季節が訪れようとしていた。ただ、山間のこの新し

い村をもはや限界集落と呼ぶものは誰もいなかった。

                                             (おわり)

 (お詫び)・・・化学物質過敏症を発症されているみなさんには
         まことに失礼な扱いをしたことを心より謝罪い
         たします。浅薄な知識で話を騙ったことをお許
         しください。ただ、そういう症状で苦しんで居
         られる方々がいることをみんなに知って貰いた
         い一心で取り上げました。そして、これからも
         CSについては関心を持ち続けて、皆さんが、
         被曝から解放されて安心して暮らせる社会が一
         日も早く訪れることを祈ってます。
                  

(二十六)

                   (二十六)


 
「娘の恋愛に親は顔を出さんとこうや」

わたしは元妻に、ミコとバロックがどうするかは優れて二人だけの

問題だから、我々は邪魔をせずにヒヤヒヤしながら見てようと言っ

たが、彼女は、人には見えないものが見えると自負する特別な人た

ちに特有の高慢さから容喙(ようかい)せずには居れないようだった。

「ほんだらどうするんや?」

「バロックにミコのことが好きになるように念を送るわ」

わたしは笑ってしまった。そんなことなら勝手にすればいい。人は

好きになったからといってプライドまで捨てて従うわけではない。

何らかの力を手にしたと信じる人々は、その力に頼ることが反対の

結果をもたらすことだってあるなどとは終ぞ思わないようだ。彼ら

は現象の不思議ばかりに気を取られて人間の不思議には気付かない。

 サッチャンが帰る日、ミコは早朝から山菜を取りに山へ入った。

わたしはサッチャンと一緒に朝食を取りながら話の相手をした。

「退屈だったでしょ、都会と違って田舎は何もないから」

「そんなことないですよ。あのー、こんなこと言っちゃ何なんです

けど、何も無いってありがたいことだなーって思いましたね」

「それはすごい!こんな処でいいなら何時いらっしゃてもいいです

よ」

「ありがとうございます。突然押しかけてほんとにご迷惑をおかけ

しました」

「とんでもない、迷惑をかけたのはこっちの方ですよ。無理やり歌

わせたりして」

「そんなの全然、すっごく楽しかったです」

「その後は東京の方へ戻られるんですか?」

「ええ、仕事も入ってますし」

「頑張って下さい、応援してますから」

「ありがとうございます。でも、実は、どうしようか迷ってます」

「えっ、何を?」

「歌うこと」

「そうなんですか」

彼女が突然心情を吐いたので驚いた。わたしは何て応えていいのか

迷ってしまって黙った。すると彼女が、

「もう限界なんでしょうね、きっと」

「そんな・・・」

「だって、何をやっても上手くいかないし・・・」

「あのー、アスリートっているでしょ」

「ええ、スポーツ選手」

「そう、彼らだっていつも記録を更新できるわけじゃないでしょ」

「ええ」

「あなたが今言ったように限界に苦しむ時がくる」

「はい」

「一体どうすれば限界を超えることができるかって自問するうちに、

何故そうしなければならないのかって。つまり、速く走ったり高く

飛んだりすることを望んでんのは本当の自分なんか、観衆ではな

いんか、つまり社会なんや」

「わかります」

「社会の期待に応えるために肉体を改造しそのために苦しい練習に

励む。もちろんそれは自らの意志から行っているんやけど、意志そ

のものが社会の反映に他ならない。そこで、果たして自分は自分自

身を変えてまで、速く走れることだけの能力を極めることを望んで

いるのかって葛藤する」

「むつかしいとこですね」

「すると、大衆の関心を嗅ぎつけた資本家が現れてこう言うんや、

『百メートルを十秒までに走ることができたら一億円上げるぞ』っ

て。それに釣られてアスリートが集まり見世物が始まる。つまり、

こう言えませんか、社会の期待に応えようとする自分が自分自身

を見失わせるって」

「あっ!そうかもしれません。実際いまの自分はどうすればいいの

かまったく解らなくなってしまって」

「我々の野心は社会に向かって命がけの飛躍を試みるが、ところが、

我々自身は泥濘(ぬかるみ)の中でそれを凝視してるんやないかな。

自分を取り戻すということは泥濘の中の自分に還ることかもしれん」

「自分を見失ったまま社会に留まるなってことですよね?」

「芸能人にとっては辛いことかもしれんけど、すこし社会から距離

を置くことしかできないんじゃないかな。そして自分が本当に歌い

