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月9・大河・朝ドラの明暗〜平成の30年間で多様化したドラマの内容とビジネスモデル〜

平成の30年間は、ドラマが多様性にむかうと同時に、各枠で明暗が生じた。
時代の幕開けは、フジテレビの華やかなトレンディドラマ。
続いて強烈なキャラクターで攻める日本テレビ、長寿シリーズを開拓したテレビ朝日などが新たな路線を確立した。
一方NHKは、朝ドラと大河ドラマが共に二度の変革を試みたが、明暗を分けるような結果となった。
そしてドラマ全体としては、デジタル録画機の普及などで、ドラマのリアルタイム視聴率は激減し、タイムシフト視聴が目立つようになった。
平成30年のドラマの変化を振り返る。

トレンディドラマの栄枯盛衰

平成はトレンディドラマの勃興で始まった。
先鞭をつけたのはTBS。『男女7人夏物語』(1986年)、『男女7人秋物語』(87年)が、平成の夜明け前にひときわ明るい光を放った。
ところがフジは、業界ドラマや学園ドラマを量産することで巻き返していく。
平成3年(91年)にはフジ月9枠で『東京ラブストーリー』『101回目のプロポーズ』が大ヒット。
その後『ひとつ屋根の下』『あすなろ白書』などのヒットが続き、『ひとつ屋根の下2』『ラブジェネレーション』の平成9年(97年)に、トレンディドラマが全盛期を迎えた。
しかし勢いは、次第に衰え始める。
2000年代に入ると、月9の平均が15%を切るようになった。そして16〜18年は一桁という不名誉な記録を出してしまった。 
トレンディという路線は、30年間で完全に時代と合わなくなっていた。

極端なキャラクター

フジのトレンディに対抗して、日テレは極端なキャラクターと企画力で勝負に出た。
その第一歩は、94年の『家なき子』。
「同情するなら金をくれ!」という主人公のセリフが、流行語大賞に選ばれるほど強烈なインパクトを持った。
その後も『ごくせん』『女王の教室』『ハケンの品格』『花咲舞が黙ってない』など、あり得ないキャラクターの女性主人公が活躍を続ける。
そして到達点は『家政婦のミタ』。最終回の40.0%は高視聴率ドラマの歴代4位となった。
近年でも『家売るオンナ』『地味にスゴイ!』『奥様は、取り扱い注意』などに、DNAは受け継がれている。しかもバラエティ色を強めるなど演出も進化させている。
男女の恋愛を夢見る女から、戦う女へとシフトチェンジすることで、日テレはトレンディドラマとの差別化を果たしたと言えよう。

ヒットのシリーズ化

テレビ朝日が確立したヒット作のシリーズ化も、特筆すべきパターンだ。
刑事モノ・ミステリーモノなどのシリーズ化で固定客を囲い込み、視聴率を安定的にとる作戦だ。
今回19シリーズ目となる『科捜研の女』やseason17まで来た『相棒』が代表作。
他にも『ドクターX』『警視庁捜査一課9係』『特捜9』『緊急取調室』などが続いている。
同局は平日午後に3時間のドラマ再放枠を持つ。
新シリーズ放送前に、過去作を大量に再放送することで番宣とし、初回の視聴率で成功している。
さらにシリーズ化は、今やテレビ視聴者の過半を占める中高年を取り込む作戦として定着している。
馴染みや分かりやすさがあり、中高年が安心して見られる設計だからだ。今や同局の勝利の方程式になっている。
TBSも日曜劇場でシリーズ的手法を使い始めている。
『半沢直樹』を初め、『ルーズヴェルト・ゲーム』『下町ロケット』『陸王』など、池井戸潤原作でヒットを続けている。“小が大を倒す”“役者の熱い演技”などで、視聴率獲得に成功している。

