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ふんふん。

平成から令和へ 3世代が語る日本の歩み「過去と未来」

2019年4月30日(火)10時00分
写真左はシステムエンジニアとして働いていた山一証券が破綻後、ラーメン店を開業した52歳の齋藤賢治さん、中央は19歳の大学生、原田百合さん。左は戦争を体験した82歳の二瓶治代さん。すべて4月撮影(2019年 ロイター/Kim Kyung-hoon/Issei Kato)
「平成」の31年間は、バブル後の景気低迷、大規模な自然災害、ITの進化、そして、日本が一度も戦争をしなかった時代として語られることが多い。
では、国民一人一人は、どのような喜びや悲しみ、不安を感じたのだろうか。ロイターは、異なる3つの世代へのインタビューを通して、平成がどのような時代だったのか検証した。

戦争体験

82歳の二瓶治代さんは、何十年間も戦争の記憶を封じ込めていた。母子が生きたまま空襲の炎に焼かれ、自分自身も逃げようとした人たちの死体の下敷きになり、妹の体には火傷にウジ虫がわいていた。思い出すのも辛い記憶だ。
しかし、第2次世界大戦の終結からほぼ60年、天皇陛下の即位から13年が経った2002年、彼女は戦争体験を語ろうと決めた。約10万人が犠牲となった1945年3月10日の東京大空襲について伝える戦災資料センターを訪れたことが、きっかけとなった。
戦争末期に8歳だった自分の経験を話すことによって、二瓶さんは、平和な時代しか知らない今の子どもたちに戦争の恐ろしさを伝えることができるのではないかと考えている。
「今の子どもたちは、戦争を全く知らない。それは素晴らしいことだけど、日本が70数年前まで戦争をしていた、その時のことを知らないと、また間違った道に行ってしまうんじゃないか、そういうことは常に思っている」と二瓶さんは、ロイターのインタビューで述べた。同センターで開催された子どもたちに戦争体験を語る会に参加するところだった。
現在の天皇陛下にとって、戦争の悲劇を忘れないようにすることは、最優先の使命だった。戦争では、兵士たちが天皇陛下の父、昭和天皇の名の下に戦い死んでいった。
二瓶さんは、天皇陛下が戦没者慰霊のため、数々の戦地を巡礼されてきたことを感謝し「サイパンに行かれた時の天皇、皇后両陛下の後姿がテレビに映ったのを見て、昭和天皇の犯した罪を彼らが本当に申し訳なかったと思ってらっしゃる、それが出ていて感動しました」と話す。
ただ、今の子どもたちにとって、今後ますます戦争が遠い世界の話になっていくのではないか、と二瓶さんは危惧している。「過去をしっかり勉強して、それを未来につなげてもらいたい」と彼女は言った。

バブル崩壊

52歳の齋藤賢治さんにとって、平成は劇的な変化と解放、そして新たなチャンスとの出会いだった。
1997年11月、当時システムエンジニアだった齋藤さんは、夜勤明けに出向先の会社で親戚から電話を受けた。「お前の会社、山一証券じゃなかったか」。
テレビをつけると、山一証券が自主廃業を決めたとのニュースが流れていた。「自主廃業って何なのか、意味さえわからなかった」と振り返る。
当時の野澤正平社長が記者会見で「社員は悪くありませんから。悪いのはわれわれです」と号泣しながら社員の再就職先を懇願した映像は、バブル経済崩壊の象徴的なシーンとして、何度も流された。
「山一がつぶれるなんて、だれも思わなかった。まさか、こんな大きな会社がいきなり」と齋藤さんはロイターに語った。
山一破たん後、前の上司の誘いでシステム会社に転職したが、2005年にサラリーマン生活を辞めて、好きなことを仕事にしようと、ラーメン店「ど・みそ」を開業。現在は、支店を10店舗経営するまでに成長した。
バブル崩壊後の「失われた10年」とも言われた景気停滞期は、多くの人にとって暗いイメージだが、齋藤さんは解放されたと感じたという。
「上に言われたことをやるのではなく、自分で考えてできるから、今はストレスがない」。平成という時代に転機が与えられたことは自分にとって良かった、と語った。

