高須院長「医者の子どもは医者に向いている」「僕も裏口入学」とツイートした真意とは?
「高須クリニック」創業者の高須克弥氏。高須氏が考える医学部改革「私案」とは?(撮影:今井康一) 7月に発覚した東京医科大学の入試不正をきっかけに、医学部の受験のあり方や、医師の働き方に関する議論が広がってきた。9月には文部科学省が全国医学部の調査結果を発表、「他学部では女子の合格率が高いのに、医学部だけ低い」と指摘し、さらなる調査を進めている。
東京医大の問題が発覚した際、「僕も裏口入学だよ」とツイートし物議を醸した高須クリニック創業者の高須克弥氏。江戸時代から続く医者の家系だという高須氏が考える「医者に向いている学生」とは? 発言の真意を含めて聞いた。
入学金半額だから「裏口入学」――医学部受験のあり方についてどう考えていますか。
ペーパー試験のみの1次試験は受験者全員を通してあげて、ペーパー試験の結果は参考程度にして、2次試験の面接を重視すべきだと思っています。
今は多くの医学部がペーパー試験の結果を重んじていますが、それではいかんのです。医学部受験は、楽器の演奏や体育の実技を重んじる東京芸術大学や日本体育大学の受験に似ています。東京芸大や日体大でペーパー試験を重視していたら、楽器の演奏ができない学生や体育の実技ができない学生ばかりになり、大変なことになるでしょう。医学部も同じです。頭はいいけど必ずしも医者には向いていない、そんな学生では大学も学生本人もあとあと困るのです。
――「医者に向いている学生」とは。
献身的で、体力があり、粘り強い。これら3つが医者としての適性です。私はいつも言っているのですが、医者の仕事は頭脳労働ではなく肉体労働です。医者に向いている学生を見つけるには、2次試験の面接を重視するしかありません。
――「僕も裏口入学だよ」とツイートして注目を集めました。
正しくは「僕も裏口入学だよ。母子家庭の開業医で父親が卒業生で一次試験の成績がよかったので、二次試験は死んだ父親をよく知っている教授が担当してくれて世間話だけ。入学金も半額に負けてくれた。昭和医大は人情のわかる素晴らしい大学だった。何が悪い」とツイートしました。
――1次試験の成績が良かったのなら裏口入学に当たらないのでは。
1次試験は満点でした。筆記試験で満点が多かった時代です。「成績がいいから入学金をまけてあげるよ」というので昭和医大に入学しました。多額の寄付金を払って表口から入るのは、私からしたら大間違い。半分の入学金で入れてもらったから裏口入学だと書きました。昭和医大、順天堂大学、東京医大、東邦大学と4校に現役合格しましたが、入学金が一番安くて人情もわかる昭和医大を選びました。
取材は診察室で行われた。高須氏は「そこに座った男性は全員、包茎手術をされますよ」と茶目っ気たっぷりに語る(撮影:今井康一) ――「医者の子どもが医者になったほうがいい」というのが持論ですね。
歌舞伎の家系と同じです。子どもの頃から医者の仕事を見ていますから、医者の息子や娘が医者になったほうが絶対によいです。また、医者そのものは人口が減っていきますから斜陽産業です。開業医の後を継ぐ者がいなくなれば地域医療にとっては大問題。だから、継ぎたいという意思を持った殊勝な子息は医学部に入学させてやればいいのではないかと思います。
娘ならなおさらです。男性の医者と結婚して、その医者を連れてきてくれるので、医者が1人だった村に、医者が2人来てくれるかもしれないのですから。
――高須院長は医者の家系だとか。
江戸時代から続く医者の家系で、私は100年ぶりの男子。不思議と女子しか生まれず、高須家の男性の多くは私の父親を含めて娘婿です。高須家は男性よりも女性が働く家系です。私の祖母は東京医大の前身、日本医学専門学校の卒業生です。当時の日本医学専門学校は開業医の資格を取るための専門学校で、後に東京医大と日本医大にわかれました。
医学部受験で「奈良判定」はダメ――東京医大の不正はどう見ていますか。
機械的に女子や多浪生を一律減点していたのは多分、面談など2次試験での評価を一人ひとりするのが面倒だったのでしょう。面談で堂々とコントロールすればいいのに、小論文や筆記試験の点数で不正をするといった「奈良判定」(日本ボクシング連盟前会長と関係の深い奈良県の選手への判定が有利になること)みたいなことをするからいかんのです。ただ、東京医大は女子や多浪生をすべてはねてきたわけでもなく、むしろ拾ってきたほうなのだと思います。
