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(9)河童たちの冒険
約束どおり河童たちは全員、秀雄の家が在るお稲荷さんに集まっていた。
だがその表情を見る限り、いつもの明るい河童たちの顔ではなかった。何かを予感し硬
くなっている様に一裕には見えた。。一裕以外…彼らにとってまったくの未踏の地「よば
り塚」へ初めて足を踏み入れる。その表情は真剣そのものだ。果してかの地に何が待ち受
けるのか…。一度は見たいという好奇心と、言い伝わる不気味な恐怖心が入り混じってい
ることが伺える。
「大丈夫だよ。そんなに怖いところじゃねぇ。見ればわかるよ」
なだめるよう一裕はつぶやいた。
「カッちゃんは一回見てるからいいけど…俺たちは初めてだもの」
「おい正博…お前ぇ怖くねぇのか?」
力が正博の表情を確かめている。
「別に…俺はカッちゃんについてくだけだから…それより力やん怖いの?…」
正博がけん制するよう力に言い返した。
「馬鹿!怖いわけねぇだろう!どうせ見て来るだけなんだから!」
負けず嫌いの力が言い訳した。
「話し変わるけど…何で力やんはタマ持ってんの?その雑巾バケツは何?」
「うるせぇ!行けばわかるって!」
「へぇ〜。だいたい見当つくなぁ〜」
いつ聞いても二人のやり取りは面白い。
二人のやり取りを、傍らの秀雄と春男が苦笑いしながら見ていた。
この二人とて「よばり塚」は初めての体験。力と正博の先輩の立場から引けを取るまい
と…ただ黙しているだけなのだ。一裕にはそれが分かっていた。恐ろしい言い伝えの残る
場所へ、しかも親に内緒で少年たちだけの密行。心の中は穏やかではあるまい。
「それじゃ行くか…」
意を決したかのように秀雄が促した。
母たちが働くイサバヤ(水産加工場)を通り過ぎれば…その先はずっと畑道。
干し場(加工した魚を天日干しする場所)に親たちが居ないかどうか確かめながら、河
童たちは早足に歩く。この日は運よく誰も居なかった。干し場には、鰯のほほ刺しや鯵の
開きがきれいに干されている。たぶん親たちは加工場の中で作業中なのだろう。
サツマイモ畑の曲がりくねった細道を河童たちは歩く。通称「一本松」と呼ばれる見事
な大木を過ぎれば「町池田んぼ」に出る。「町池田んぼ」の土用口と称する小さな排水掘
りで河童たちは歩みを止めた。
力が持参したタマ網で土用口の溜まり水の中をすくい始まった。
「よばり塚」まで行く途中、土用口と称する排水掘りが二ヶ所ある。田植え時期や日照り
による渇水時期など、貯水池にためてある水を排水給水して、順次低地にある田んぼを潤
す役目をなしている。土用口や用水路にはフナやドジョウが生息していた。時には涸沼川
から遡上するウナギまで入り込ん居る。時期になると、こうした場所が当時の少年たちに
とって格好の遊び場だった。自然の中から遊び相手を探していたのだ。
「力…何か入ったか?」
春男が力がすくうタマ網を覗き込んでいる。
「ドジョウが少しだけ。ここんとこ雨が降らねぇから駄目なのかなぁ…」
「それもあるかも。溜まってる水が少くねぇもんな」
「そろそろ出かけるか。今日の目的は土用口じゃねぇよ」
一裕がみなに声を掛けた。
「力…タマとバケツ邪魔になるからその辺に隠しとけ。帰りに拾ってけ」
秀雄に促されるまま、力は用水路沿いの藪の中へタマとバケツをもぐり込ませた。
「町池田んぼ」「一番池」を通り過ぎると、いよいよ目的の地「よばり塚」へつながる
「栗原河岸(がし)」へつき当たる。ここから先があの薮道なのだ。流れ川の河童たちの
胸は高鳴っていた。それぞれが気味悪そうに辺りを見回している。「栗原河岸」から見透
かす川べりは、覆いかぶさる木々によって暗く沈み、真夏の静寂がさらに異様さをかもし
出している。
「なんか気味悪いところだねぇ…」
「ほんと。何か出て来そう…」
「聞き耳を立てても川ん中から何んにも聞こえねぇ…。何でよばり塚って云うのよ…」
「これじゃ誰も近づかねぇわけだ…。カッちゃんほんとに一人で来たの?」
「度胸あるねぇ…。俺ならこんなとこ絶対来ねぇな…」
「俺も来ねぇ…。やだやだ!」
河童たちが何かを想像し…おののいている。
「大丈夫だって。何も出て来ねぇって。さっ…もっと先へ行くからな…」
一裕が先頭を切ってあの薮道の中へ入ってゆく。仕方なさそうに辺りをキョロキョロ見
回しながら仲間たちが後をついて行く。
いよいよ流れ川の河童たちの冒険が始まった。生まれて初めての「よばり塚」への挑戦
が始まったのだ。
2013.7.3
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