将来への不安

大規模な自然災害、技術の進化、そして先行きに対する不安──。これらが早稲田大学の学生・原田百合さん(19)にとっての平成だ。
2011年3月、東日本大震災が起きた時は11歳だった。学校から3時間かけて歩いて帰ったという。「衝撃だった。世の中の出来事で自分の生活がこんなに変わるんだと。学校は打ち切りになり、卒業式も延期になった」と振り返る。
小学生時代、携帯電話はガラケーを使っていて、スマートフォンが欲しかったが「信じられないくらい高いから、買えないと母に言われた」。中学生になり、スマホが安くなったので買ってもらった。「ほんとに技術的な進歩はすごい。それが平成の特徴かな、という感じがする」と原田さんは言う。
日本は今、歴史的な労働力不足に直面しているが、彼女は先行きはどうなるかわからないと不安を感じている。「ちょっと前の世代は、就職氷河期と言われていた。売り手市場がずっと続いてくれたらいいけど、不安に思っている人はたくさんいる」
長期的には、社会が不安定化することが心配だという。4月に日本政府は新たな外国人労働者の受け入れ制度を導入した。しかし、欧州や米国で反移民の声が大きくなっていることが心配で「日本もちゃんとそこを考えてやっていかないと、将来同じようになるのではないかと怖い」と原田さんは話す。
元号が令和に変わり、新たに始まる新時代の見通しについては、「明るく見たいけれど、見れないというのが正直なところ」と語った。
(Linda Sieg, Kwiyeon Ha,宮崎亜巳 編集:田巻一彦)

(* ̄- ̄)ふ〜ん

精神的な「苦痛や依存」を語り合うことの効果

北海道「べてるの家」の当事者会研究とは何か

「べてるの家」の理事を務める北海道医療大学の向谷地生良教授は、北海道のみならず全国を回り、当事者研究を軸にした対話の必要性を訴える講演や共同研究を行っている(写真:江連麻紀)
北海道浦河町にある「べてるの家」。精神障害などを抱えた人たちが、苦労を抱えたまま病院ではなく地域で生きていこうと1984年に生まれた、当事者の起業を目指した地域活動拠点だ。そのべてるの家で行われているのが、依存症や精神的な苦労を抱える人たちが、深刻な苦労を明るく語り合い励まし合う「当事者研究」である。
今や家族の中の対話「家族会議」としても取り入れられている「当事者研究」を広めてきたのが、ソーシャルワーカーとして支援しながら「べてるの家」の理事を務める、北海道医療大学看護福祉学部の向谷地生良教授である。

対話によって周りと関係を持って生きていける

「べてるの家は、いわばみんなが家族なんです。メンバー(精神障害などがあり、べてるで働いたりミーティングに参加したりする人たちのことを指す)の中には、親も祖父母もそのまた上の代も依存症に苦しんできた歴史を持っています。でも彼らは、対話をすることで、そうした精神的な苦しみを持ったまま、それなりに周りと関係を持ってちゃんと働いて生きていけるようになったんです」
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当事者研究はそもそも、依存症や統合失調症など深刻な問題を抱えた人たちが、自分たちの問題を“研究”して語り合うために生まれたものだ。
病院の精神科に入院すると、何十年も出てこられない人が多いという中で、向谷地教授は、数名と病院を出て地域で暮らし始めた。地元日高の昆布を販売するなど経済活動も自分たちで行い、ともに暮らす「家族」として病を語り合ってきた。
「精神障害のある人たちの生き死にに関わるような重いテーマは、これまで医師や心理士など専門家が支援することで預かってきた。でも支援者が困っている人を助けようとする、一方通行の構造や人間関係には無理があったんです。だからあえて私たちは、自分の問題を研究し語ることで、自分たちの生きる苦労を取り戻そうと、試してきたんです」
「べてるの家」のミーティングや当事者研究で大切にされている柱。「ともに」というのは同じ精神疾患を持つ当事者だけでなく、医療・福祉の専門職員や家族、地域の人々も含まれる(筆者撮影)
統合失調症患者の抱える幻覚や幻聴を「幻覚さん、幻聴さん」と呼んで仲良く付き合う、仲間の依存症が強くでてしまったら「順調に苦労してるね」と称え合う。弱さを開示し合って明るく日常を語り合い、精神的な問題を抱える当事者同士が生きる知恵を出し合うのが当事者研究だ。
もちろん、普通の家族会議と、べてるで行われている当事者研究はそのテーマの重さにおいて、同等ではないかもしれない。だが、弱さを持って生きているのは何も精神的な疾患や障害を抱えている人たちばかりではない。生きていれば誰でも、弱くなるときがある。その弱さが家族の中で語り合えるかどうかで、家族の関係は変わる。
「一般の家庭で行われる家族会議では、テーマ自体はもっと素朴かもしれないですね。でも、日本の昔ながらの『男は口数が少ないほうがいい』『おじいさんやお父さんが決めることが絶対』というような家族のあり方から、少しずつ意識が変わって、大人も子どもも気軽に話ができる場を持つ人がでてきたのは、すごくいいことだと思います」
向谷地教授自身も、家族との対話を大切にしてきたという。
向谷地家には4人の子どもがいる。全員がすでに成人しており、3人は実子で1人は里子だった。ほかにもべてるのメンバーの間に生まれた子どもたちを何人も預かりながら生活をしてきた。