明の朝ドラ

今回の『なつぞら』は、1961年に始まって以来100作目。朝ドラは平成の30年間で2度の改革を試み、視聴率的には明らかに成功している。
平成が始まる頃、朝ドラには逆風が吹き始めていた。
男女雇用機会均等法が施行され、女性の社会進出が進んだのである。結果として、テレビ前の専業主婦が減り始め、視聴率が下がり始めた。
そして13.8%の『つばさ』、13.5%の『ウェルかめ』(共に平成21年)がどん底となった。
ところが平成22年、大改革が断行された。
放送時間を15分繰り上げ、8時開始としたのである。
すると1作目『ゲゲゲの女房』が18.6%と、前作より5%以上も上昇した。
その後も『カーネーション』『梅ちゃん先生』など、20%前後の作品が続いた。
2番目のターニングポイントは、平成25年放送の『あまちゃん』。
宮藤官九郎が脚本を手掛け、軽妙なトーンでギャグもたくさん出てくるドラマとなった。結果として、これまで朝ドラを見てなかった人々に、新たに視聴習慣をつけさせたのである。
続く『ごちそうさん』『花子とアン』で、異変が起こった。
『あまちゃん』では、一部の高齢者が離れていたが、伝統的な朝ドラの作りに戻り、一時離れていた高齢層が戻ってきた。つまり新規の視聴者層が加わった分、以前より格段に視聴率が高まったのである。
かくして『あまちゃん』以降は、平均視聴率が21%台と極めて高い水準で推移する、超人気枠となったのである。

暗の大河ドラマ

朝ドラと比べると、大河ドラマは右肩下がりが続いた。
平成元年の初期こそ30%を誇っていた。ところが以後は急落が続く。
5年ごとの平均視聴率では、平成最初の10年は23.7%と23.1%。ところが10年代は19.2%と20.2%。
この時期に大河も改革に着手する。
“女の子大河”と呼ばれる、主人公が女性の歴史ドラマを始め、女性視聴者の開拓に乗り出したのである。
効果は直ぐに出始めた。『利家とまつ』『功名が辻』『篤姫』で反転攻勢に成功した。
ところが平成20年以降は、厳しい10年となった。
隔年で放送される“女の子大河”の神通力も失われ、5年平均も16.9%、13.6%と急落した。
今回の『いだてん』は、そんな状況を打開することを期待されて始まった。
朝ドラで転機をもたらした宮藤官九郎が再び大河で起用され、“新たな視聴者層の開拓”と二匹目のドジョウ狙いが始まった。
ところが始まってみると、思惑は見事に外れた。
初回こそ15.5%あったが、6話目で10%を切り、15話までの平均が10.3%となった。このペースで行くと、夏の間に全体平均一桁という不名誉な記録となってしまう可能性もある。
明の朝ドラマに対して、二度の改革にも関わらず大河は暗となっている。

令和は多様性の時代

以上のように平成の30年間で、各ドラマは明暗があるものの、それぞれの路線を走ってきた。
これらの前提には、デジタル録画機の普及がある。
ドラマ・映画・アニメなどの番組は、自分の都合の良い時間に、じっくり見たいというニーズが高く、タイムシフト視聴が当たり前になってきた点が大きい。
時代状況の変化も大きい。
バブルが崩壊し、経済は“失われた10年”から、“失われた30年”と言われるほど低迷した。少子高齢化も加わる。若年層が将来にバラ色の夢を抱くことが難しくなり、トレンディドラマのような世界観や恋愛観が受け入れられなくなった。
フジ月9が沈み、テレ朝やTBSの新路線が興ってきた理由だ。
またIT・デジタルが進み、オンデマンドかつピンポイントに情報を消費する風潮も高まった。結果として、1年続く大河ドラマが受け入れられなくなってきた。
逆に時計代わりで、身近な女性の生活に焦点を当てた朝ドラが安定するようになった。
ドラマのビジネスモデルにも、変化が生じ始めている。
録画再生視聴率の加算、ネットでの利用、海外販売などだ。
放送界は視聴率測定方法を見直し、ドラマの媒体価値を再評価できるようにした。
ネットでの利用では、ネット広告費を獲る方向に向かい始めた。
さらにSVODや海外販売など、ライツビジネスを重視し始めている。
平成の初めは、20〜30%以上獲るような、最大公約数的なドラマが肩で風を切って闊歩していた。リアルタイム視聴率に象徴されるテレビ広告収入が全てといっても過言でない時代だった。
ところが生活者の多様化が進み、価値観も様々となった。
ドラマの世界でも、LGBTなどマイノリティにスポットを当てるものなども増えている。従来のような高視聴率を前提にせず、多様な層を着実に取り込む路線が増えてきたのである。
それと共に、ビジネスモデルも変化している。
放送後の二次利用がらみで、利益最大化させることが重要となって来ている。
平成30年間のドラマ史は、正に内容・テイストと、ビジネスモデルの多様化が進んだ時代だったのである。

