北永劫回帰線

かつて我々は精神であった。ところが、今や我々は欲望である。

「パソ街!」16―20

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(十六)

                    (十六)

  

 バロックの部屋は仕事を探すのに助かった。履歴書ひとつ書く

にしても、まず住所を書ける事が有り難かった。名前の次は住所

を書く欄に為っていた、ホームレスの時はそこで履歴書を書くの

を止めた。もちろん此処もバロックが借りていて、私は依然ホー

ムレスだったが、役人の言い訳のように誤魔化すことが出来るだ

ろう。ただ、いざ仕事となると自分は何をしたいのか分からず、

とりあえず住み込みで働ける仕事を探していたら、牛乳の宅配の

仕事で、早朝だけの仕事にもかかわらず個室を借りることが出来

ると載っていた。しかも近くだったので、早速電話をしてすぐに

面接を受けることになった。電車に乗れば二駅だったが、駅へ向

かうことが逆方向だったので電車に乗らずに歩いて行った。川沿

いを行くと、やがて河川敷の近くにしては奇妙な小高い山が現れ

、その樹木の青葉の中より大きな寺院の瓦屋根が見えた。日蓮宗

の名刹らしい。さらに近づくと参道に出て、それを駅に向かって

歩いた。駅のすぐ傍に四階建ての建物がすぐに目に入った。面接

はすぐに終わった。 

「仕事、決まったよ。」

私はすぐにバロックに電話した。

「えっ、決まった!」

「しかも部屋付き!」

部屋はその建物の上に四部屋あった。四畳半くらいの広さでフロ

ーリングになっていた。炊事場とトイレは二部屋共同だったが、

ホームレスの私には文句は言えなかった。

「就職祝いしようぜっ!」

「ありがとう。」

私は彼の「就職祝い」と言う言葉が、受刑者が刑期を終えてシャ

バへ戻る「出所祝い」に聞こえたが、まあ、あまり変わらないな

と思った。帰りは迎えに来た電車に乗って、バロックの処へ向か

った。迎えの電車は結構込んでいて、まえから乗っていた若い美

しい女性を奥へ押し込んで、私は彼女とドアの間に入った。すぐ

に電車は動き出した。私はドアに身体を寄せたが背中の彼女のこ

とが少し気になった。ドアの窓から流れる景色を見ながら、ただ

、頭の中ではおかしな事を考えていた。

 人間は、なぜ性行為を快楽を伴って行うのだろう?動物がそう

であるのは分かるが、そろそろ人間は性行為に大きな苦痛を払っ

て行うべきではないだろうか?快楽に導かれて生を得た子らは、

今後この世界の峻厳に立ち向かえるのだろうか?人間の生命は快

楽によって繋がれてきたが、我々の種はその怪しさにそろそろ気

付き始めたのではないだろうか?我々の不正であれ虚偽であれ怯

惰であれ、ものごとを誤らせる根本は快楽にある。我々は快楽と

いう枝葉末節に取り憑かれて、本来の進化をおざなりにしてきた

。やがて危惧の念を持った本能は、性交の快楽物質を痛みの物質

に作り変えて、我々の性欲を苦痛の中心に据えるに違いない。そ

れでも子孫を望むなら、自らの死を犠牲にしても「然り」といえ

る者だけが生むべき時が来るに違いない。人間は幸せになる為

に生きているんじゃない。たとえ苦しみばかりでも生きようとす

るのが生命だ。我々はその生命の外で生きているんだ。

 背中に若い女性の気配を感じながら、私はそんなことを考えて

いた。

                                 (つづく)

(十七)

                  (十七)