キーワードは「情けなさ」

「今から15年ほど前に、メンバー間で子どもがどんどん生まれてベビーブームがあったんです。でも親はなかなか自分で育てられる状態じゃない。そうした子どもたちをうちだけでなく地域で預かってみんなで育ててきました」
いろんな事情で家にやってくるメンバーの子どもたちと、向谷地家の子どもたちは一緒になって育った。深刻な悩みと戦いながら生きている人がいる、いろんな大人がいて、いろんな状況に置かれた子どもがいることを、向谷地家の子どもたちは当たり前のこととして生活の中で学んでいった。
「べてるのメンバーが抱える家族の苦労を、家の中でよく話して聞かせていましたね。経済的にも貧しい中で、家族関係にも恵まれずに育った人たちだけど、その経験のおかげでいろんな人に出会い新しい関係を築こうとしているんだ、ということも。
とはいえ精神の苦労を抱えた人たちと、地域で暮らすというのは、簡単なことじゃない。散々な目にあって失敗もしました。そうした私の弱さも全部話してきました。それに私が遅刻や忘れ物の名人だってことも。そんな話をすると、子どもたちは目を輝かせて聞いてくれましたよ(笑)。とにかくキーワードは”情けなさ”。親は、頼りなくて機嫌がいいのがいちばんいいと思って子どもと対話してきましたね」
べてるでは、今、第2次ベビーブームの兆しがあるという。
「最近も、メンバーのカップルが赤ちゃんを授かったんです。お母さんはエイリアンやおばけの幻覚がある人で。赤ちゃんのお父さんを宇宙人だ、と言っているんでね(笑)。普通だったら、病院で薬を飲まされて、暴れたらすぐ拘束されてしまいます。でもそんな彼女も対話をすることで、落ち着くことができる。赤ちゃんは今また、べてるの関係者みんなで育てています」
第1次ベビーブームのときに、みんなで育てた子どもたちは、思春期や成人期を迎えている。それぞれが自分たちの進む道を見つけ、“普通に”成長しているという。 
親が弱くても、苦労を抱えていても、みんなで対話をすること、周囲が見守っていくことで、精神的な障害や依存の連鎖は絶たれていった。

べてるの例を自らの家族会議に取り入れたい

「十数年前にみんなで育てた子どもたちが、大きくなって何の依存症にも悩まされず大きくなった。成人してちゃんと働いたり家族を持ったりしているんです。
親はたまたま大変だったけど、いろんな大人がいて守られているとわかっていたからです。苦労の詰まった人たちが対話をすることで解決していった例をたくさん見てきました。対話には、人間が人間らしく生きるための要素が詰まっている、と思います」と向谷地教授は言う。
大きな模造紙にマジックカラーペンで、家族の問題について話し合う参加者たち。15分の制限時間を大幅に超えるほど盛り上がった(筆者撮影)
そんなべてるの当事者会議を自らの家庭に取り入れようという人も少なくない。3月末にべてるの家で開かれたイベントには、50人以上が参加。
中には登校拒否、引きこもり、発達障害、親子関係の歪みなど、さまざまな家庭の問題を抱えた人たちもいた。だが、「家族会議をしたいが糸口がつかめない」「どんなことを話せばいいかわからない」と参加者たちは口々に言う。
当日、参加者から出た悩みはざっとこんな内容だ。
・思春期の子どもとの会話の糸口がない。
・自分の思うことを家族の前でうまく言えない。
・完璧な親だと思われていて、顔色をうかがう子どもたちが悲しい。
・ケンカが多く、仲直りのきっかけがわからない。
・それぞれが自分の話したいことだけ話している。
・年老いた両親との距離感がわからない。
家族だからこそ抱える悩みが、家族だからこそうまく解決できていない。そして誰もが「家族でもっと話したい」と思い合っている姿が、見えてきた。
「最初は聞く。これが対話の基本ですね。聞くことと、自分が話したいことを分けるんですね。まずは相手の話を聞いて、そして自分の話も聞いてもらう。だんだんそれが対話になっていけばいいですよね」と向谷地教授。

