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上半期、あっという間の白日夢か。
この春と初夏を利用した薬草茶作りも、放射能の風評を含めて採取は盛岡、青森方面に限定した。
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無題
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岩手の遅い春、今、桜が満開。
宮城・福島は初夏に近い気候。東京から三陸の浜に戻ってきたが、
岩手はまだ寒い、昨夜はストーブをつけたほど。
今朝、川岸の桜並木に散歩する。ひばりが鳴き、田んぼのあぜでキジが鳴く、「ケ〜ン、ケ〜ン」。
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南三陸町へ
防災センター屋上の鉄塔にしがみつくひとたち・・・・・・・・・がんばれ/2011/3/11/午後3時
2013・4・3合掌。 |
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3・11・・・・・身をちぎるような寒い風が大槌湾に白波を立てる。
黙祷の後、30分、港湾にたたずむ。鼻水が出る、とたんに吹き飛ぶ。これ以上無理だとおもいながら・・・・
じっと、ひょっこりひょうりたん島を見る。
島の向こうに小さく船舶がみえる。じっとみる・・・・・・・・・・・・・・巡視船だ!
いまだに湾内の行方不明者の捜索だろう。緊張・・・・・・・・・・・でももう無理だ、寒すぎる。
何故か敬礼した。
ふと、港の左奥を見る・・・・・・・・・・・
御婆さん、じっと巡視船を見ている。感極まった。肉親を探してくれているのを見ていると感じた。涙が出た。
被災地で多くの体験学習をした。こういう状況が一番つらい。
鼻水と涙ががタラタラ流れる・・・・・・・・安らかにと数珠をポッケに入れた。
もう、耐えられない・・・・・・・・・・・・・・・心凍らせて合掌
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荻野は被災直後、日本海側を秋田まで北上して岩手県に入った。
花巻行政の知人に「先生、今来ないでくれ、貴方が使うガソリンも食い物もこちらにはない」
それを振り切っての被災地入りであった。すべての交通手段が断たれたなかで自家用車で被災地入りだった。
ボランティア総数17万人が支援に動き回った。今、ボランティア総数6千人に減少している。ただ今でも被災地現場を熟知するコーディネーターの育成は必要性を強く感じる。
ボランティア3つの問題点
ボランティアは長期性が不可能で保証がないこと
ボランティアは集散のムラが大きいこと
ボランティアは投入計画が難しいこと
被災2年後、3月11日 大槌町役場 3時40分/黙祷す。
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