たいと思うなら、社会なんかに媚びずに自分の歌を聴いてくれる人

に唄うことが自分を取り戻す回り道なんやないかな」

「えっ、回り道?」

「そう、急がば回れの回り道!」

「近道じゃなくて?」

「人はすぐに近道を選ぼうとするが近道はあかん、すぐに潰れる」

「回り道か・・・。きっとアートも同じことを思っているんだわ」

「あのね、サッチャン、彼がね『アート』って呼ばんとってくれっ

て、むしろカタカナの『ガカ』の方がええって。カタカナで」

「えっ!カタカナで?」

「そう、カタカナで」

「何ですかそれ?」

「そう言うたんや。面白い男やろ」

「そうなんですか?じゃあ、私も名前を変えてみようかしら?」

その時、ミコが背負いカゴいっぱいに山菜や草花を積んで帰って来

た。そして、

「サッチャン、サッチャン!これ持って帰る?」

そう言って背負いカゴをテーブルに置いた。わたしは呆れて、

「あほっ、そんなん要るわけないやろ。東京へ帰れば何ぼでもあん

ねんから」

するとサッチャンは、

「わっ!すごいきれい!ええっ、持って帰ります。せっかく取って

来てくださったんですから」

 サッチャンが帰る時が迫った。バロックが車を運転して駅まで送

ることになったが、サッチャンは橋が崩落したルートを選んだ。

「何か山歩きが好きになったみたい」

「この背負いカゴはどうするんや?」

「背負って帰る」

サッチャンはミコが作ったその背負いカゴが気に入ったらしく、そ

のまま持って帰りたいと言い出した。ミコは承知して中の山菜や草

花を新聞紙で包んでカゴの中に戻した。彼女が来る時に着ていたミ

シュラン坊やのコートはたかだか一週間ほどで長物になったためミ

コに上げると言った。そうでもしなければ、背負いカゴを背負って

張り裂んばかりに詰め込まれたボストンバッグを持って、その上に

長物のミシュラン坊やのコートを着て、いくら好きと言っても山道

を歩くことはできなかった。バロックがそのバッグを取り、サッチ

ャンが垢抜けたファッションに身を包んで山菜の入った田舎臭い背

負いカゴを背負って名残を惜しんでいると、ガカが前庭に続く道を

駆け上がって来た。そして、

「サッチャン!おれも駅まで見送るよ」

ただそれだけ言ったガカの表情は強張っていた。見送る我々はい

ったい何があったのか知らされていなかったが、ガカとバロックが

サッチャンを駅まで見送ることに何の違和感も持たなかった。彼ら

は再びユニットを結成してみんなに見送られながら、まるでステー

ジを終えたシンガーのように何度も振り返りながら手を振って路傍

に色とりどりの花々が咲く花道を下って行った。

「なんか三人とももう戻って来えへんみたいやな」

と、元妻がぽつんと漏らした。ミコを窺おうとしたが彼女の姿はな

かった。

 昼を過ぎた頃、バロックだけが戻って来た。元妻の予感は簡単に

外れた。驚いた元妻は、「何で帰って来たん?」と、あての外れた

思い込みを口から滑らした。しかし、バロックは沈着に、

「何でって?」

と逆に聞き返した。元妻は「ちょっと!ごめん」とか言って便所へ

駆け込んだ。わたしは冷静さを装って、

「ガカはどうしたん?」

と聞くと、バロックが、

「サッチャンと一緒に行った」

これには驚いた。そういうことだったのか。すぐにミコがコーヒー

を用意して現れた。わたしはミコに、

「ガカがサッチャンと一緒に行ったんやて」

と言うと、

「知ってた。バロックから聞いて」

バロックの話によると、ガカはサッチャンへの想いを募らせていた

らしい。それをなじみのあの温泉で二人だけで酒を酌み交わしてい

る時に打ち明けられた。ただ、ガカは、バロックがサッチャンをど

う思っているのか確かめたかったのだ。するとミコが口を挟んだ、

「それで、あんた何て言うたん」

するとバロックは、

「また言わすんか。もう何回も言うたやろ」

「もっかい(もう一回)言うて」

「おれにはミコがおる」

「それから」

「それだけや」

「違うやろっ、最後まで言いや!」

「わかった、わかった。ほんだら言うわ。おれはミコのことが好き

やねん。ミコの病気が治るまでずーっといっしょにおるつもりや」

ミコはテーブルに肘を立て頭を手で支えて、向かい合うバロックの

目を、目を潤ませながらずーっと見ていた。いつの間にか元妻も戻

ってきて、わたしは元妻の方を見ながら、

「あほらし。やってられんわ」

と言うと、元妻は涙を指で拭いながら何度も頷(うなづ)いていた。

案外、元妻の送った「念」がバロックに届いたのかもしれない。

                          
                                 (つづく)

(二十七)

                (二十七)

 