家族をつくることは大きな実験

「普通の雑談や会話から話を深めていってもいいし、家の中で困ったことがあるなら『お母さん、こういう家事や人付き合いは苦手なんだよね』と話してもいい。親が自分の苦労を話せるようになれば、子どもたちは聞いてくれるし、安心して自分のことを話せるようになるはずですよ。完璧な親の前で、子どもは話などできません。家族会議をするなら、親はちゃんと情けないものだと子どもに伝えないとね(笑)」
昔ながらのスタイルで、家父長制が強い家もあるだろう。親が忙しく、あまり話せない家族もあるだろう。親が子をついコントロールしてしまう家もあるだろう。
「家族の対話なんて、最初からうまくいくわけないですよ。言葉だけでなく団欒から始めてもいい。ケンカをしたり、親が押し付けるようなことを言ってしまって失敗してもいい。少しずつどういう家族会議が自分の家族にとってベストな対話のあり方かを探っていく。そのプロセスこそが大切なのであって、楽しいんだと思います」
家族をつくることは大きな実験だ、と向谷地教授はいう。うまくいかない。苦労も多い。その苦労をどれだけほかの家族のメンバーと分け合えるか。それが家族会議の醍醐味だ。

へぇー。

よみうりランドが描く「スーパー遊園地」の夢

老舗遊園地はテーマパークに追いつけるか

よみうりランドのメリーゴーランドは馬だけでなく、マスコットキャラクター「グッド」に乗ることもできる(写真:よみうりランド)
スギちゃんやゴー☆ジャス、キンタロー、安田大サーカス、メイプル超合金…。この大型10連休中、老舗の遊園地・よみうりランドが、日替わりで人気芸人を迎える「超お笑いLIVE 10連発」で集客を図っている。
よみうりランドは読売グループ傘下で遊園地や競馬場、ゴルフ場などのレジャー施設を運営するが、業績は好調だ。
4月22日に公表した2019年3月期の業績は売上高219億円(前期比4.9%増)、営業利益は32億円(同40.9%増)だった。夏のプールと冬場のイルミネーションが好調だったことで、1992年3月期以来、約30年ぶりとなる水準の営業利益をたたき出した。

ブチ上げた「スーパー遊園地」構想

よみうりランドは2月6日、2029年3月期までの10カ年計画「飛躍」を公表。遊園地の集客を増やし、「スーパー遊園地」へ変貌させるというスローガンを掲げている。
手始めに、今秋〜冬に小動物のパフォーマンスが見られる「エンタメ植物園」を園内の日本庭園を候補地に開業するほか、スケジュールは未定だが、AR(拡張現実)を軸に映像技術を生かした「アート水族館」の開設や2016年3月に開業したモノづくり体験アトラクションエリア「グッジョバ!!」の拡大リニューアル、世界一を標榜する大型ジェットコースターの新設、プールの拡張などを計画している。
設備投資額は船橋競馬場の観覧スタンドの建て替え費用約100億円を含め、10年間で550億円を見込む。遊園地の入園者数は2019年3月期の191万人から2024年3月期に260万人、2029年3月期に433万人と10年で約2.3倍まで増やす計画だ。
よみうりランドは1964年に開園し、50年以上の歴史を持つ。オリエンタルランドが運営する東京ディズニーリゾートやユニバーサル・スタジオ・ジャパン(USJ)のように、空間全体を演出する「テーマパーク」ではない。
ジェットコースターや観覧車、垂直に昇降する絶叫アトラクション・フリーフォールなど個別のアトラクション体験が売りの典型的な遊園地だ。客層はファミリーや若者である。
高度経済成長期が過ぎた後もループコースターや大観覧車、ゴーカートのロングコースを相次ぎ投入。1988年には当時、世界最速とされた看板ジェットコースター「バンデット」もオープンし、頻繁にアトラクションを入れ替えて右肩上がりの成長を続けてきた。
ただ、バブル崩壊によるレジャー市場の縮小や、娯楽の多様化でアトラクション導入効果が持続するサイクルが短くなり、1990年代以降、年間の入園者数が60万人台に低迷したこともあった。
よみうりランドの杉山美邦社長は、トレンドに敏感になる必要がある遊園地経営の難しさを語った(撮影:今井康一)
そこで近年は、600万球もの電球を用いた大規模なイルミネーションイベント「ジュエルミネーション」を中心に、各種イベントを積極的に展開。見事に再成長を遂げ、入園者数は2016年の193万人まで過去最高を立て続けに更新した。
だが読売新聞の記者出身で、2017年6月に社長に就任した杉山美邦氏は、「入園者数は足踏み状態。この業界は(新施設を開業しても)2〜3年も経てば飽きられてしまう」と危機感を募らせる。ここ数年は台風や酷暑といった天候要因もあり、200万人の大台を前に入園者数は伸び悩んでいるからだ。

