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天龍寺、臨済宗天龍寺派の総本山であり、足利尊氏が後醍醐天皇を弔うために建てた寺です。 かつては盟友、もしくは主として共に鎌倉幕府を倒したものの、時代を読めずに体制を昔に戻そうとした後醍醐天皇に代わって室町幕府を開き、天皇は都落ちして吉野で南朝を開いて抵抗。 足利尊氏は天皇に背いたということで長年日本史の大悪人とされてきましたが、結局は周りの皆に担がれやすい、いい人だったんでしょう。 負けても負けても人が集まってくる。皆の期待を裏切れない。戦わざるを得ない。 最後には彼の右腕であった実の弟とまで戦う運命に。 徳川家康のような野心の塊の人物であれば、全てのことにもっと非情になれたでしょう。 この彼の人の良さが室町幕府の基盤の軟弱さにつながったのかも知れません。 敵として袂を分かった天皇に、しかも後醍醐天皇が幼年時代をすごしたこの地に彼を弔う寺を建てるなど、 政治的な理由以上の個人的なものが関係していたように思われます。 鎌倉武士のやさしさ?もののあわれ? なんか西郷隆盛に似てると思うのは考えすぎでしょうか。 破滅型かそうでないかの違いはあるにしても |
京都・嵯峨嵐山、洛西




天龍寺の名前も、足利尊氏・後醍醐天皇の名前も知ってたけど、こういう背景があったのは知らなかった!!
このお寺が建立された意味を知ると、また違った目で見る事ができますね(^ o ^)
2008/2/14(木) 午前 11:05
天龍寺いいですね〜、私も行きました♪しかしこのあたりは秋はものすごい観光客では?
2008/2/14(木) 午後 0:49
モミジの色が綺麗!!日本的な風景に、ほっとする。
2008/2/14(木) 午後 1:06
同じ秋でも、京都の秋は雅を感じますね!
2008/2/14(木) 午後 1:10
そういう謂れのあるトコロだったのかぁ。。。建武の新政その後。。。
それにしても庭園の美しさはすばらしいね^^
2008/2/14(木) 午後 3:49
にゃあさんの説明、とっても分かりやすいです^^
足利尊氏さんなんて、中学校(?)以来まともに意識したことがありませんでしが。
今日は気のいいご近所のおじさん並になった気がします(笑)
大切な亡き人を偲ぶには最高の環境ですね^^
2008/2/14(木) 午後 8:16
へえ、歴史の時間には???だったこともこうしていま、聞いてみるとなんとなく解るような気がする・・・・にゃあさんの説明。すごい!!
2008/2/15(金) 午前 0:16
三河国にも足利尊氏の墓があります。敵味方の鎮魂を祈りポチ!
2008/2/15(金) 午前 1:10
天龍寺は何度か行きましたが,どっしりとしたお寺ですよね。庭もきれいだし,紅葉も素敵ですね。(^^
2008/2/15(金) 午後 9:58