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やっていたのか、。

千葉OP連覇の石川遼「来年の今頃はマスターズ」

4/11(木) 17:26配信  

スポーツ報知


千葉OP連覇の石川遼「来年の今頃はマスターズ」
千葉オープン連覇の石川遼(右)とシニアの部優勝の深堀圭一郎
◆男子ゴルフツアー外競技・日神カップ千葉オープン最終日(11日、千葉・平川CC=7206ヤード、パー72)

【写真】ミニスカートをなびかせてティーショットを放つ三浦桃香

  2日間競技の最終日が行われ、首位からスタートした昨年覇者の石川遼(27)=カシオ=は、3バーディー、4ボギーの73でスコアをひとつ落とし、通算7アンダーで並んだ木下裕太(32)=フリー=とプレーオフに持ち込まれたが、3ホール目で競り勝ち、連覇を飾った。来週のレギュラーツアー国内開幕戦の東建ホームメイトカップ(18〜21日、三重・東建多度CC名古屋)を前に存在感を見せつけた石川は「来年の今頃はマスターズで戦っていたい」と熱く語った。痛めている左手親指の負担を軽減するためベースボールグリップに変えた丸山茂樹(49)=セガサミーホールディングス=は76と苦戦し、通算5オーバーの44位だった。シニアの部では深堀圭一郎(50)=フォーラムエンジニアリング=が通算イーブンパーで優勝した。

 「ゴルフの祭典」と呼ばれるマスターズ(米ジョージア州オーガスタナショナルGC)は11日に開幕。同時期に行われる日本の地方オープンで石川は全力で戦い、勝利した。

 前日、冷たい雨が降りしきる中、4連続を含む9バーディー、1ボギーの64というビッグスコアをたたきだしたが、一転、晴天のこの日は苦闘。73とスコアを落とし、67で回った木下裕に追いつかれた。18番パー4で行われたプレーオフの2ホール目では1メートル強のパーパットが残るピンチもあったが、辛うじて、しのぐと、最終盤に底力を見せた。

 互いにパーを重ねて迎えた3ホール目。石川はドライバーショットを約300ヤードかっ飛ばすと、残り132ヤードの第2打をピン奥4メートルへ。バーディーパットをねじ込み、勝負あり。力強いガッツポーズを繰り出した石川に大歓声が飛んだ。「大きな収穫です」と大会連覇に笑みを見せた。

 10年前の2009年シーズンに18歳で日本ツアー賞金王に輝いた。2013年から世界最高峰の米ツアーに本格参戦。マスターズには過去5回出場し、2011年には20位になった実績もある。17年を最後に米ツアーから撤退し、昨年、5年ぶりに日本ツアーに復帰したが、世界を見据えた挑戦を決して諦めているわけではない。

 「今シーズンの目標は日本一。たとえ、日本ツアーで賞金ランク1位になっても『別の選手の方がうまい』と言われたらダメだと思っています。世界に行くためには日本一にならなければならない」

 石川は、10年ぶりの日本ツアー賞金王ではなく、もっと高い目標を持っていることを堂々と明かした。その先にあるのは、やはり、マスターズだ。

 「来年の今頃はマスターズで戦っていることが目標です。(日本時間の)今晩から始まるんですよね? テレビで見たいですね。マスターズは見るのも楽しいけ。だけど、プレーする方がもっと楽しい」

 石川遼は、爽やかな笑顔で言い切った。


















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ふんふん!

「マラドーナレベルには到達できない」アルゼンチン代表で苦しむメッシをOBが語る

4/11(木) 18:08配信  

GOAL


「マラドーナレベルには到達できない」アルゼンチン代表で苦しむメッシをOBが語る
OBが語る(C)Getty Images
元アルゼンチン代表のエクトル・エンリケ氏が、度々比較される同胞のリオネル・メッシとディエゴ・マラドーナ氏について語った。スペイン『マルカ』が伝えた。

ディバラの超美人彼女がセクシーすぎる…世界トップ選手を支えるパートナーたち【50枚】

2004年のトップチームデビューから、チャンピオンズリーグ(CL)4度制覇やリーガ優勝9回、個人としてもバロンドール5度受賞を誇り、リーガ最多得点記録を更新中など、バルセロナで数々の栄光を手にしてきたメッシ。しかし、2005年に初キャップを飾ったアルゼンチン代表では未だ主要タイトルに恵まれず、母国で批判を受けることも多い。