ディズニー、USJを目指す理由

杉山社長は「われわれは(相撲でいう)幕内だが、社員にはディズニーリゾート、USJという東西の横綱を目指せと言っている」と言う。だが、ディズニーリゾートやUSJに並ぶために「今までの遊園地の枠を超えていかないと発展できない」(同)ことは明白だった。
そこで2018年夏、全社員に対し「企業を飛躍的に成長させるアイデアを出してくださいと『夏休みの宿題』を出した」(同)。面白いアイデアを出した社員には、杉山社長自ら詳しく話を聞いた。
エンタメ植物園やアート水族館も、この時に飛び出したアイデアだという。例えば植物園は全国でシニア層を中心に人気を博しており、高齢化に対応して客層の拡大を狙うコンテンツだ。「全国の植物園を見てきたが、公立が多い。われわれはエンタメ性を加える」(杉山社長)。
遊園地の集客に、エンタメ植物園の年間30万人、アート水族館で130万人が加わることを想定する。現在はこの2つが公表されているが、「(典型的なタイプのコンテンツでは)全くないものもある」(杉山社長)と、同様に遊園地らしからぬ施設を検討している。具体的な方向性はまだ定まっていないようだが、伝統的なアトラクション以外のコンテンツを充実させる「スーパー遊園地」を目指している。
もちろん「スーパー遊園地」となる目的は単なる再成長ではなく、ディズニーリゾートやUSJに「集客力」で引けをとらない遊園地となるためだ。年間の入園者数で「東西の横綱」に並んで初めて「スーパー遊園地」と名乗れるといえる。
よみうりランドの約200万人という入園者数は決して少なくないが、オリエンタルランドの3000万人超、USJの約1500万人に比べると、1桁少ない。新宿駅から電車で25分という立地にもかかわらず、長崎のハウステンボスの300万人弱とは大きな差がある。
アトラクションや新施設を充実させても、投資に見合った集客ができなければ、ディズニーリゾートやUSJに匹敵するような「スーパー遊園地」にはなれない。

カギは首都圏の認知度向上とインバウンド

一般的な遊園地の場合、入園者の多くは周辺や地元の住民となる。よみうりランドの場合、現在の入園者の大部分は東京都と神奈川県の住民が占めており、拡大には近隣の北関東や甲信越での宣伝活動が不可欠となる。
もう1つ開拓の余地が大きいのは、訪日観光客(インバウンド)の取り込みだ。10カ年計画には「訪日外国人」や「海外」という単語が目立つ。現状、インバウンド客の割合はわずかで、「(インバウンドが)年間3000万人を超えてくる巨大なマーケットであることを自覚し、強化していく」と杉山社長は意気込む。
とはいえ、よみうりランドの入園者数が10年かけて計画通りに増えても、現在のUSJの半分以下にとどまる。ディズニーリゾートは大規模な拡張計画を、USJも大型のアトラクション導入を進めており、よみうりランドにとって両横綱の背中は遠くに位置している。老舗の遊園地が第3極の「スーパー遊園地」となる日は来るのか。

(* ̄- ̄)ふ〜ん

住宅ローン「早く返すほどベスト」という勘違い

総額で得しても家計の資金繰りはきつくなる

「借金は悪」「少しでも早く返さねば」と考えるのはかえって危険かも(写真:tomcat/ PIXTA)
今年(2019年)10月に、消費税が増税されることはほぼ既定路線となった。それに伴って住宅ローン減税の拡充も決まった。建物部分にかかる消費税の2%分、つまり増税分を従来の減税分に上乗せして消費者に返す仕組みとなる。
結果として増税前でも後でも税金による損得はなくなったと考えていい。消費税に関係なく、欲しいタイミング欲しい物件を無理のない範囲で買えばいいということになる。
住宅購入で多くの人が勘違いしていることに「短期間で返済することが正しい」というものがある。住宅ローンの借入期間は通常35年が最長となるが、「それよりも短く返済したほうがいい」「できるだけ借入期間は短いほうがいい」といった考え方だ。そんなアドバイスをフィナンシャルプランナー(FP)がすることも珍しくない。短期間で返済したほうがいいことはわざわざ論じるまでもない常識、と考えている人も多い。
最初から借入期間を短くする、あるいは繰り上げ返済で借入期間を短くする……借入期間が短ければ利息負担が少なく得をすることは間違いないが、決してメリットだけではない。かえってハイリスクになると断言してもいい。

20年ローンと35年ローン、返済額の差は?