 わたしたちは野山の雑草を食べてくれるので番(つが)いのヒツジ

を夜以外はほとんど休耕地に放していたが、その牝ヒツジが初めて

の出産を迎えようとしていた。羊小屋には駆け付けて来たあやちゃ

んもお母さんに後ろから包まれながら、脇目もふらずに神妙な面持

ちで呻き苦しむ牝ヒツジを眺めていた。やがて膜に包まれた羊水が

現れ、その中に小さな前足が見え、すぐに鼻先が出てくると、あや

ちゃんは突然大きな声で「がんばれ!」と叫んだ。牝ヒツジはゆっ

くり立ち上がって、踏んばっては休みを繰り返しながら最後はトコ

ロテンのように呆気なく産み落とすと、みんなが歓声を上げて母ヒ

ツジを労わった。そして、誰もが安堵してその場を離れ一息ついて

いると、わが子を愛でる母ヒツジの仕草を何時までも見ていたあや

ちゃんが、「あっ!もう一匹産まれる」と叫んだ。再びみんなが駆

け寄ると母ヒツジのお尻からは二匹目の子供が顔をのぞかせていた。

「よしっ、この子はあやちゃんが見付けたんやからあやちゃんに育

ててもらおう」

わたしがそう言うと、あやちゃんは手を叩いて歓んだ。そして、お

母さんに、

「なあ、ママ、名前、何てしようか?」

お母さんは、

「文香が自分で考えたらええねん」

すると、あやちゃんはしばらく考えて、

「なあ、おじさん、この子のお父さんとお母さんの名前は何ていう

の?」

実は、わたしは何れ食肉として引き取って貰う時のために想いを留

める名前は付けなかった。そのことでミコとも言い争ったこともあ

った。するとミコが咄嗟に、

「シロとクマ!」

と言った。何でもそれは「アルプスの少女ハイジ」に出てくる山羊

の名前だと後から知った。それを聞いたあやちゃんはすぐに、

「そしたらこの子、ユキちゃんにする」

そう言った。それからは「限界集落の少女あやちゃん」は目が覚め

るとユキちゃんがいるヒツジ小屋へ必ず見にやって来て様子を窺い、

しばらくすると朝ごはんを食べるために涙を流さんばかりに別れを

惜しんで、戻ってく来ると、その後は一日中ユキちゃんをつき従えて

野山を駆け回った。 アンパンマンの歌を唄いながら。

  あやちゃんのお父さんとサッチャンが去って、前後して東京から

CS(化学物質過敏症)を発症した男性の家族がやって来た。奥さん

と八才の男の子と三才の女の子の四人家族だ。お父さんは機械いじ

りが好きで希望していた自動車製造会社で働いていたが、塗装の仕

事へ回されてからすぐに身体に変調を来たした。朝、起きると頭痛

や目まいがして会社の門の前まで来て引き返して、それからは一度

も門をくぐることはなかった。まだ、三十代でバロックよりも若かった

がここへ来たときはずい分老けて見えた。CS発症者の御多分に漏

れず化学物質の被曝から逃れるために転居を繰り返した心労が若

さを奪ってしまったに違いなかった。彼は自らを「文明から迫害された

男」と名乗った。上背があってガッチリした体躯に相応しくない繊細な

顔立ちをしていた。彼が家族を引き連れてここへ越して来たのには理

由があった。彼が言うには、最近の研究でCSを発症する原因の一つ

に遺伝子の可能性も否定できなくなったというのだ。つまり、彼は自分

の子供たちが同じ苦しみに遭わないようにするために家族で移り住む

ことを決めたのだ。それは、それまで楽観的に考えていたわたし達に

とっても衝撃的なニュースだった。さっそく元妻に伝えると何も答えず

に黙り込んで虚空に目をやった。

  早速、PCに「化学物質過敏症 遺伝」と打ち込んで検索すると、