 就職祝いは、あの爆ッくれようとしてバレた居酒屋に、バロッ

クと待ち合わせて行った。今日は時間が早かったこともあってま

だ席は空いていたが、それでも我々は例の奥にある非常口の横の

席を希望した。未だ研修を修められないアルバイトの女店員は渋

々二人を案内して、

「あのぉ、駅前で唄ってる方ですよね?」

「そうや!」

「上手ですね。」

「わしゃサメかっ!」

「へへへっ・・。」

彼女はおかしな笑い方だった。

「今度聴きに行っていいですか?」

「あかん、聴かんといて。」

「えっ!」

「えっ!てな、道端でやってる者にええも悪いもないやろが!」

「あっ、こんど前で聴きます。」

「ありがとう。」

私は一言も喋らなかった。バロックは熱唱の余韻からか饒舌だっ

た。彼はビールを注文してから、私にメニューを見せながら料理

を5、6品頼んだ。

「仕事、何するの?」

「牛乳配達、朝だけだけどね。」

「マンガ描くんか?」

「いやっ、もう描けない。」

「何で?」

「ほらっ、判るじゃん。ダメかなって。」

「うんっ。」

私は、もうその頃から流れに取り残されて、売れているマンガに

も批判的だった。超能力や、スターウォーズなどの「嘘」の世界

が描けなかった。これは余裕の無い育ちの所為だと思った。いか

にも大袈裟な構想で結局「大切なのはヒューマニズムだ!」と言

うならば、何も宇宙の果てまで行って愛を叫ばなくても、四畳半

の部屋の中で事が済むだろうと思っていた。

「絵画を描く!」

「えっ?」

「そっ、絵画!」

「くっ、食えんよ?」

「うん、分かってる。」

「描いてたの、今まで?」

「いいや、これからだよ。」

私は乾杯からふた口目のビールを一気に喉に流し込んだ。バロッ

クは黙ってその様子を見ていた。私は飲み込んだビールが押し出

した息を大きく吐いて、

「どうせ食えないならやりたい事をやろうと思ったんだ。」

「あんた、サザンを超えたな!」

                                 (つづく)

(十八)

                 (十八)



 「美」とは何だろう?分かり易いのは異性の容姿についての感

情だと思うが、私は美しい人だと思っていた女性に、思いとは裏

腹に邪険に扱われて、言葉を交わす前に懐いていた印象が忽ち色

褪せて、美しく思え無くなることが何度もあった。つまり美しさ

とは、私が思い描いた理想なのかもしれない。また逆に、それほ

ど気にもならなかった女性が、関わりを重ねていくうちにそれま

で歪でおかしいと思っていた容姿に親しみが生まれ、その歪さに

愛おしさや美しさを感じることもあった。それでは、美しさは親

しさからも生まれるのだろうか。つまり美しさと言っても様々で

、その対象に美しさが在るというよりも、それと対峙して観る人

の認識に「美」はある。学校の授業で縄文土器を教科書の写真で

見て、先生は「美しい」と説明したが、私は子供が創ったような

その稚拙な作りに、どこが美しいのか理解出来なかった。たとえ

ば「モナリザの微笑み」にしても、もちろん実物を見てはいない

が、美の象徴のように言われるが、私は依然としてあのねえちゃ

んには馴染めない。日本の浮世絵にしても歌麿呂だとか写楽の美

人画を見ても、どこが美しいのか解らない。浮世絵は江戸時代の

風俗画で、言ってみれば今のマンガと同じで、庶民は美術品とは

思ってもいなかったが、写実に飽いた西欧人の眼に斬新に映り、

求められて始めて美術として認識された。つまり我々日本人は浮

世絵を西欧人の眼を通して見ることで、改めて美しいと認めるこ

とが出来たが、そうでなければただのマンガだった。藤田嗣治と

いう画家は日本画の技法を使ってフランスで成功を収めたが、日

本では受け入れられなかった。それは藤田自身による日本画壇へ

の確執もあったが、ただ「お墨付き」が無ければ価値を認めよう

としない日本人の主体性の弱さが画壇や文壇に権威を与えている

。フランスでは評価された藤田の絵画表現も、日本の画壇は頑な

に認めたくなかった。ところが印象派を模倣した拙い画でも画壇

はもてはやした。こんな風に「美」とは、人の認識の違いによっ

て「美」と認められたり認められなかったりする。つまり、「美

」には必ず裏があり、その裏とは見る者の心理に依っている。学

校で見た縄文土器の形は、岡本太郎によってその美しさが認識さ

れて、私も今ではその美しさを多少なりとも「理解」できるよう

になった。最近では宇宙船から写した「地球の出」の映像は我を

忘れて「美しい」と思った。

                        (つづく)

(十九)

                    (十九)