分かりやすくするため、20年ローンと35年ローンで借入期間に長めの差をつけて比較してみたい。
前提条件として、借入額は4000万円、金利はフラット35で35年ローンは1.270%、20年ローンは1.210%で試算する(執筆時点、2019年4月の金利で計算。フラット35Sは除外。20年で返済の場合はフラット20が適用され金利がわずかに下がる)。
この数字で計算すると、毎月の返済額と返済総額、そして住宅ローン減税(控除※)を考慮した実際の支払総額は20年ローンで約4207万円、35年ローンで約4608万円だ。
※年末の住宅ローン残高の1%が10年間、所得税・住民税から差し引かれる
毎月の返済額は35年ローンが約11.8万円に対し、20年ローンは約18.7万円とかなり多いが短期間でなおかつ低金利で返済することになるため、35年ローンと比べて返済総額で400万円も得をする(毎月の返済額は住宅ローン減税を考慮せず)。損得で考えれば圧倒的に20年ローンが有利であることは間違いない。
しかし「資金繰り」、つまり手元資金の推移で考えるとまったく異なる数字が見えてくる。

2つのローンの返済額

20年ローンと35年ローン、2つのローンの差額は月額で約7万円、1年間では約84万円となる。つまり35年ローンは20年ローンと比べて年間80万円以上も支払額が少なく、その分だけ手元に多くのお金が残せる。
住宅購入のタイミングは、結婚して子どもが生まれてから小学校に入学する前までが特に多い。購入から10年後、つまり子どもが大きくなって中学校に入学する前後の頃には20年ローンと35年ローンの支払総額の差は、住宅ローン減税を考慮すると約885万円となる。つまり35年ローンのほうが手元に残るお金が約885万円も多い。
高校を卒業して大学進学のタイミングと重なる15年後で考えれば差額は約1304万円とさらに広がる。この金額は2人の子どもを手持ちの資金だけで大学に進学させられるか、奨学金を借りるか、というほど大きな差だ。
そして20年後、20年ローンは当然ながら完済して約4207万円を支払っている。一方、35年ローンはまだ約2484万円しか払っていない。この時点で35年ローンは20年ローンより手元資金が約1722万円も多い。グラフにしてみると一目瞭然だ。
※住宅ローン減税を考慮して計算
累計支払総額の推移をグラフで見て、双方とも完済した時点の支払総額を比較すると、前述のとおり20年ローンのほうが400万円ほどお得だ。しかし、途中経過を見ると支払額には大きな差が生じている。返済開始当初は、20年ローンの支払い総額のほうが35年ローンのそれと比べて突出して多い。
グラフにしてみたときには「なんだかおかしい」と感じる人も少なくないかもしれない。「返済総額が少ない20年ローンのほうが支払い額が多い……?と混乱してしまうかもしれない。これが資金繰りを考える際に最も重要な点だ。
結果的には20年ローンのほうが支払総額は少ないが、「途中経過」を見ると35年ローンのほうが支払額の少ない期間がずっと続く。35年ローンの支払額が20年ローンの支払総額である約4207万を追い越すのは33年目になってからだ。つまり損得と資金繰りはタイミングがズレる。
ゆっくり返すということは利息の発生する期間が長いことを意味し、つまりそれだけ返済額が多い。それでも返済期間中はゆっくり返済することになるため、貯金をためやすい。資金繰りを重視した住宅ローンの資金計画とは、結果だけではなく途中経過も重視して返済することを意味する。
「うちは収入が高いから大丈夫」と考えて短期間でローンを組むとどうなるか。貯金はまったく増えず、大学進学を考える頃には貯金が極端に少なく、加えて日本学生支援機構の奨学金は所得制限もあって奨学金が借りられない状況に陥りかねない。結果的に金利の高い教育ローンを組むことになるかもしれない。

