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やっと読み終えました、司馬遼太郎の「翔ぶが如く」全巻! 思えば16年越しで、何度も何度も挫折して、1巻目なんかは3回読み直すことになったりしましたが、なんとか読破しました。 こんな書き方ができるのも司馬遼太郎ならではでしょう。 特に10巻では西南戦争の終焉について語られていますが、筆者の桐野利秋に対する複雑な思いが目につきます。 結局、人柄だけはさわやかな純戦士桐野が、なんの策略も目的もなく西郷を担ぎ出し薩摩武士団を巻き込んでこの無謀な戦争を引き起こし、責を負うこともなく死に場所を見つけたりと言わんばかりに喜んで死地につく。 巻き込まれた者たち、特に薩摩蜂起に同調して集まった熊本をはじめとする士族たち、強引に徴用された南九州の人々にはたまったものではありません。もちろん西郷とその縁者たちも。 まあ、桐野がというより、薩摩人が愛する典型の桐野に西郷すらも引きずられていって気がつけば山地を敗走し、城山にこもっていたという感じでしょうか。 こんな戦争の形も世界的に珍しいのではないでしょうか。 印象に残った細かい点では、銃弾もなくなった薩摩兵は得意の切り込みをかけ、「翔ぶが如く」敵陣に単身飛び込み混乱した敵兵を切りまくる、最初はこの戦術に手を焼いた政府軍もその中の士族出身の兵がそれを真似て、逆に鹿児島軍にそれを仕掛けるようになります。 戦後、これが日本陸軍の攻撃のひとつの型になってしまい、自動小銃や機関銃が主流になっていた太平洋戦争中も同じことを米軍に仕掛け、多くの日本兵が無駄死にしたということです。 無策、無戦略、無政略、正義は勝つとの意気込みだけで東京政府を倒そうとした桐野と西郷たち。 当時の日本陸軍は最新兵器と兵員を惜しげもなく投入し、日本最強の武士軍団を壊滅させます。 そのわずか60年後に、その同じ日本軍は精神性を武器にまともな戦略も政略もなしに、最新武装で身を固めた米軍、ありあまる鉄と兵員を戦争に投入したアメリカに挑み、同じく壊滅しました。 歴史とは皮肉なものです。 |
最近読んだ本



歴史は、繰り返す。ですネ。
少しは、学習しなきゃなぁ。wp。
2010/2/23(火) 午後 6:50
鹿児島市の半日観光バスコース。西郷さん終焉の地でガイドさんの名調子の解説に思わず涙しました。
2010/2/23(火) 午後 10:47