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へぇー。

「アベンジャーズ」世界興行収入、12億ドル突破 記録的ヒット

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アベンジャーズ最新作が興行収入記録を塗り替えるヒットに/IMAX/Marvel Studios
アベンジャーズ最新作が興行収入記録を塗り替えるヒットに/IMAX/Marvel Studios
ニューヨーク(CNN Business) 米マーベル・スタジオの映画「アベンジャーズ エンドゲーム」の世界興行収入が、これまでの作品を大幅にしのぐ映画史上最高を記録した。
ディズニーによると、24日に公開されたエンドゲームの公開後初の週末時点での世界興行収入は推定12億ドル(約1340億円)。デビューから5日間で10億ドルを突破した作品は映画史上初めてだった。これまでの記録は昨年公開されたシリーズ前作「アベンジャーズ インフィニティ・ウォー」の11日だった。
また、同じくインフィニティ・ウォーが保持していた公開週週末での世界興行収入6億4000万ドルの記録も上回った。
米国内の興行収入も記録を塗り替える3億5000万ドルに到達。インフィニティ・ウォーの2億5800万ドルを大幅に超えた。
エンドゲームの世界興行収入は、中国の3億3050万ドルが押し上げた形だった。海外興行収入だけで8億5600万ドルに達し、2017年の映画「ワイルド・スピード ICE BREAK」が保持していた記録を抜いた。
エンドゲームはロバート・ダウニー・ジュニアがアイアンマンを演じるシリーズ完結編で、上映時間は約3時間。ファンや評論家にも好評で、レビューサイト「Rotten Tomatoes」で96%、「CinemaScore」ではA+の評価を獲得している。

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面白い役者さん

洗剤CM好評で男性ファンも急増 絶好調の菅田将暉が新たなステージに突入〈dot.〉

4/29(月) 11:30
AERA dot.
洗剤CM好評で男性ファンも急増 絶好調の菅田将暉が新たなステージに突入〈dot.〉

洗剤CM好評で男性ファンも急増 絶好調の菅田将暉が新たなステージに突入〈dot.〉
「仮面ライダーW」で主演を務めた菅田将暉 (c)朝日新聞社
■週刊誌にCMギャラ3000万と書かれたが…

若手俳優として他の追随を許さないほどの個性を放っているのが菅田将暉(26)だ。俳優デビューしてから今年で10年となるが、まだ26歳という年齢で若手俳優の中でもトップクラスの人気を誇っている。ドラマや映画での主演も続き、ミュージシャンとしてもチャートにランクイン。ラジオ番組のパーソナリティもつとめ、さらにCMでも引っ張りだこと、抜きん出た存在感を放っている。

米津玄師「灰色と青(+菅田将暉)」にはゲストボーカルで参加
「先日『FLASH』(光文社)の『2019年度 男性タレントCMギャラランキング(1契約あたり)』という記事で、どの時点でのギャランティーなのか不明ですが3000万円と書かれていました。でも、本当はもっと高いですよ。大手広告会社が扱う枠だったら、菅田将暉のCM起用となると倍くらいはかかっているんじゃないでしょうか。それでもひっきりなしに出演が続いているのは、上手に出演作品を選んでイメージを保っているからだと思います」(大手広告会社テレビCM担当)