期限の利益で考えてみよう

返済が遅れない限り当初の契約に従って時間をかけて借金を返済していい、という状況を「期限の利益」という。言葉通り、ゆっくり返すことはお金を借りた人にとっては利益がある状況だ。街金が舞台の漫画「ナニワ金融道」では、一度でも返済が遅れた人に「今すぐ全額を返せ!」と迫るシーンが多数出てくる。その根拠となるのが「期限の利益」の喪失だ。契約内容によっては、返済が滞った場合はすぐに全額返済をするように定められている場合がある。
家を買う際にローンを組む理由は、大抵の人が現金払いで買えるほど貯金がないからだ。そこでお金を借りて家を買い、長期間返済を続ける。
多くの人が勘違いしているが、お金を借りられること、そしてゆっくり返していい状況は借り手の権利であり利益、つまりメリットだ。とくに低金利の現在はそのメリットが昔よりさらに大きくなっている。もともと手元のお金が少ないから借金をしているのに、慌てて返済をするのでは何をやっているのかまったくわからない。
借りたお金は必ず返さなければいけない一方で、将来の収入は未確定だ。したがって借金はないに越したことはない。しかし一度ローンを組んだ場合、返済を急いで手元のお金を極端に減らすとかえってリスクが高くなる。なぜなら企業でも個人でも、破綻するのは支払いができなくなったときだからだ。
借金はしないに越したことはないが、借金をした後はゆっくり返したほうがいい場合がある。つまり借金をする前と後では認識を変えたほうがいい。それにもかかわらず、借金をした後も「借金は悪」「少しでも早く返したほうがいい」という行動をとってしまうとかえって危険な状況に陥ってしまう。
多少損をしようと手元にお金を残して支払いを確実にできる状況にしておくこと、つまり資金繰りを優先することは、企業の経営者にとっては常識だが個人の借金返済では常識ではない。そもそも個人の借金で資金繰りを意識している人は極めて少ない。個人でも法人でも破綻するのはショートしたとき、つまり資金繰りが止まったときにもかかわらずである。
現在では、住宅ローンの借入期間による利息負担の違いや、繰り上げ返済で利息はどれくらい減らせるかといった計算は金融機関に出向くまでもなくネット上のシミュレーターで手軽にできる。今回事例に書いた計算も簡単に再現できると思うが、重要なことは損得とは別に「資金繰り」という視点があると知ることだ。

早めにローンを減らし教育費負担に備えるという勘違い

短期間で返済を終えようとするとお金の出ていくスピードが速くなる。早めにローンの返済を終えて将来の教育費負担に備える(とくに負担の大きい大学費用)、と考えている人も多いと思うがそれは完全に間違いだ。早めにローンを終えると、かえって手元のお金が大幅に減り、教育費の支払いに困ってしまう。
今回のシミュレーションは20年ローンと35年ローンを比較したが、35年ローンで毎年繰上げ返済(期間短縮型)をどんどん行えば、20年ローンに近い状況へとなっていく。

(* ̄- ̄)ふ〜ん

普通の女子大生4人が語る、困窮生活のリアル

1日に使える生活費は平均677円

原田恵さん(仮名、左)と多田葵さん(同右)は就活にも追われ忙しい日々を送る(写真:週刊女性PRIME)
1日当たりの生活費はわずか677円!
親元を離れて暮らす首都圏の私立大学生が、新たな貧困層になりつつあるという。
「厳しい実態が浮き出たと思います。ただ、ここまで厳しいとは本当に衝撃的でした」
調査結果を発表した東京私大教連(東京地区私立大学教職員組合連合)の担当者も、ショックを隠さない。
当記事は「週刊女性PRIME」(運営:主婦と生活社)の提供記事です
2018年度に首都圏の私立大学14大学に入学した新入生の家庭を対象にしたアンケート調査結果は、入学後に出費が落ち着く6月以降の毎月の仕送り平均額は8万3100円で調査開始以来、過去最低になったことが明らかに。そこから家賃を除いた生活費は2万300円で、1日当たり自由になるお金は677円。ピークだった1990年度が2460円だから差は歴然としている。
食費や光熱費をそこから捻出できるのか……。