そんなメッシについて、1986年ワールドカップ優勝メンバーであるE・エンリケ氏が『Ataque Futbolero』のインタビューでコメント。アルゼンチン代表としてタイトルに恵まれていないことから、共にW杯を勝ち取った英雄マラドーナ氏には追いつけないと、自身の見解を述べている。

「残念ながらメッシは代表チームで苦労している。次のW杯では、彼に我々が持っていたような運があることを願っているよ。だが、メッシはマラドーナのレベルには到達できない」

メッシは昨年6月のロシアW杯ラウンド16で敗退して以降、アルゼンチン代表としての活動をしばらく休止すると発表していた。そして先月、約8カ月ぶりに代表メンバーに招集。ベネズエラとの親善試合で主将としてピッチに立った。

しかし、E・エンリケ氏は代表で心地よさを感じていないのであれば、招集を受ける必要はないと語っている。

「メッシに私が望むことは、プレーしてほしいということ。もし(代表チームで)良い時間を過ごしていないのであれば、来ない方が良いと思う」

アルゼンチン代表として主要タイトルを取れていないことで、批判のターゲットとされているメッシ。6月にはコパ・アメリカが始まるが、メッシは大会に参加し、批判を払拭する初タイトルを掲げることはできるのだろうか。














へぇー。

インド総選挙の投票開始、終了に約1カ月

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9億人が参加する総選挙を制し、政権樹立を目指すモディ首相(左)とガンジー総裁/Photo Illustration/Getty
9億人が参加する総選挙を制し、政権樹立を目指すモディ首相(左)とガンジー総裁/Photo Illustration/Getty
(CNN) 世界最大の「民主主義国」とされるインドで11日、最多で9億人の有権者が参加する総選挙の第1回投票が始まった。投票は地域ごとに計7回実施されるため約1カ月かかり、5月19日に終了の見通し。
下院の543議席が争われ、272議席以上を獲得した政党もしくは連立工作に成功した諸政党が新政権を発足させる。最初の投票は南部のアンドラプラデシュ、テランガナ両州など18州で実施。隣国パキスタンと主権論争を抱える北部ジャム・カシミール州でも行われた。
今回の総選挙では、2期目を狙うモディ首相率いるインド人民党が政権維持を果たせるのかが焦点。政権樹立が現実的に望める政党はこの他、ラフル・ガンジー総裁が率いる最大野党の国民会議派となっている。同派は2014年の前回総選挙での惨敗からの党勢立て直しを迫られている。
現有議席は、インド人民党が269議席、国民会議派が45議席。
有権者約9億人のうち、今回初めて一票を投じるのは8430万人。このうち18歳もしくは19歳は1500万人。有権者は選挙管理委員会が不正侵入などが不可能と誇示する電子投票機を使い、投票を終えた有権者の指には消えないインクを付着し、再投票を阻止する。
投票所は全国に約100万カ所以上、設置された。集計開始は5月23日朝からの予定。最大の支持率を得た政党は同日の午後零時ごろまでに判明する可能性がある。
今回選挙の主要争点は経済政策で、所得向上策や失業対策などとなっている。インド人民党は投票の3日前に75項目にわたる選挙公約を発表。ガンジー総裁は近視眼的でごう慢な公約と反論した。

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なるほどですね。

「山越え」で東京脱出、人の朗らかさに触れてホッとする

2019年04月11日(木)16時30分
「山越え」で東京脱出、人の朗らかさに触れてホッとする
撮影:内村コースケ
第5回 小仏バス停→景信山→陣馬山→藤野駅
<平成が終わり、東京オリンピックが開催される2019年から2020年にかけて、日本は変革期を迎える。名実共に「戦後」が終わり、2020年代は新しい世代が新しい日本を築いていくことになるだろう。その新時代の幕開けを、飾らない日常を歩きながら体感したい。そう思って、東京の晴海埠頭から、新潟県糸魚川市の日本海を目指して歩き始めた>