上位にその論文名が現れたのでクリックした。それは「化学物質

問題市民研究会」というホームページに翻訳されて掲載されてい

た。われわれはそんな会があることもそんな研究がされていたこ

とも実は知らなかった。何故かと言えば、CSを忘れて生活するこ

とだけを望んでいたからだ。

 その研究は、カナダの研究者によって行われ、CS発症者と健常

者の間に遺伝子レベルでの相違があるかを調べた結果、簡単に言う

と、汚染物質の解毒を担う重要な酵素に遺伝子的相違があることが

初めてわかった。それはまだ研究段階で総て解明されたわけではな

いが、活性的な遺伝子から生まれた酵素によって代謝された化学物

質は有毒な副生物を生成し、早い代謝によって有毒物質の蓄積が進

みやがて僅かの被曝にも過敏に反応するようになる。しかし、CS

は遺伝子そのものの欠陥によって起こる症状ではなく、むしろ、遺

伝子が正常に働くことが禍(わざわい)して有毒物質の蓄積を早めて

しまう皮肉な結果をもたらすのだ。それはまるで堕落した社会では

正しいことの方が疎(うと)まれてしまうのと似ている。果たして、

被害の原因は正常な遺伝子によって敏感に反応する我々CS患者の

方にあるのだろうか、それとも、経済優先のために化学物質の拡散

を黙認してきた鈍感な社会の方にあるのだろうか?

 CSはいわゆる花粉症のようなアレルギー症ではないがそのメカ

ニズムは似ていて、わたしはCSはいずれ第二の花粉症になる日が

来るのではないかと危惧している、否、もしかすると、早くそうな

って誰もが化学物質がもたらす恐怖に気付くようにならないだろ

うかと思っているのかもしれない。

  わたしはその論文をコピーして、ダイニングでテレビを観ている

元妻の顔の前に突き出した。そして、

「遺伝せえへんて言うたやないか!」

と椅子に腰を掛けてコーヒーを飲んでいる元妻に迫った。すると、

元妻はそれを一瞥しただけでテーブルの上に放り投げた。そして、

「せやかて病院の先生が言うたんやもん」

「いつ?」

「大阪に居る時やから七、八年前かな」

「あほっ、大昔やないか!」

「これ、何て書いたーんのん?」

「読めや」

「あかん、むづかしすぎて読めへん」

わたしはここでした説明をさらに簡単にして、

「要するに遺伝するかもしれへんて書いたんねん」

「ほんと?」

「言うてもまだ研究段階やからな」

その時、裏の畑へ夕飯の野菜を取りに行ったミコが背戸から野菜を

抱えて戻ってきた。そして、野菜をテーブルの上に置くのとほぼ同

時にそのコピーに目をやって、

「何やこれ?」

元妻は慌ててそれを奪ってテーブルの下に隠した。わたしはどんな

ことでも隠したりしたくなかったので、

「ミコに見してやれよ」

すると元妻はしぶしぶそのコピーをテーブルの上に戻した。そして、

「まだ研究段階やねんて、CSが遺伝するかどうかは」

ミコは母親の言葉を耳だけで聞いて、そのコピーに目を通して、

「ああ、これ前にPCで見たわ」

そう言って役に立たない新聞チラシのようにテーブルに戻しながら、

「うううっ、コピー紙、きつっ!」

そう言って背戸を通って家の外へ出ていった。

 わたしは、彼女はすっかりCS(化学物質過敏症)のことなどは忘

れて暮らしているものだとばかり思っていたので、彼女が不安から

自分の症状をPC(こっちはパソコン)で確かめている姿を想像して、

彼女の悩みに寄り添ってやれなかった自分が、親としての責任を果

してこなかったように思えてきて情けなかった。

 