 こうしたなか、最近業界内で注目されているのが花王・アタックZEROの新テレビCM「ゼロ洗浄、はじまる」篇だ。菅田だけでなく、昨年あたりから加速度的に人気が上昇している松坂桃李(30)をはじめ、賀来賢人(29)、間宮祥太朗(25)、杉野遥亮(23)と売れっ子のイケメン俳優たちがそろい踏み。それぞれ自転車やバスなどを使ってかっこよく集合しながら、新製品をコミカルに紹介し合うといった内容だ。

「昨今、たくさんの男性が集まって“キャッキャウフフ”しているコンテンツへの需要が高まっています。ドラマでも『おっさんずラブ』が話題となり、今クールも『東京独身男子』(ともにテレビ朝日系)などが始まっています。実際に視聴率が取れるかどうかは不明ですが、とりあえず挑戦する価値はある、と判断されているくらいにはデータがあるようですね。そのなかで、撮影監督が今売れっ子ディレクターの近藤哲也さんで、デジタルではなくフィルムで撮影されているから、画がすごくきれいなんです。フィルムでの撮影だとやっぱり画がきれいになりますが、一方で費用もかさむのでクライアントとの信頼感がないと難しいですからね」(同)
 近藤氏は竹野内豊を起用した大和ハウスのCMや、高畑充希とバイきんぐ・西村瑞樹のコミカルな展開が楽しいダイハツのCMなどを手がけている。今回のCMもまさに彼の演出にピッタリとハマった役者たちが演技を繰り広げている。

「実はアタックZEROのCMを手がけては、auの『三太郎』シリーズと同じ電通のクリエーティブチームなんです。auはずっとCMランキング1位で好感度がものすごく高い。そしてその両方のCMに起用されているのが菅田さんなんですよね」(CM制作ディレクター)

■お笑い芸人とのやりとりを見て男性視聴者も認めた

 なぜこれほどに菅田は人気なのだろうか?

「一つは、露出が多くて好感度が高くて露出が多いのに、さまざまな役を演じ分けられるので既視感が少なく、使いやすいんだと思います。それについては、事務所が本人に対してのイメージをガチガチに決めこんでいないので、扱う側も本人も楽なんでしょう。菅田さんは仮面ライダー時代に、30代後半の女性を味方につけてから、auのCMで若い女子のハートをつかんでブレークしました。また、彼の独特な雰囲気と世界観は女性をとりこにしています」(前出の広告会社テレビCM担当)

 また、最近では男性からの人気も高まっており、俳優としてのステージが一段上がったと見る向きも。

「彼が持つ独特の個性は、最初、男性から見ると『どこがいいのかわからない』という感じだったと思います。しかし、菅田がお笑い好きでさまざまな芸人との親交が深く、芸人たちからもかわいがられている姿を見て、男性視聴者も『いいヤツなんだ』という印象を持つようになってきた。『しゃべくり007』や『行列のできる法律相談所』(ともに日本テレビ系)などで芸人と絡んでいる姿を見ていると、彼の人懐っこい部分が全面的に出ていますよね。そういう部分は男性からも好かれるんだと思います。個性的な格好をしている芸人に対して『菅田が濃い! その格好をして似合うのは、菅田将暉だけ!』といったようなツッコミをされることもありますが、そこで名前を出されるのも、彼の個性が認知を得ているうえで、好感度が高いことの証明です」(芸能事務所関係者)

 芸能リポーターの川内天子氏は、菅田は演技力以外にも強力な“武器”を持っていると言う。

「菅田さんは俳優なのに、台本なしで司会者や芸人顔負けのフリートークができるところが強みでしょう。ラジオ番組まで持っているので、自分の言葉で、いろんなものを表現できる。そんな役者はなかなかいません。2月に先輩である中村倫也がエランドール賞を受賞したとき、菅田さんがサプライズ登場したことがありましたが、ステージにあがって観客を笑わせ大いに場を盛り上げた。その姿は俳優というより一流のエンターテイナーでした。こうした彼の持つ才能は、もちろん役作りのうえでも大きなプラスとなっていると思います。数年前まで、他の若手イケメン俳優たちと“どんぐりの背比べ”だったこともありましたが、そこから一人勝ちできたのも、こうした才能があってのことでしょう。絶好調な今の姿を見ると、間違いなく一皮むけた感じがあります。今後も人気が衰えることはないでしょう」

