湘南情熱オヤジ血風録

熱いオヤジ遠藤久憲が、今感じていること、感動したことを、鎌倉からお伝えします。

旅とオートバイ

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昨日は石巻ボランティでつながった仲間&その友人9人で、景信山→陣場山登山へ。
昼食後雨降ったが、登山後は麓の温泉行ったり楽しかった!

が、事件は帰りの電車でおこった。
18時25分発に間に合うよう、中央線・藤野駅へ温泉旅館の車で送ってもらった。
ところが、9人中わたしと、この登山主催者のGENKIさんだけが、18時25分発の電車に乗り遅れたのだ。
なぜ?


藤野駅乗り過ごしの真相…。


楽しい登山を終了して、藤野駅へ。

改札を入って跨線橋を渡ろうとすると、山の上にラブレターが!

「おお、山に書いたラブレターだね!」とか、テンションUP。


電車到着の間に、写真に撮りたい。

GENKIさんと2人で、
「こういう遠いところ撮るには、やっぱり一眼だね」
我々2人は自慢の一眼で、山に書いたラブレターをねらった。

電車の時刻が近づいているのは分かっていた。
電車入線の音。

「電車来た!あっ、でも反対の電車だ」

ハコさんのよく通る声が聞こえた。
反対だってと、わたしとGENKIさんは更に何枚か撮影。


「いや〜、いい写真が撮れたね」

とニコニコ顔でホームへ下る2人。

うん、ホームに誰もいないぞ。まさか…。
わたしとGENKIさんは顔を見合わせた。

電車は行っていた。
仲間たちの姿はなかった…。
次の電車までは30分近く。



暇なので2人でトイレに行った。

改札入場前に話をした駅員さんに声をかけられた。

「乗れなかったの?」
「はい。ラブレターに見とれて」
駅員さんの妙にやさしい笑顔が印象的だった…。

がんばれ福島!

立ち入り禁止になっていた、福島の原発近くの人たちの一時帰宅が始まった。

ゴールデンウイークに東北地方を巡り、一番元気ないなと思ったのが福島だ。
原発事故の終息という先が見えないだけに、元気ないのは仕方ないかもしれないが…。

福島市で福島リビングの編集長ほか2名と面会した。
みんな元気がなかった。
郡山の事務所は使えなくなり、移転するという。

県内の観光地は壊滅的らしい。
中国との直行便があって、結構中国観光客が入っていたらしいが、ぱったり止まったという。
会津・猪苗代のあたりはほとんど被災してないが、やはり観光客が激減という。

風評被害で農産物・食品も売れずという状態で…。


実は福島にはピーアールすべきモノがたくさんあると言う。
第一は果物。
桃・サクランボとも出荷量は全国2位。
味は1位に負けてないという。

桃・サクランボに限らず福島にはなぜか、2位のポジションにあるものがたくさんあるというではないか。
じゃ、『2位の国、福島』で売ればとわたし。
なんてバカ話も…。

福島リビングの人いわく、「ともかく福島の人はピーアール下手」。
おいおい、あなたたちメディアの人がそこ何とかしなきゃと思ったが、とおもかく福島の人たちは、なんか自身なくしている感じなんどよね…。


昨日、両陛下が福島の相馬市に入っていたが、今後一番元気づけないといけないのは福島のような気がする。
仙台リビングの編集長と面会したときは、「あの地震は過去のこと」と言って、前を向いていた。

原発がめどたたない福島の人たちこそ、今一番、精神的&人的サポートが必要だ。
わたしも次は福島にボランティアに入ろうかな…。
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宮城県名取市閖上(ゆりあげ)地区。
わたしは初めて目にしたこの閖上という地名を一生忘れないだろう。

仙台駅から車で30分ほどのこのエリアは、津波でごっそりさらわれていた。
仙台平野にあって、周りに高い山がないこのエリアは街がまったく変わっていた。
ここに街があったことが想像できないほど、家々がなくなっている。


がれき片付けの工事関係者以外、人気はない。
元々住んでいた人たちはどこに行ったんだろう。

閖上地区の死者・行方不明者は人口の1割にあたる約800人。
家を失った人の割合はもっと跳ね上がるだろう。
それくらいフラットに何もなくなっている…。


わたしにはこのエリアを見たことを忘れないことくらいしかできない。
何年先になるか分からないが、復興したこの街をまた訪れてみたい。

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仙台の美人編集長。

4月9日配布のリビング新聞1面から抜粋。
 

通常の経済活動が復興への一歩に
10のうち1つは東北産を選んで
 
リビング仙台 藤崎由紀子編集長
 
 震災後、私たちを支えたものは「人と人とのつながり」です。同じ痛みを持つ中、眠っていた助け合いのDNAが刺激され、人の優しさが優しさを生み、温かなつながりが育まれています。みなさんに望むことは、通常どおりの経済活動です。できれば10のうち1つは、東北のモノを選んでください。仙台、東北の経済を活性化することが私たちの復興への一歩になります。そして楽しむことやイベントは自粛せず、どんどん行動してください。自粛すればそれだけ日本が小さくなります。楽しみは笑顔を呼びます。笑顔はパワーです。笑顔は連鎖します。

わたしはこの記事を見て涙がでそうになった。
まだまだ、日本中が自粛雰囲気におおわれていた時期だ。
仙台リビングから都市部リビング新聞宛送られてきたこの記事はスゴいと思った。
 
この原稿を書いた藤崎さんは編集長になったばかりで、存じあげてなかった。
今回、被災地をめぐるなかでお会いして、会食する機会をえた。
 

初めて会う藤崎編集長は美人でスタイルがよかった。
美人好きのわたしのテンションが上がったのは言うまでもない(笑い)。
 
この容姿にして、上記のような原稿を書けるスキル。
持っているは、この人は…。

東北DNA。 ケータイ投稿記事

今回の東日本大震災で、我慢強い東北気質が注目されている。
確かに東北人には、我を通さず、自分のなかに含める『滅私』の考えが強い。

秋田出身のわたしは、これら東北気質が嫌いだった。
滅私の気質は、内向的、閉鎖的、本音を言わない、自信の無さにつながる部分があり、わたしは一時田舎の悪いところと思っていた。


ただ、今回の震災を機に、わたしのなかに、この東北DNAがあることを強く感じた。
我慢強い態度が気になる時点で、自分がその要素を持っていることだし…。
(人は自分が持っている能力は評価できるが、持っていない部分は評価できない)
何と言っても、今回の震災のことは、何かにつけて心がざわめく。


石巻へボランティアへ行って、たくさんの現地の人に、感謝・気づかいをいただいた。
この東北人の態度は、ボランティアの人を感激させ、新たなボランティア参加者を呼ぶだろう。

東北人の我慢強さと、他人への気づかいが、少しでも早い復興につながっていくといいなあ。
そして、東北DNAを持つ者として、復興の一助を担いたい。

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