                                    (つづく)

(二十八)

                 (二十八)


 夏はすべての子供たちのためにある。古代ギリシャの賢人たちは、

萌え出ずる生き物たちの不思議に「何だこりゃ?」と素直に驚いた。

やがて、「何だこりゃ?」に飽いた大人たちは物知り顔でその仕組

みを説くが、子供たちが本当に知りたいことはそんなことじゃないん

だ。地球は自転しながら太陽の周りを回っていて地軸の傾きが四

季をもたらす、なんて全然答えになってないって思ったはずなのに、

どうして大人になると忘れてしまうんだろう。たとえば虫は何で六本

も足があって飛ぶこともできるのかとか、勉強すれば勉強するほど

みんなと同じように考えるようになるのはどうしてだろうかとか。子

供たちは世界の中で驚き、大人たちはそれを外から眺めるだけ。

だから、大人たちはツマンナイのだ。

 もう子供でもなく、かと言って大人とも言えないミコも、口には

出さないが自分の生き方に悩んでいるに違いなかった。しかし、生

き方に悩むことこそが子供心を失いかけていることには気付かない。

 ところが、この夏は一気に三人も子供たちが増えて、その子供た

ちが気軽に聞ける相手ということでまずミコが選ばれたようだ。ミ

コは足元にまで纏(まと)わり付かれて窘(たし)なめながらも満更で

もない破顔を見せた。ただ、こと自然の中ではミコに敵う小供など

いなかった。植物の名前や生き物の習性、果てはその獲り方から食

べ方までミコに教わるまで彼らの知らなかったことばかりだった。 

 ミコは、夜が明けぬ前から起き出して身支度をしてから鶏舎に向

かい、目蓋を落として微睡む鶏たちを起こして回って鶏鳴を促し、

鶏舎を開いて庭に追い遣り、産み落とされたばかりの卵を集めるこ

とから一日が始まる。白々と夜が明け始める頃になると、ミコを慕

う子供たちが眠い目を擦りながら現れて彼女の仕事を手伝い始めた。

とはいっても、面白半分から追い立てるばかりで、時には思いもよ

らぬ反撃に遭いべそを掻いていた。それが終わると牛舎に行って、

かつては十頭余りの肉牛を飼育するために使われていた牛舎には、

乳の出が悪くなった二頭の乳牛を譲り受けて飼っていたが、それで

も十分に家族の需要を賄えるほどで、朝の搾乳はミコの仕事だった。

さすがに子供たちは怖さ半分で近寄ろうとせず、傍らでミコの搾乳

を眺めていた。そして、身軽になった牛たちを木陰のある野原に放

った。朝の仕事を一通り終えると、いよいよ子供たちが待っていた

虫取りに、彼らを引き連れて蝉時雨の山に入って行った。そして、

樹液に群がる昆虫や土の中からようよう這い出して羽化したしたば

かりの蝉を素手で捕まえてみせた。そんな時でもあやちゃんは子羊

のユキちゃんの首に繋いだ紐を放さず連れて行った。

 影が短くなる頃には、子供らはもっぱら水遊びを楽しんだ。プー

ルに入ることのできなかった子供たちはミコに見守られながら清流

のせせらぎでそれまでの鬱憤を晴らすかのように大きな歓声を上げ

た。それに飽いたら魚釣り、山登り、午睡、ハイキング、花摘み、

洞穴の探検、山菜取り、木登り、バードウオッチング、編み籠など、

どれもミコが率先して教えた。そして、長い長い夏を終える頃には、

ミコを先頭に顔を真っ黒にした三人の子ども達と一匹の子羊が列を

作って畔道や山道に甲高い声を響かせて静かな山々の生き物たちを

驚かせた。世界はミコと三人の子ども達と一匹の子羊のために存在した。

 

                                    (つづく)

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