 多くの人の期待を背負って彼の快進撃はしばらく続きそうだ。(ライター・黒崎さとし)

























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怒られてばかりの入局当時──。有働由美子が組織を卒業した理由

4/29(月) 12:00
Forbes JAPAN
怒られてばかりの入局当時──。有働由美子が組織を卒業した理由

怒られてばかりの入局当時──。有働由美子が組織を卒業した理由
日本テレビ系『news zero』でメインキャスターを務める有働由美子
「組織を離れる決断をいたしました」。2018年3月末、NHKの情報番組『あさイチ』で8年間キャスターを務めた有働由美子の突然の退局報告は、あっと世間を騒がせた。

あの日から1年。ジャーナリストとして国内外を取材しつつ、日本テレビ系の報道番組『news zero』のメインキャスターも務める有働。今だからこそ話せる「NHKを辞めた本当の理由」は。その先に見据える自身と世界の「わくわくする未来」は。2回にわたってお届けする(後編は5月1日公開)。

──27年間勤めたNHKを卒業されてから、1年が経ちました。改めて、卒業の理由を教えてください。

ひとつは、年齢的に管理業務を提示された時に、いや、もっと現場でやりたいですと思ったことです。そして、もう一つは何をやるにもNHKの枠で考えてしまう自分に、違和感も覚えていたからです。組織の目線で、これをしてはいけない、こう考えなくてはいけないと思ってしまう。「あさイチ」のキャスターを務めていたときも、自分はどう思うかより「組織の中で何が言えるか」を優先している自分がいる、ということがありました。

取材現場でも同じです。本当はもっと深く取材したいけれど、「NHKとして、これ以上は踏み込めないな」とか。震災報道にしても、当初は取材した瞬間だけを切り取って「私は取材した、見た」と伝えることに、わだかまりがあって。そのうち、自分が伝えたいことと組織の価値観とのぶつかりを、ぶつかりとすら思わなくなり始めていると気づきました。自分自身が、組織に合わせて思考を制限していたのです。

そのとき、ふと思いました。入局したばかりの頃は、何をやっても上司や先輩に怒られていたなと。「なんでそんなことを取材したんだ!」。毎日が、その繰り返しだった。でも今は、誰にも怒られなくなった。どちらが楽しいかというと昔のほうだし、当時のほうが色々なネタを掴んでいたように思います。

知らないことを自分なりに追いかけていけるのが、この仕事の面白さです。その感覚を取り戻すためにも、一度組織を出てもいいのではと考え、NHKを卒業しました。

──そもそも、有働さんが報道を目指した理由は何ですか。

きっかけは、小学校4年生の頃にさかのぼります。

第二次オイルショックの後、省エネのために学校の教室の電気を消していた時期がありました。でも大阪の繁華街は、ネオンがギラギラしている。なぜ、繁華街は電気を消さないのだろう。理由が知りたくて「毎日小学生新聞」の編集部に電話したら、丁寧に解説してくれました。そのとき、「私もこういう仕事がしたい」と強く思ったのが原点です。

小学校では壁新聞の製作などを手掛けていました。当時から面白いことを調べたい、それを誰かに伝えたいとの思いが人一倍強い子供でした。「面白いことがあるよ」と聞くと野次馬根性で付いて行って、家に帰って母親に見聞きしたことを逐一伝えていました。

NHKに入局した頃も同じです。道を歩いていて面白いものを発見したら、近くの家のインターホンを押して、「すみませ〜ん、表にあるもの、見せてもらってもいいですか」とやっていました。住民の方からあいつは本当にNHK職員かと問い合わせの連絡が入ったこともあるそうですが(笑)、そこから意外な生の情報が聞けたりするんですよね。3分の尺でラジオの番組を作る仕事を与えられると、自分が納得するまで徹底して取材を続ける。「3分のラジオのために何日かけてるんだ!」と、これまた上司に怒られましたけど。

