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塩野七生の『ローマ人の物語』36巻目 最後の努力 中 読み終えました。 ディオクレティアヌス帝が打ち立てた皇帝4人制「四頭政」は功を奏し帝国は再び落ち着きますが、彼の引退後の第二次「四頭政」はやはりうまくいかず国は分裂し、6人の皇帝が乱立するようになります。 あの彫刻は大げさなのかと思ってましたが、コインに刻印されてる彼の横顔も目と顔がでかいので、そんな顔をしてたんでしょう、間違いなく。 それにしても久しぶりに現れた戦争も政治もできる皇帝の誕生です。 その彼がマクセンティウスと覇を争った歴史的な戦いがローマ郊外で行われた「ミルヴィウス橋の戦い」なのですが、確かに世界史を変えた意味のある戦いの割には華々しい戦略があったわけでもなく、マクセンティウス側が湿地帯に足をとられて混乱し敗れてしまったという、筆者も述べていますがどうも面白みのないパッとしない戦いだったようです。 いずれにしてもこの戦いの勝利から元老院もコンスタンティヌスを正帝として認め(日和見ですが)、凱旋門を建てることを許可します。 これがフォロロマーナとコロッセオの間にある「コンスタンティヌスの凱旋門」なわけですが、数年前ローマで見た時これが誰の凱旋門かも知らず今までに見た中で一番立派な古代の凱旋門だったので、感心して写真を撮ってたんですが、豪華に見えるだけで他の凱旋門などからレリーフや彫刻像を持ってきて張り合わせた「パッチワーク」凱旋門だったんですね。 なんかローマ帝国の時代が流れたのを感じます。 そして彼の治世で忘れてはならないのがキリスト教公認の「ミラノ勅令」発布です。 でもこの段階では今まで非認可だったキリスト教の崇拝の自由を認めただけで、皇帝が改宗したわけでも、ローマの国教になったわけでもありません。 もちろん歴史の大きな一歩ではありますが。 |
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カタカナが多い本は頭が痛くなるので、読めません。 ←アホ。
mp−。
[ 焼肉ら部 ]
2010/2/27(土) 午後 6:01