――医師の働き方改革が進まず、長時間労働が前提だから、東京医大は男子学生を優遇しているのではないかとも言われます。
働くのが苦痛な人がそういう議論をしているのでしょう。働くのが喜びである私にとっては逆に休むのが苦痛です。有給休暇を取って徹夜で麻雀やらされるほうが私にはよほど苦痛です。私は73歳の今でも1日約70人の手術や診察に関わっていますが、それで苦痛だと思ったことはありません。医者は単なる労働者ではありません。単なる労働者だとしたら、紛争地域での医療行為に従事する「国境なき医師団」に自ら志願する気概のある医師は出てこないです。
――医学部人気が過熱し、合格するために必要な偏差値が私立医学部でもかなり高くなってきています。
私は愛知県の進学校である東海高校の出身ですが、成績が良ければ高校の先生も予備校の先生も医学部進学を勧めるという現在は、私には異常に見えます。
――医学部人気の背景には「医者になればもうかる」という強いイメージがあります。
もうけている医者も確かにいます。かつて産科の医者がやたら多かったのはもうかったからでしょう。しかし、今は斜陽化しています。お産自体が激減したからです。
美容外科はこれからそんなにもうかりません。若くて派手な印象の女性医者が「高須クリニックで働きたい」と言ってきても、「一人前になったら雇ってあげます」と言って断っています。
「美容外科はデザートだ」と私はよく言います。つまり、主食ではないので、「なくてはならないもの」ではないのです。高成長期に伸びる診療科で、高度成長期の頃に始めた私はタイミングが良かった。韓国で美容外科が伸びたのも韓国経済の高成長が背景です。
美容外科が伸びるのは高成長期のみ――高須さんはなぜ美容外科を選んだのですか。
卒業当時、「医学が進歩すれば病気は根絶する。美容外科は主流の診療科になる」と思ったからです。親戚の医者が「かっちゃん(高須院長のこと)に説教してやる」と家に来た。「美容外科医になるなら、今後何があってもかばわない。縁を切る。病気でもない人を切るのは犯罪だぞ」とまで言われた。
高須克弥(たかす・かつや)/1945年生まれ。1969年昭和大学医学部卒業。1973年同大大学院医学研究科博士課程修了。大学院在学中から海外へ(イタリアやドイツ)研修に行き、最新の美容外科技術を学ぶ。「脂肪吸引手術」を日本に紹介し普及させた。江戸時代から続く医師の家系(撮影:今井康一) 実際、結核で死ぬ人はほとんどいなくなった。ところが、高齢化が進み、病気はなくなるどころか減ることがない。「親戚の医者が言っていたことはそのとおりだな」と最近では思うようになりました。「二重まぶたや豊胸を一生懸命、学生に教えるべきではない。教えてもいい医者が育成できそうもない」と思い、昭和医大に開設してもらっていた美容外科の寄付講座もやめました。被災した皮膚の美容外科手術などは精力的に行っていますが、美容のためだけの手術は断るケースも珍しくありません。
――メスで切らずに二重まぶたを作る「プチ整形」など、高須さんは常に美容外科の潜在需要を掘り起こしてきました。まだ掘り起こしていない潜在需要はありそうですか。
豊胸のためにヒアルロン酸をバストに注射したのは私が世界で最初。シワを改善するボトックス注射は高須クリニックしか行っていない独占状態が長く続きました。しかしブームは自ら作ろうとしてできるものでもありません。プチ整形は最初「バーチャル整形」と言っていましたがさっぱりでした。それで「インスタント整形」に名前を変えたのですがそれでもダメ。プチ整形にしたらとたんに需要が増えました。
――これから需要の増える診療科、衰退する診療科はどこでしょうか。
人口が減少しますからすべての診療科が衰退します。そのなかで、もうかる医者ともうからない医者にはっきり分かれるでしょう。食うに困る美容外科が出てきます。結核患者用のサナトリウムが今ほとんどないのと同じです。 |
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