新しい価値観に触れたり、新たな事実を知ったりするのが好きなんですよね。そして、自分が納得するまで追いかけていたいんです。
鎧を一つずつ外した

──フリーになって1年が過ぎました。当時の感覚は戻ってきましたか。

NHKを辞めてすぐに青森から茨城まで、10日間かけて車で回りました。そのとき、「ああ、昔はこうして人の話を聞くのが好きだったな」と思い出しました。

取材旅を始めた当初は、なんの肩書きもない自分に戸惑いを覚えました。「あ、NHKです。ちょっといいですか〜」とは、もう言えない。「すいません、有働です」というのも違う。「震災から8年を迎えるにあたり、皆さんにお話を聞いてるんですけど……」と声をかけても無視されたり、忙しいと言われたり。そこで痛感しました。NHK時代は当たり前のように、「取材者なので」という姿勢で臨んでいたなと。

一個人として、相手と同じ目線に降りないとダメだ。そう気づいてから、自分が身につけた鎧を一つずつ外していって。4日目にようやく「失礼しまーす。ご迷惑だと思うんですけど、私、最近NHK辞めちゃって。フリーターだから何の得にもならないかもしれませんが、勉強させてもらえますか?」と言いながら、現地の人たちと話ができるようになりました。

その後は行く先々で、他愛のない会話の端々に感じられる震災の傷みや悲しみをひたすら聞いて回りました。効率で言うと悪いし、本当に聞きたいことになかなか到達できないこともある。でも、この面倒や手間をかけてこそ取材だと改めて実感しました。本当に当たり前のことなんですけどね。どこかで先入観があったり、効率的に取材をしたいと持っていたんでしょうね。

──自分の殻を打ち破るには、相当なエネルギーを要します。それでも有働さんが、組織や肩書きを手放して挑戦を続ける理由は。

挑戦しないと、自分がどんどん凝り固まってしまうという危機感からです。そして、「本当はこうだよね」と伝えることをし続けないと、無責任な世の中を無責任に作ってしまうという怖さもあります。

私は今、50歳です。この歳になると、築き上げてきた城を壊して自分を解放するほうが難しい。それでもようやく、えいやっとブルドーザーを入れて更地を作った。だから守りに入ってはいけない。自分を枠に押し込めるようになったら、この仕事を辞めるべきだと思っています。

有働由美子(うどう・ゆみこ)◎1969年、鹿児島県生まれ。91年にNHKに入局し、ニュース番組やスポーツ番組などを担当。紅白歌合戦の司会も務めた。2007年から3年間、ニューヨーク特派員として米国に勤務。10年に『あさイチ』のキャスターに就任。18年3月にNHKを退局し、同10月から日本テレビ系『news zero』でメインキャスターを務める。
Forbes JAPAN 編集部







































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へぇー。

「機動戦士ガンダム」が描いた人間たちの"矛盾"

知られざる安彦良和氏の「仕事」に迫る

2019年に生誕40周年を迎えた『機動戦士ガンダム』。安彦作品とその仕事について評論家の杉田俊介氏に語ってもらった(写真:ロイター/アフロ)
ロボットアニメの金字塔『機動戦士ガンダム』のキャラクターデザインと作画監督をつとめた安彦良和氏。後にこれをコミカライズ(マンガ化)したことでも、世界的に広く知られている。
2019年は『機動戦士ガンダム』のテレビ放映開始から40年の節目にあたる記念の年である。『ガンダム』生誕40周年に合わせ、安彦氏によるマンガ『機動戦士ガンダム THE ORIGIN』のアニメ化作品が、『機動戦士ガンダム THE ORIGIN 前夜 赤い彗星』(テレビシリーズに再編集)として、4月29日からNHK総合テレビで放送される。喜びと興奮を抑えられないガンダムファンは多いのではないだろうか。
『機動戦士ガンダム』から始まって、その後のマンガ諸作品に至る一連の作品群に通底する安彦氏の思いと作品に込められたメッセージは、複雑化した現代を生きる者の胸に重く迫ってくる。
安彦良和の戦争と平和-ガンダム、マンガ、日本』を上梓した評論家の杉田俊介氏に、安彦作品とその仕事について語ってもらった。