◆祝日の東京近郊の山へ

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「日本横断徒歩の旅」全行程の想定最短ルート :Googleマップより
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これまでの4回で歩いてきたルート:YAMAP「活動データ」より
今回はこの旅初の「山越え」である。東京湾岸の晴海埠頭から歩き継いできて、4回目の前回、ついに東京都の人里が途切れる裏高尾までやってきた。車の一般道ルートなら、国道20号で大垂水峠を越えて東京脱出となるわけだが、車の騒音と排気ガスにまみれた国道の峠道は、歩行者にとってはまさに"酷道"である。なので、今回の都県境越えは、前回ゴール地点の小仏バス停近くの景信山登山口から登山道に入り、そのまま稜線を辿って陣馬山経由で神奈川県側の藤野駅へ下りる軽登山のコースを取ることにした。
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景信山山頂に向かう登山道。祝日とあって登山者の列ができていた
登山決行日は3月21日、春分の日。春の祝日の東京近郊の山ゆえに、登山道の大渋滞を覚悟しつつ、我々も『日本縦断徒歩の旅』過去最多の5人のパーティーで臨んだ(日帰りで繋いでいくこの旅は毎回参加が義務の筆者以外は参加自由である)。
起点となるJR高尾駅から小 仏バス停までのバスはハイシーズン仕様の2台運行体制で、それも満員。とはいえ、山はやはり街よりもキャパシティが大きい。登山口から景信山山頂までの約1時 間の上りこそ他のパーティーと共に大名行列で歩くシーンがあったものの、前後がつかえるほどの渋滞は起きなかった。曇時々雨の天気予報がいい方向に外れて青空が広がるという幸運に恵まれたのも大きかったかもしれない。

◆自分たちが歩いてきた街を見下ろす

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前を歩く登山者のリュックに赤いバッジが揺れていた
景信山山頂までの行列登山の最中、前を歩く壮年女性のリュックに赤地に白文字の「アベ政治を許さない」バッジが揺れていた。僕は、行程の3分の1くらいを上下に揺れる現首相への非難声明を見ながら歩いたわけだ。これにはなかなかの催眠術効果があったようで、しばらくこの赤いフレーズが頭から離れなかった。
でもこれ、時の政権のトップに対する非難だからまだ許されているけれど、人の仕事やスタンスを名指しで公に非難することを「許さない」と感じる人もいるのではないだろうか(今の正義感溢れるネット社会ならなおさらである)。「アベ政治」のどこがいけないのか個別的・具体的に説明できないのなら、それは批判ではなく感情的な「非難」であり、昨今流行の言い方なら「ヘイトスピーチ」に当たるのではなかろうか。せめて人格に対する揶揄混じりの「アベ」はやめて、堂々と「安倍晋三」とフルネームの呼び捨てで糾弾する覚悟が欲しい。
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景信山山頂付近からこれまで歩いてきた東京の街を見下ろす
そんなことを考えているうちに、東の都心側の眺望が一気に開けてきた。これまで歩いてきた約80kmの道のりが一望でき、なかなか感慨深い。スタート地点の東京湾が霞んで見えなかったのは、それだけ遠くまで来た証か、春霞のせいか、はたまた東京の大気汚染のせいだろうか。今登っている山々に沈む夕日を眺めた多摩丘陵も、ずいぶんと低く見えた。

◆日本の山から犬が消える?

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景信山山頂の茶屋にいた犬
景信山山頂(727m)には茶屋が数軒あった。その一つに、日本犬系の雑種犬が3頭繋がれていた。日本では犬はもともと多くは猟犬として飼われていたこともあり、日本犬と山との関わりは深い。昨年、現在の純血種としての柴犬の祖犬である石州(せきしゅう)犬『石(いし)』号の故郷・島根県石見(いわみ)地方を訪ねたが、『石』の生家もまた、景信山周辺に見られるような里山の風景の中にあった。
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島根県益田市の里山にある柴犬の祖犬『石』の生家=2018年9月撮影
標高がもっと高い山にも、犬を飼っている山小屋やロッジはある。僕が住んでいる蓼科高原の周りでは、車山(1,925m)と入笠山(1,955m)の小屋に犬がいる。かつては、八ヶ岳の山小屋にも立派な犬がいたと聞く。だが、最近は高山植物や雷鳥といった稀少な生物の保護の観点などから、「犬禁止」を謳う山域が増えている。山と共に生きてきた日本の犬がそこから姿を消すのは、我々愛犬家にとっては寂しい状況ではある。
ここでは詳しくは書かないが、僕が以前取材した限りでは、犬が高山の自然環境や野生動物に与える悪影響については、諸説ある。少なくとも、人間が与える影響の方が大きいのは、もはや「ゴミの山」と化しているエベレストの状況を見るまでもなく明らかであろう。それでも、嫌煙権のごとき"嫌犬権"に強い配慮を求められる今の流れは当面変えられまい。景信山の茶屋には代々犬がいるそうだが、今いる犬たちが最後にならないことを、個人的には願う。

