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「あほリズム」
(241)
かつて、キルケゴールは「精神とは自己である」と言った。
ところで、欲望に従う我々は、果たして「欲望とは自己である」と
言うのだろうか?
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アフォリズムではありません
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「あほリズム」
(240)
かつて我々は精神であった。ところが、今や我々は欲望である。
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「あほリズム」
(230)
民主党にしろ東電しろ、或いは巨人軍にしろ、度重なる
不正が暴露されても組織を改めようとしないのは、社会が健
全性を失くしてしまったからではないか。つまり、正義だけ
では生きていけないのだから、権力者の不正には眼をつぶ
るしかないというわけだ。
(231)
しかし、腐った木は枯れる、だから新しい芽が育つのだ。
(232)
ところで、社会では大人たちが権力の不正に目をつぶっている
のであれば、学校から正義が消えていくのも道理ではないか。
(233)
子どもは、大人たちが大きな力の前では平気で信念を曲げること
を知っている。だから、よもや大人たちが自分を助けてくれるなんて
ちっとも思っていないんだ。
(234)
大人は、子どもたちに正義を説く前に、自分たちの不正に対する
勇気のなさを省みるべきではないだろうか。大きな力の前では信
念を語れずに、よくも子どもたちの前で正義や勇気を説くことがで
きるものだ。
(235)
たとえば、アメリカに媚び諂って国を売り主体性を失った国家が、
果たして自分の子どもたちに愛国心や社会正義を説くことが出来
るのだろうか。
(236)
すでにこの国では既得権益を握る組織の特権化が進み、それに
群がる人々の様子は、さながら社会主義国家の権力組織の様相を
呈している。
(237)
つまり、この国の子どもたちは、教科書に書かれていることは
嘘っぱちで、権力の前では不正は見過ごされると、まさに、大人
たちが社会正義を教えるその学校で学ぶ。
(238)
つまり我々は、口先だけの愛国心や社会正義を売り物にして
権力に媚び諂い、その権益の分け前に与り、ただ快楽を貪って
生きているだけなのだ。
(239)
そんな国は何れ廃る、きっと廃る。
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「あほリズム」
(228)
ふつう世間一般の者は、大法螺を吹いて約束を守らなかった者が、
その後いくら正しいことを言っても、もう二度と騙されない、
と思うものなんですよ、野田総理はじめ政治家のみなさん。
(229)
民主党にしろ自民党にしろ、政治家の中から一人くらい、
党の公約とはいえ、「私はウソを申しました」と語る
勇ある人は現れないものかね。
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「あほリズム」
(226)
楽しい時間て、 「時っ間!」って感じだよね。
(227)
「きっと来ると思う。」
ことばって何てずるいんだ。
「きっと来る」 のか 「来ると思う」 のか、どっちなんだ?
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