独自の歴史マンガで世に問い続けてきた安彦作品

安彦良和氏の仕事の全体像は、今もまだ、十分に明らかになっていない。
安彦氏の名前は、1979年にテレビ放送が開始された『機動戦士ガンダム』のキャラクターデザイン・アニメーションディレクター・作画監督の仕事によって、世界的にも広く知られている。しかしもちろん、『機動戦士ガンダム』が安彦氏の仕事のすべてではない。安彦氏は1990年頃にアニメの世界からいったん離れ、マンガ家の仕事に専念し、誰にもまねのできない独自の歴史マンガを世に問い続けてきた。
明治以降の日本近代史を対象とする『虹色のトロツキー』『王道の狗』『天の血脈』『乾と巽』。日本古代史を舞台とする『ナムジ』『神武』『蚤の王』『ヤマトタケル』。そして西洋の政治宗教史(主にキリスト教関連)を題材とする『ジャンヌ』『イエス』『我が名はネロ』『アレクサンドロス』。これらの多彩で豊饒な作品世界は、同業のマンガ家たちからも畏敬の念を集めてきた。
わかり合おうとしてわかり合えず、何らかの理想を求めるが故に暴力に走り、平和を望んで戦争へと突入していく――そうした人間の歴史の矛盾と悪循環について、安彦作品は粘り強く問い続けてきた。容赦なく残酷に。だが穏やかでユーモアのある眼差しによって。
安彦氏は自らの人生を次のように振り返っている。1960年代は政治運動と青春の時期。1970年代はアニメーターとして生活と仕事に追われた時期。1980年代はアニメ監督に挑戦した時期。そして1990年代以降はアニメの世界と「決別」して、ひたすらマンガに専心した時期。
安彦良和 (やすひこ よしかず)1947年北海道生まれ。70年弘前大学中退後上京し、手塚治虫の「虫プロダクション」でアニメーターになる。1973年にフリーとなり、以後『機動戦士ガンダム』など大ヒットアニメの主要スタッフとして参加。キャラクターデザイン、作画監督、監督などアニメ界でマルチに活躍。1979年『アリオン』でマンガ家としてデビュー。1990年『ナムジ 大國主』で第19回日本漫画家協会賞優秀賞を受賞。2000年『王道の狗』で第4回文化庁メディア芸術祭マンガ部門優秀賞受賞。2012年『機動戦士ガンダム THE ORIGIN』で第43回星雲賞を受賞。マンガ作品は『ヴイナス戦記』『神武』『虹色のトロツキー』『イエス』『天の血脈』『ヤマトタケル』など多数、著作は『原点 THE ORIGIN』『革命とサブカル』などがある
さらに2000年代は『機動戦士ガンダム』をマンガ『機動戦士ガンダム THE ORIGIN』(以下『THE ORIGIN』)として自ら「整理(リライト)」した時期であり、2010年代以降は(その間も休みなくマンガを描き続けてはいたものの)『THE ORIGIN』をベースに、ガンダムの再アニメ化を試みようとした時期である、と。ほぼ10年ごとに区切りがあったのである。
安彦氏がガンダム作品の世界に深く関わったのは、長らく『機動戦士ガンダム』とその劇場版のみだった(いくつかのキャラクターデザインや作画監督、福井晴敏『機動戦士ガンダムUC』のカバーイラスト・口絵・挿絵などの仕事には携わっているが)。ガンダムはその後も次々と新シリーズや関連商品が出て、やがて巨大な神話体系となり、ガンダム産業を作り出してきたが、安彦氏は基本的にそれらのガンダムワールドからは距離を取っていた。
実際に、安彦氏の仕事の全体像を、ガンダムについてのマニアックな知識や情報によって語り尽くすことはできないだろう。さらに言えば、ガンダムの世界を十分に理解し楽しみたければ、安彦作品の主題となってきた日本近代史、天皇制、社会運動、キリスト教、アジア主義などについて幅広く関心を持ち、深く学ぶといいのではないだろうか。