◆土の道に文明の足跡を刻む

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整備された道なくして、人間文明は自然に進出することはできない=奥高尾縦走路
景信山は東京都と神奈川県の境にあり、そこから陣馬山に至る尾根(奥高尾縦走路)は、まさに都県境上にある。昔で言えば、武蔵の国と相模の国の境というところか。江戸時代の旧甲州街道は少し下った中央自動車道沿いの小仏峠方面の山道になる。ほぼ「歩き旅」しか手段のなかった昔の人の旅路はこんな感じだったんだろうな、と思いを馳せながら尾根道を歩いた。
人がやっとすれ違えるほどの未舗装の登山道であっても、そこに道があるというだけで画期的である。僕は趣味の渓流釣りで道なき道を進むいわゆる「藪こぎ」をすることが多いが、整備された登山道を歩くのとでは疲労度も安全性も雲泥の差である。「道」ってすごいのだ。
そんな道路整備が、人間文明の自然への進出の一里塚であるのは自明の理だ。実際に、究極の文明の地である東京都心から"コンクリート・ロード"を歩いてきて、この尾根の縦走路を連続して進むと、「人間の領域」の広がりと自然とのせめぎ合いを体感できたような気がした。が、そんな感慨に耽ったのもつかの間、眼前に郊外住宅地の風景の主役だった巨大鉄塔が現れた。現代文明の申し子である「電力」は、標高1,000mに満たないこのあたりの山々を容易に乗り越える。
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奥高尾縦走路上にあった巨大鉄塔

◆東京と神奈川のせめぎ合い

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明王峠の一本桜


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都県境沿いの尾根の両側には東京都側と神奈川県側の各種看板が並ぶ
季節は東京都心で桜が満開になる少し前。途中の明王峠で、僕にとっては今年初の花見となる早咲きの一本桜に出会った。
続く尾根道は相変わらず東京・神奈川の都県境の上だ。山火事防止や環境保全を訴える看板が東京都と神奈川県の両側から立てられていて喧(かまびす)しい。両者で話し合って半分の数にできないものか。
山でさえこの有様なように、日本の街は看板天国である。店や会社の看板から広告看板、そしてこのような官公庁の注意喚起の看板。中国・北朝鮮などの共産主義国家では政治スローガンの看板や横断幕が目立つが、日本の火災防止や交通安全の標語看板も、数が多すぎるとそれに近い「大きなお世話」だと僕は感じる。記者時代の先輩が、ドライバーが歩道橋にかかる交通安全の横断幕の文字を追うせいで、逆に事故が増えたという取材をしていたのを思い出す。「過ぎたるは及ばざるが如し」である。

◆山も国際化の時代

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陣馬山山頂からの眺め
陣馬山(854m)は東京都の西端部に位置する。山頂に着くと、東京湾から歩き始めて、「ついにここまで来た」という感慨が深まった。ここからはもう、東京の街並みは見えない。山頂から丹沢や奥多摩の山々の連なりを眺めながら、名実共にこの旅が「都会編」から「田舎編」に移ったことを実感する。
ここまで来ると入山当初に比べてだいぶ登山客の姿が少なくなっていた。登山ブームだと言っても、どこもかしこも人だらけというわけではないようだ。山頂のベンチには、私たちのほかに若いカップルが一組。僕は1986年の高校1年の時に山岳部に入ったのだが、バブル景気終盤のその当時はおそらく登山が最も下火になっていた頃で、「ダサい」「ジジババ臭い」と周囲の高校生たちには見られていた。
そんな30年前には、若者以上に外国人の登山者などまず出会うことはなかった。今は全く珍しくない。山では人とすれ違う時は必ずあいさつを交わすが、ここに至る登山道でも、何回か「ハロー」と言う機会があった。陣馬山山頂のカップルから聞こえてきた会話も、中国語だった。声をかけると、流暢な日本語で上海と中国東北部から来て、横浜の同じ会社で働いていると答えてくれた。中国では、日本ほど週末にレジャーとしてハイキングや登山を楽しむのが一般的ではなく、2人も日本に来てから登山を始めたとのことだ。雄大な自然を見慣れた大陸の人が、この島国の細やかな自然を楽しんでくれているのは、素直に嬉しいことだ。
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陣馬山山頂で出会った中国人カップル

