北永劫回帰線

かつて我々は精神であった。ところが、今や我々は欲望である。

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        仮題「世界限界論と力への意志」


 我々の理性は「生成そのもの」に与ることはできない。いや、もっと分

り易く言えば、我々の理性は「命を認識することができても、命そのもの

を生むことはできない」したがって、我々の理性は「生成としての世界」

を読み解くことができず、必然的に「ニヒリズム」に陥らざるを得ない。

つまり、いずれ消滅する生成としての存在は「意味がない」、それが理性

の結論である。つまり「生きる意味がない」と言って死ぬのは認識論とし

ては間違っていない。が、しかし理性の限界を超えたところに生成として

の存在の本質があるとすれば、理性的認識だけで存在の意義を判断するの

は誤りなのかもしれない。いや、そもそも固定化した「本質」という思考

が変遷流転する生成の世界を捉えられないのだ。何れにしろ「我々の理性

は生成としての世界を捉えられない」、これがニーチェ形而上学の結論で

あり、そこで彼は「生成の哲学」、つまりニヒリズムを超えて行く超人思

想を説く。

 さて、世界とは変遷流転を繰り返す生成であり力への意志であるとする

なら、固定化した世界は生成にはそぐわない。ところが、いまや近代社会

はグローバリゼーションによって地球を征服して人跡未踏の新たな余地を

失い、環境、資源、人口など様々な問題が限界に達して固定化し、生成と

しての存在者は力への意志による新たなパースペクティブが他者と重なり

合って展開できず、国家レベルでも様々な確執が生まれている。

 

                          (つづく)

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