 ある時期、富士山の麓に居たことがある。一年ばかりだったが

、私は歓んでその雄姿のもとに赴いた。やがて新幹線から生クリ

ームを載せたプリンの頭部が目に入ってきて、さらに期待が膨ら

んだ。はやる気持ちを抑えながら駅に降りた時、なんとも言えな

い異臭が辺りに漂っていた。凡その動物は嗅覚によって危険を察

知して、異常があれば本能的にその場から逃げる、嗅覚は他の五

感の反応よりも優先するのだ。私は思わず降りた新幹線にまた乗

って逃げようと思った。私の富士山へ期待はその異臭によって幻

滅した。生クリームを載せたプリンは、一転、落し紙を載せた野

糞に見えた。

 あとで知ったことだが、富士山の麓は湧水が豊富で、水を大量

に使う産業の工場が多く在り、なかでも製紙工場が軒を並べてい

た。その製紙工場が吐き出すパルプの何とも言えない臭いが麓一

帯に漂っていた。そこで一句、

田子の浦ゆ 頭の中はまっ白にぞ 富士の麓に「臭い」降りける

 始めの頃はその臭いに辟易したが、不思議なもので何ヶ月か経

つと気に為らなくなった。鼻に付いて飯も喉を通らなかった異臭

も、嗅覚が「これじゃあ敵わない」とスイッチを切ってスゴスゴ

と引き籠った。慣れることは大事なことではあるが、残念なこと

に「美」に関しても我々は慣れてしまう。一目でその美しさに魅

了されて片時も忘れられず側に居たいと願い、いざ想いを手にす

れば、やがて口に入れて、喉元を過ぎれば想いの熱さも忘れて

しまう。恋しくて飯も喉を通らなかったIssue(問題)も、

暮らしが「これじゃあ適わない」と本に綴じて書棚に隠す。

 富士山の壮大な風景も、日々の暮らしを重ねるうちに相も変ら

ぬ姿にやがて気にも留めなくなり、改めてその雄姿を眺め直す事

も無く日常に急かされて「酒」口を凌ぐ。

「日本一といわれても毎日見てりゃあ飽きるずら。」

そうして富士山は「美」の対象で無くなり、丁度いいゴミの捨て

場所になる、今では命まで棄てているが。「美」とはその非日常

性ゆえにかくも儚いが、異臭を放ち始めたこの社会で、もう一度

改めて「美」を考え直す事はIssue(問題)に慣れた我々に

とっても大切なことではないだろうか。

                             (つづく)

(二十)

             (二十)



 居酒屋は仕事を終えた客が途切れずにやって来て、その忙しさ

からか注文した料理も忘れたころに届けられた。研修中の彼女は

絶えず動き回って時には大声を出していた。私はずいぶん酩酊し

ていたが、ホームレスから解放された歓びも重なって饒舌になっ

た、

「純粋な美ってあるのかね?」

バロックは待ち倦ねてやっと届いた焼酎のアセロラ割りを一気に

喉に流し込んで、

「美っ・・・?」

「そう、美。」

「それが・・・?」

「だから、純粋な美だよ。」

「どういう意味?」

「たとえば、美しいものといったら何だろ?」

「花?」

「花の美しさはどこにあると思う?」

「えっ!そら花にあるねんやろ!」

「違うよ!同じ花を見てもあんたが美しいと言っても、僕が美し

くないと言ったら、同じ花を見ていないことになるじゃん。」

「ああっ、なるほど。じゃあ、見る者にあるんか?」

「そう!美とは見る者の意識なんだ。」

「ほんだら世の中には美しいもんなんかのうて、ただ人が美しい

と思っているだけなんか?」

「そう、ただの幻想!」

「ほんだら美しいもんとそうで無いもんとの違いは何なんや?」

「人によって異なる。」

「うん。」

「ただ、簡単に言ってしまえば非日常性にある。」

「非日常性?」

「『モザリナの微笑み』って絵画があるよね、ダ・ヴィンチの、」

「うん、あの有名な絵画やろ。」

「あの絵画に描かれている女性をどう思う?」

「どう思うって?」

「美しい?」

「いやあ、俺はちょっと、『シュミ』と違う。」

「だよね、それでも美しさの象徴の様に云われてる、何故だと思

う?」

「知らん?」

「あれはダ・ヴィンチの絵画の『巧さ』に人々が美しいと言った

んだんだ。」

「美しさにでは無く?」

「そう。」

「せやろっ、どう見てもあの姉ちゃん、美人とチャウで。」

「ただあの時代にダ・ヴィンチの描写力は群を抜いていた、僅か

な微笑みを捉えてそれを描写する能力や、精緻で巧みな写実に誰

もが驚いた。」

「あっ!それで美しいってなったんか?」

「そう、思う。」

「つまり、美しいは巧いと言うことか?」

「日常を超えた『巧さ』は美しいになる。」

「それで、非日常性か!」

                          (つづく)

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