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オンボロホテルのオンボロベッドでも、よく疲れていたのでぐっすり眠れた。 ここは朝食などは出ないので、外に出る。 アムステルダムにはフランスやイタリアのようなカフェやバールが少ないので、駅の売店でパンとコーヒーを買った。 アムステルダム中央駅の外壁の一部は改装工事中だったのだが、その横を、どこで朝食を食べようかと歩いていると突然、隣の足場で「ガタン」と大きな音がした。 なにかと思えば、二十歳ぐらいのフランス人らしき女の子が眠気眼でむくっと起きてきた。 彼女はどうも昨晩、宿がとれずにここで一夜を明かしたらしい。 オンボロでも宿が取れた我々はラッキーだったと思いつつ、この旅でいつか我々も野宿することもあるのかな、とも思った。 さて、今日は人と会う約束がある。 待ち合わせ場所はダム広場で、約束の9時ごろしばらく待っていると、向こうから「Mark & Christine」(私たちのEnglish Call name)と書かれたサインをもっている女性が近づいてきた。 彼女はアムステルダム在住のオランダ人でレッシュという。 彼女とはトロントにいた友達の紹介でネット上で知り合い、今回、私たちがヨーロッパに行くということで半年前から頻繁にメールのやり取りをしていたのだ。 お互いの写真も送っていたので顔は知っていたが、実際に会うのは初めてだった。 握手と抱擁をして、無事に、そしてやっと出会えたことを喜びあった。 レッシュはマリアという地元の友達と来てくれて、今日一日アムステルダム市内を案内してくれる。 彼女たちはスリナム系なので、オランダ人だが肌が黒い。 スリナムは南米の大西洋岸にある小さな国で、かつてはオランダの植民地だった。 その昔、オランダが黒人貿易をしていたころ、アフリカで集めた奴隷をいったんこのスリナムに送り、ここから南北アメリカに売り渡していた奴隷貿易の中継地点だった。 そのため、この国は南米に位置するにもかかわらずインド系とインドネシア系と黒人系の国で、公用語はオランダ語という特殊性を持つ。 何代前に彼女たちの家族が宗主国であるここオランダに移住したかは知らないが、そんなわけで私たちはここで生まれ育ったのよ、といったことを歩きながら教えてくれた。 このヨーロッパの黒人事情だが、特に西欧ではどこの国でも多くのアフリカ系住民がいるのだが、興味深いのは国によってそれらの人々の顔つきや肌の色が違うことである。 我々黄色人種でも日本人、朝鮮人、ベトナム人、中国の各民族によって顔立ちが違うように、一口にアフリカ人と言っても、民族や地域によってけっこう違う。 例えば、ベルギーはコンゴ系、フランスは西・中央アフリカ系が多い。彼らは黒人の中でも特に肌の色が濃い。 イギリスは目や口が大きめのギニアやナイジエリア、肌の色が薄くてあっさりした顔の民族が多いエチオピアやケニア系をよく見かける。 大航海時代に奴隷として連れてこられた人の子孫、第一次、第二次世界大戦の時に兵士として戦いそのまま移住した人、経済、政治難民、不法移民など、やってきた理由は様々だ。 これらかつてのヨーロッパの植民地だったほとんどの国は今は独立しているが、それぞれの宗主国とは今でも太いパイプを持っている。 コーヒー、カカオ、砂糖、鉱物資源の輸出入の経済的な関係は続いているし、政治や医療、経済などの問題で宗主国に助けや助言を求めることも多い。 宗主国側も労働者や知識層を充実させるためにそれら元植民地の国から人材を求めることも多い。 そんなわけで、現代ヨーロッパでは移民が当たり前になっているので、現地で知り合ったアフリカ系やアジア系の人に彼らのルーツを尋ねると、けっこう面白い話が聞けることもある。 さて、私たちはトラムと徒歩でアムステルダムを観光することにした。
アムスのトラムは切符のシステムが少しややこしいのでレッシュに助けてもらった。 トラムやメトロは街によって切符の買い方や使い方が微妙に異なるため、たいてい理解して慣れるのに時間がかかるのだが、さすが、持つべきものは現地の友である。 花の国、オランダだけにまずは花市場に行った。 店の数や品揃えも多く多種多様な花が売られていた。ディスプレイもすばらしく、いかにこの国の人々が花を愛しているかがうかがい知れる。 さらに、このアムスで一番おいしいと評判のアイスクリーム屋さんに連れて行ってもらった。 甘くておいしい!香りもコクも違う。特にチョコレートは絶品だった。 ああ、つくづくレッシュ様様である。 |
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