◆日本の原風景に迎えられて

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東京都から神奈川県へ。『日本縦断徒歩の旅』初の県境超え=陣馬山山頂下にて、右端・筆者
陣馬山山頂から、神奈川県側への下山ルートに入った。ついに正真正銘の東京脱出。新潟県糸魚川市に向かうこの旅では、4回県境を越える予定だが、その最初の1回である。日本の花粉症の主因と言われる杉の植林帯を抜けると、青々とした茶畑が見えてきた。低山と言えども、やはり人里が見えてくるとホッとする。日本の昔話でよく、山を越えてきた旅人が人家の明かりに吸い寄せられてヤマンバの餌食になるという話があるが、ヤマンバは安堵に緩んだ旅人の心の隙を狙っていたのかもしれない。
現代の僕たちの心を癒やしてくれたのは、山側から見て村の入り口に立つ早咲きの一本桜であった。その先に村人の先祖代々の墓地があり、畑の間の小道の辻にはお地蔵さんが優しく立っていた。民家はその先に数軒。
私たち日本人の心に響くこうした山里の原風景も、今は「限界集落」などというおどろおどろしい言葉に置き換えられつつある。東京に隣接しているこのあたりではまだ人々の暮らしが生きているように見えたが、心の片隅に不安がよぎったのは、僕が信州で多くの限界を超えた集落の廃墟を見てきたからかもしれない。
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登山道を抜けると、早咲きの桜が迎えてくれた=神奈川県相模原市栃谷
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お地蔵さんが見守る集落の辻=神奈川県相模原市栃谷

◆優しい人々と危険な道

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藤野の集落で出会った御婦人とトイ・プードル=神奈川県相模原市
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歩道にはみ出さないと車がすれ違えない藤野駅手前の狭小トンネル=神奈川県相模原市
さらに下って民家が増えてくると、この日初めて地元の住民に出会った。トイ・プードルと散歩をしていたそのおばさんは、写真撮影に快く応じてくれた。この旅でこれまでに出会ってきた都会人の多くには、表情に陰や検があったが、それとは明らかに異なるおばさんの朗らかさにホッとした。
しかし、その後に出現したトンネルは、優しさとは正反対の「田舎の恐怖」そのものであった。日本の郊外や地方の道路には、歩道がないか極めて狭い区間が多い。僕は親友をそんな場所での交通事故で失っているから、日本の道路の狭さ・構造の欠陥には人一倍怒りの視線を向けざるを得ない。藤野駅に抜けるそのトンネルは、車線のない両方通行。「歩行者通行可」を謳っているものの、歩道はなく、白線が引いてあるだけだ。車がすれ違うには、一台が白線の外にはみ出るしかない。こんな死と隣り合わせの道が、日本の地方には無数にあるのだ。
狭くて暗いトンネルを恐る恐る進むパーティーの紅一点の方を振り返りながら、僕は、これからはこういう道を通らないルートを慎重に探す決心をした。ともあれ、JR中央本線の藤野駅に無事到着。これからしばらくは、人々の優しさに出会う田舎町の歩きが続くだろう。
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今回歩いた小仏バス停--藤野駅の登山コース:YAMAP活動日記
○今回の行程:小仏バス停─藤野駅(https://yamap.com/activities/3291892
・歩行距離=15.2km
・歩行時間=7時間56分
・高低差=679m
・累積上り/下り=863m/976m

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(* ̄- ̄)ふ〜ん

忘れるな! 4月施行の「高プロ制度」が日本の格差を拡大させる

NanoStockk-iStock.
<昨年成立した高度プロフェッショナル制度を覚えているだろうか。ワーキングプア問題は解決の糸口もないまま、悪法がまた1つ増えた>
突っ込んだ議論をまたずに、働き方改革関連法案の一環として「高度プロフェッショナル制度(高プロ制度)」は昨年成立した。忘れている人もいるかもしれないが、この4月からの施行である。格差の拡大、ワーキングプアの増大を招く懸念はぬぐえない。
人間が生きていくためには、精神的欲求(精神の安定性)と物質的欲求(生活の安定性)の両方を充足させることが必要だ。人間が働くのは「物質的欲求」、すなわち、食べていくためである。それも自分自身だけではなく、家族のためにでもある。
適切な労働によって適切な賃金をもらっているならば、贅沢をしなくても、普通の暮らしはできる。組織(企業等)から給料をもらって働いている、いわゆるサラリーマン層が一番多いのは、経済的に安定しているからである。

