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(8)よばり塚の言い伝え
流れ川の河童たちが挑もうとしている「よばり塚」には、様々な言い伝えが残る。
かの有名な水戸光圀(水戸黄門)がこの場所へ潜ったそうな…。その時、彼はその水底
で機を織る美しい女性に出会ったという。「ここへ来た者は何人たりとも生きて帰れない
のですが、そなたは高貴なお方、特別に助けてあげましょう。二度とおいでなされないよ
うに…」と言われて助かったそうな…。その女性にあやかり、光圀はこの場所を「織姫
塚」と名づけたと云う説が残る。
またこの辺りは昔から船の難所と言われていた。断崖が一気に水底に切れ落ちる「よば
り塚」は、五・六間ほど沖合いに岩磯が存在する。その突き出る頭角は、大潮の干潮でも
なければその姿を水面に現さない。過去幾度となくこの磯に座礁した船もあった事だろ
う。そうした事故で命を落とした死者たちの霊が、ここを訪れる者たちを水底へ呼び込む
と云う。だから「よばり塚と云うんだ」とも伝え聞く。
「よばり塚」にはその他諸々の説が語り継がれているが、その真意は憶測の域を出てい
ないものばかりである。言い伝えどおり「九穴のアワビ」や「百尋のワカメ」が、果して
その水底に存在するのかどうか…。流れ川の河童たちは正しくその真相を確かめようとし
ているのかもしれない。その行動が勇敢なのか、無鉄砲なのか、あの頃の少年たちの好奇
心は計り知れぬほど旺盛だったと…なつかしく今なら思える。
不気味な言い伝えばかりが残る「よばり塚」。その伝説の由来は憶測の中で語り継がれ
ればいい。未踏の水底をその目にしっかりと焼きつけたい。そのような無垢の水底ならば
こそ、想像を超えた目指す代物たちが居るかもしれない。どう格闘するか。どうし止める
か。もはや「九穴のアワビ」も「百尋のワカメ」の存在も一裕の頭の中には無かった。た
だひたすら想像することは、水底の地形や生息する獲物たちのことばかりである。
問題は…いかに秘密裏に実行するかだけである。事前にその行動がばれたら、父をもふ
くめた大人たちから必ず激高を買う。手厳しく阻止される。それだけが難問であった。あ
くまでも秘密裏に実行するか…一裕は賭けていた。
流れ川(涸沼川)で川遊びを覚え、蜆採りから始まった一裕の少年時代。
水に潜る経験は浅瀬から深みへ、掘割の岸壁から水浜電車の鉄橋、国道51号平戸橋
(涸沼橋)のピンヤへと経験は積み重なってきた。その先は何…そのまた先は何と連なっ
てきた。蜆と云う小さな貝採りから始まって、やがて天然のウナギという代物へたどり着
いた経験が、今まさに「よばり塚」まで足を伸ばそうとしている。
今思えば…初めて少年たちの目の中に飛び込んできた天然ウナギの姿は、どう捕まえる
かの好奇心に発達していった。つかみづらいウナギを捕らえるためにモリと云う道具をあ
み出し、その獲物が潜んでいそうな場所も少しずつ身体に言い聞かせた。それこそ誰に習
ったわけでもないウナギ突き。当時…大人たちも、少年たちが潜ってウナギをし止める技
に、好奇な目を向けていたのを記憶している。
少年たちにとって、夜釣りと云う方法でしか獲得出来なかった天然のウナギ。真っ昼
間、こんな所に潜んでいるのかを目の当たりにし、どう獲るかを会得してゆく経験は貴重
な思い出として鮮明に残っている。
明日はいよいよ伝説の地「よばり塚」へ出かける。
流れ川の河童たちの目にどう映るか…。仲間たちにどうしても見せたかった一裕の心
が躍っている。言い伝えられてきた昔話を確かめるための密行。
集く虫の音を聞きながらの眠れぬ夜…一裕の胸は明日へと高鳴っていた。
2013.7.3
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