安彦作品の醍醐味

安彦氏はアニメーターやマンガ家として優れている、というだけではない。明らかに――安彦氏はこういう大げさな言い方を嫌うだろうが――壮大な文明論や歴史観の持ち主であり、スケールの大きな「思想家」でもある。歴史論、戦争論、宗教論、革命論などを視野の外に置いて、氏の作品世界の全体像に迫ることはできない。
学生時代の全共闘運動などの経歴から誤解されがちだが、安彦氏の思想を単純に「右か左か」「保守か革新か」などの二元論によって割り切ることはできない。例えば満洲国やアジア主義への向き合い方は、きわめて両義的なものであり、また複雑かつ繊細なものだ。また日本古代史シリーズでは、右翼思想や歴史修正主義とも受け取られかねないような、古代天皇をめぐる虚実皮膜の危ういゾーンへと踏み込んでいる。だがそうした危うさの中に安彦作品の醍醐味がある、ともいえる。
近年、安彦氏の巨大な仕事の全貌を知るための準備が整いつつある。『原点 THE ORIGIN』(斉藤光政との共著、2017年3月、岩波書店)という評伝・自叙伝風の本が刊行され、また学生運動時代の仲間への取材の記録が一冊の本にもなった(『革命とサブカル』2018年10月、言視舎)。
それらに対して、『安彦良和の戦争と平和』(2019年2月、中央公論新社)は、一連の作品群から、その奥深さ、面白さを読み解いて作品がもつ普遍的な意味と魅力を探りあてようとする。安彦氏のアニメ、マンガ作品について総合的な評論がなされることは少なかったので、その点がこの本の独自性といえる。
なお今年2019年は、ガンダムシリーズの原点『機動戦士ガンダム』放送開始(1979年4月7日)から40周年を迎える節目の年であり、さまざまな記念イベントの情報も出ている。ハリウッドでの実写映画化もすでに発表された(サンライズとレジェンダリー・ピクチャーズとの共同制作)。4月29日からはアニメ版『機動戦士ガンダム THE ORIGIN』がテレビシリーズとしてNHK地上波で初放送される。
約20時間の取材を試みる中で、安彦氏にとって、アニメーター時代に『機動戦士ガンダム』の協同作業に参加した経験が決定的なものだったこと、それは私たちの想像以上に運命的な経験だったことを改めて確認することができた。実際に安彦氏は、アニメの世界と一度別れたあとも、『機動戦士ガンダム』を『THE ORIGIN』としてマンガ化し、さらにその一部をアニメ化してきた。『安彦良和の戦争と平和』で語られているように、『THE ORIGIN』の全体をアニメ化するという構想を温めているところである、とわかった。

戦後文化史に欠かせない作品

親子2世代、ひょっとして3世代のファンを獲得している『機動戦士ガンダム』の世界観は、もはや戦後文化史の重要な要素の一つとなっている。
『安彦良和の戦争と平和-ガンダム、マンガ、日本』(書影をクリックすると、アマゾンのサイトにジャンプします)
「人と人はわかり合えない」は『ガンダム』のテーマである。実際に、人間の歴史は誤解や敵対の繰り返しであり、果てしない暴力と平和の螺旋だった。しかし、その中でなお「人と人がわかり合おうする」とはどういうことか?
優れたエンターテイメントでありつつ、歴史、政治、宗教、民族、アジア、革命などのさまざまな困難な問題に正面から対峙している安彦良和氏の作品は、私たちにあたかも、そのことを問い直すことを促しているかのようである。
これから、新しい世代の読者が安彦氏の作品に触れてくれればいい、そして安彦良和という巨大な存在の全貌が次第に明らかになっていけばいい、と考えている。

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