改めて振り返る、日本でワーキングプアが生まれた理由

しかしながら、日本では小泉内閣(2001〜06年)の「聖域なき構造改革」という新自由主義的な改革によって、雇用政策に規制緩和(改正労働者派遣法)が取り入られた。これにより、それまで正規社員が中心であった企業に非正規社員が急増し、非正規社員が企業の収益確保のための緩衝材になってしまった。
この結果、年収200万円以下という低所得の「ワーキングプア」労働者となる若者が急増した。つまり、いくら一生懸命働いても、生活ができない非正規社員(派遣社員・契約社員等)が社会に溢れ出したわけである。
2019年の総務省の労働力調査によると、日本の正規雇用者(職員・従業員)は3486万人なのに対して、非正規雇用者は2157万人で、被雇用者全体のうちの非正規雇用者の割合は38.2%である。これは、2002年には29.4%だったものが年々増加し、2014年以降は横ばいで推移している。
当初は若者の非正規雇用者が中心であったが、最近では、企業定年後の高齢の非正規雇用者が増加しているようである。この背景には、定年が60歳で年金支給開始年齢が65歳というギャップと、現状の年金額(平均的サラリーマンの場合には、夫婦2人で月約23万円〔厚生年金〕、自営業者の場合には、月約11万円程度〔国民年金〕)の低さがあげられる。
正規雇用者でもこのように、定年後は経済的に苦しい生活を強いられる人が増え続けている。非正規雇用者の場合にはさらに、低額で悲惨な状態だ。日本の社会保障政策の「貧困さ」を示しているといえるだろう。
それはともかく、経済的に豊かな社会であるはずの日本で、現代の貧困層とされる「ワーキングプア」が誕生したのはなぜだろうか。
もともと、この「ワーキングプア」(working poor)という言葉はアメリカの保健福祉省の貧困ガイドライン(単身者で1万2140ドル、4人家族で2万5100ドル〔2018年〕)より以下の所得の貧困層を示す指標として登場してきたものである。具体的には、「ワーキングプア」とは、「1年間のうち27週以上、労働市場で活動(就業・求職活動)したが貧困世帯に属する個人(学生を除く)」と定義されている。
日本では一般に、非正規の労働者で、年収が200万円以下の人たちがこれに該当するとされている。
こうした新しい貧困層が急激に増加したのは、前述のように、2006年の「労働者派遣法」改正によって、非正規雇用の派遣労働者に対する規制が緩和されたことに起因している。
つまり、企業収益を上げるため、企業は最大のコスト要因の1つである人件費の削減に手をつけたということになる。正規社員の解雇は法的には厳しいので、正規社員の採用を減らし、非正規社員を増やすことで、景気後退期に容易に雇用調整することが可能になったのである。

そして ワーキングプアは高学歴層にも及んできた

戦後日本の経済成長は日本人の勤勉な労働によるものとされ、終身雇用を採用している日本の企業はアメリカなどの先進国から高く評価されていた。つまり、日本の企業は従業員という「人材」を財産として生産性の向上を図り、経営陣と従業員が一体となって会社のために奉仕してきたからこそ、今日の経済発展がもたらされたのである。
それにもかかわらず、使い捨て可能な非正規の労働者を増やすことで、企業の収益を上げていくという。こうした経営者側の考え方は企業倫理、企業の社会性などの観点からみても間違っているし、こうしたことをやり続けると、いずれは産業も企業も衰退していくのは必須だ。
こうした「ワーキングプア」現象は最近では、大学院出のいわゆる「オーバードクター」や司法試験や公認会計士という超難関国家資格試験の合格者などにもみられ、「高学歴ワーキングプア」と呼ばれている。
一般的には、高学歴をもった人材は高い報酬で雇用されるのが常であるが、大学院の博士課程を修了した博士学位取得者や博士学位候補者(博士課程単位取得満期退学者)はすぐれた専門家の卵にもかかわらず、企業の研究機関や大学への専任教員としての就職がきわめて困難となってきている。
若者から中高年に至るまで、長時間労働と低収入で苦しんでいる「ワーキングプア」が数多く存在しているのが実態だが、政府や企業経営者たちはそうした事態を改善するための抜本的な改革を行おうとしない。
「貧困層」と「富裕層」(中間富裕層も含む)の所得格差を是正しない限り、持続可能で健全な社会を築いていくことはますます困難となる。
こうした社会的矛盾(労働成果の公平な分配なき労働政策)を解決していかなければ、国民が経済的に安心して暮らせる社会をつくることは不可能だろう。