スマホのやりとりで満足

城西国際大学大学院准教授で生活経済アドバイザーの柏木理佳さんは、
「学生が確実に借りる場所にあるワンルームのアパートの家賃は、比較的高めに設定されています。建物も耐震用に変わってきていますので、昔のような古いアパートなどはどんどん減っています」
と家賃の高さを指摘する。
調査によれば、平均家賃は6万2800円。仕送りに対する家賃の割合は7割を超えている。“ひとり暮らしの家賃は月収の3分の1”という目安の逆で、生存はできるのか。
前出・柏木准教授は、学生の置かれた窮状を、
「スマホは生活必需品となっているので削ることはできない。テキストや専門書なども購入しなくてはならない。学食は高い。交通費もかかる。お金に余裕がなければサークル活動も難しい。飲み会も減っている印象がありますね」
と伝えるが、悲壮感は感じないという。
「みんなでお金をかけて集まって何かをしようという機会が減ってきていると思います。少人数でちょこっとしゃべったりしますが、あとはスマホがありますから、そのやりとりで満足しているようです」
都内の有名私大に通う女子大生4人に実態を聞いてみた。
愛知県出身の木下遥さん(仮名、大学4年)は、最寄り駅まで徒歩10分、家賃6万5000円の部屋で暮らしている。
「東京だと、この家賃でもかなり安いほうだと思います。それにプラス3万円を生活費として仕送りしてもらっています」
仕送り総額は平均をはるかに上回る9万5000円。東京に慣れてから木下さんはアルバイトを始めることになるが、それまでの暮らし向きは厳しかったと振り返る。
まずは光熱費編。
「電気代や水道代を浮かせるために、洗濯はため込んでから一気にしました。講義が終わると、図書館や学生ホールに入り浸って、疲れて早く帰りたいと思っても、帰宅するとエアコンをつけたりして電気代がかかるから『まだ帰っちゃダメ!』って、自分に言い聞かせていました。ストレスを感じましたね」
続いて食費編。
祖母が送ってくれたお米とスーパーで買う納豆が、入学当初のメインディッシュでした。だんだん飽きがきて、でもきちんとした食事を作ろうと思ってもひとりでは食べきれず食材を捨ててしまうこともありました。もったいないので、またごはんと納豆……。食べることが好きな私にとっては、なんか悲しいというか、むなしくなるんです」
そんな食のストレス。解消するために選んだアルバイト先は、大学から自宅の中間地点にある定食屋さんだった。
「人生初めてのアルバイトでした。時給は1000円。2年間ぐらい働いていました。まかないはありませんが、店のメニューを半額で食べられました。いちばん好きだったのはすき焼き定食とレバニラ定食。ただ、少しでも安いサバの塩焼きと焼きうどんをよく食べていました」
現在はハワイアン料理店とライブなどのイベントスタッフの短期バイトを組み合わせて稼ぎ、就職活動にも追われている。
「食費は平均1日1000円で収めようとしています。朝ごはんはあまり食べないですね。昼食は、家でおにぎりを作って持ってきたり。学食はほとんど使いません。夜はスーパーで食材を買って自炊します」
家に帰っちゃダメ、と自分に言い聞かせることは、もうなくなったそうだ。

節約のため食べない日も

静岡県出身の原田恵さん(仮名、大学4年)は、
「家賃が9万円、オートロックです。それと生活費で5万円仕送りしてもらっています」
合計14万円。大学1年の10月から翌春まで、駅前の惣菜店でのアルバイトを続けたが、選んだ理由は明快。
廃棄する惣菜をもらいたかったからです。あとは自宅から近かったからですね。1年生のときは時間割がキツキツで、あまりバイトに入れないと正直に言ったら落とされたこともありました」
時給は1000円。それと惣菜の売れ残り。食費を切り詰めるのは今も習慣になっていて、
「1日1000円くらいに抑えようと思っています。1日3食、食べない日もあります。休日も、予定が何もないときは昼ごろまで寝たり、家から一歩も外に出ないことも多いですね」
と、すっかり倹約家だ。
静岡県出身の多田葵さん(仮名、大学4年)は、弟と2人暮らしで家賃は12万5000円。
「1人当たり6万円ちょっとですから安いのかなと。生活費として3万5000円仕送りしてもらっています」
これまで塾講師やピザ店、短期バイトを経験し、
「最近は伯母の紹介で百貨店で雑貨を売るアルバイトをしています。1日で1万円もらえます」
と高額バイトに就いたが、
「サークル活動があるため土曜日は入れません、とカフェの面接で伝えたら落とされたことがありました」
食事は1日3食しっかり食べる派で、食パンを冷凍保存し長持ちさせる生活の知恵もしっかり。休日は、
「録画したドラマを見たり、ゆったり過ごすことが多い」
友達とは、飲み会よりランチやお茶をすることが多いという。実に健康的だ。

きょうだいの進学のため減額された仕送り

山梨県出身の山下由香さん(仮名、大学3年)は、
「大学1年の6月からカフェでバイトし、今も続けています。時給1000円です」
と長期アルバイトを継続中。電車でアルバイト先に通う点が面倒だと感じるが、
「採用条件が週に3日以上入ることで、1〜2年生のころは週3日シフトに入っていました。今は週に4日入っています。人手不足だからです」
そのため月収は約7万円。貯金もしている。家賃は7万9000円で、これまでの生活費7万円の仕送りは、今年から弟も上京するので、5万円に減額されたというが、お金に心配はないという。
「飲み会代は月に1〜2回で、1回につき3000円くらい」
とアルコール摂取はまれ。最近、自炊も始めたという。
栄養の偏りや食事の回数が心配だが、厳しい仕送り事情を嘆くことなく、大学生は手堅く生きている。

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