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大学4回生の冬。
その電話をくれたのが誰だったのか、実は思い出せないのですが、同級生の山田君が、交通事故で亡くなったという知らせでした。
山田君のことを上手に説明できないもどかしさをいつも感じます。真面目で几帳面で優しい男だったのですが、そのような誉め言葉をいくら並べても、多くのものが溢れてしまう気がするのです。
小学校3年生の春。初めて同じクラスになりました。
僕と違って「調子に乗る」ということが絶対にない、常に落ち着いた雰囲気の少年でした。お調子者の極みのような僕とは真逆の性格でしたが、僕は彼のことが大好きになりました。
中学2年の冬に、僕が初めて作った「木枯らし」というタイトルのオリジナルソングを、ドキドキしながら聴いてもらった相手も、山田君でした。山田君は、「いい曲だと思うよ」と言ってくれました。その次に作った「未亡人」(マジかw)という曲を聴いてもらったときは、申し訳なさそうに小さく笑いながら「前の曲とどこが違うかわかんない」と言いましたw
高校時代。毎日のように彼の家に寄り、彼のフォークギターを僕が抱え、メロディを探しました。彼は、エラリークイーンの国名シリーズを読みながら、僕が口ずさむ何だかわからない念仏のようなものを「今のいいかも」と、ボソッとつぶやいたりしてくれました。
大学は別になりましたが、2回生の夏、ふたりとも帰省していたので、彼が僕の家に遊びに来ました。ふたりで瓶ビールを10本以上開けました。当時リリースされたばかりだった桑田佳祐の1stソロアルバム“KEISUKE KUWATA”の話になり、彼は「“今でも君を愛してる“という作品が一番好きだ」と言いました。
彼がどのように思っていたかはわかりませんが、僕は彼のことを親友だと思っていました。
彼が死んでしまってからしばらくして、僕は彼のために歌を作りました。「雨が降るのに星が見える夜」というタイトルになりました。ライブをする度に僕は、あまり上手に歌えていないことがわかっていても、必ず、セットリストに加えています。
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