米ホワイトカラー・エグゼンプション制度に範を取るというが...

そんな中で創設された「高プロ制度」は、アメリカの「ホワイトカラー・エグゼンプション制度」(white collar exemption)の日本版だ。果してこれは労働者としてのサラリーマンにとって快適で働きやすい制度なのだろうか。
アメリカにおける「ホワトカラー・エグゼンプション制度」の場合、職務内容による要件は基本的には管理業務・裁量的事務業務・専門業務を対象とし、具体的には以下2つの基準となっている。
(1)基準A:コンピュータ専門業務・専門業務(教員・法律/医療業務)・企業外販売業務――賃金に関する要件=週当たり455ドル以上(年収2万3660ドル以上)
(2)基準B:職務の一部に、管理業務・裁量的事務業務または専門業務があること――賃金に関する要件=年収10万ドル以上
基準Bであれば、日本のような年収1075万円以上の所得を得ている者となるが、これが基準Aとなると、年収約260万円(1ドル=110円で換算)まで下がり、いわゆるワーキングプア・レベルの労働者を「ホワイトカラー・エグゼンプション」としているのがアメリカの場合である(笹島芳雄「労働政策の展望 ホワイトカラー・エグゼンプション制度の創設」『日本労働研究雑誌 5月号』労働政策・研修機構、2016年)。
この制度に反対している人たちは、こうした所得基準のレベルダウンを恐れているのである。これは明らかに、長時間労働や残業代のコストカットという企業側の戦略であることが分かる。
資本主義社会における貧困問題は、かのカール・マルクスがその著作『資本論』で指摘したように、資本家による労働者の賃金や労働時間の搾取から生じたものである。
企業の利益は経営者と従業員の努力によって獲得されたものだから、利益の再配分は公平、かつ、公正に行うのが社会的責任のある企業の責務である。経営者(資本家)が利益を独占し富裕者になるのに対して、利益を産み出すための労働を行った従業員(労働者)が貧困者になるのは、社会倫理や社会的責任に反することである。
社会が持続可能になるには、社会構成員すべてが適切な利益再配分を受け、生活するに十分な賃金を獲得することが不可欠だ。政府や企業が導入に必死になっている「高プロ制度」は、富める者と貧しき者の格差をさらに拡大するための、社会的正義に反する政策であるといわざるをえない。

「現代の貧困」は経営者側(と行政)が生み出した

こうして「現代の貧困」は深刻化してきているが、その端緒となったのは、なんといっても1986年の労働者派遣法施行に始まる非正規労働者の増加である。
この法律は3度にわって改正され、2006年の改正では、派遣期間の延長や労働者の福利厚生に関する権利等が盛り込まれたが、この法律の狙いは、企業が経営事情によって労働者の解雇を自由裁量でできるようにし、収益を上げられるようにすることであったといえるだろう。
非正規雇用者に対しては労働契約年数の制限で、そして、この度、正規雇用者に対しては裁量労働制(=「高プロ制度」)で、労働者解雇のための裁量権を経営者側に付与したのである。
現代の社会も産業も企業も、人間の労働によってつくりあげられた。労働者の正当な労働対価の削減やリストラなどによって、貴重な財産である「人材」を機械のごとく軽視・無視するやり方は、産業革命以降、18〜19世紀の米国の悪徳資本家(「泥棒成金」)のそれに酷似している。
「貧困」は人間の労働を酷使して、独占的利益を得ようとしている経営者側が産み出しているのである。それを是正できない政府(行政)も同罪である。
経営者側が高額な報酬を取り、労働者を低賃金で働かせている現状を改革しない限り、「現代の貧困」は解消できないだろうし、さらに、国民が最低限度の豊かな社会を享受できる社会は当分、実現できないだろう。

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