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書庫イタリア・ヴェネチア

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 私たちの乗ったゴンドラは、ますますヴェネチアの町の深部に入っていきます。
運河の幅は、ゴンドラ2艘がすれ違えられるぐらいの狭さです。
大運河からはかなり中に入ってきたせいか、辺りは静寂に包まれて、ただおじさんが漕ぐオールの波しぶきの音だけが街中に響いています。

 街並みは、イタリアの大抵の古い街にあるような、旧市街の風格ある風景。
でも、ヴェネチアを他の町と全く異ならせているのが、本来石畳が敷き詰められている通りが水路であることです。
まるで、大洪水で床下浸水に見舞われたかのようです。
しかし、家の玄関はボートに乗りやすくなってたり、ロープを縛る突起があったリ、家の前にボートが駐車、いや係留されていたり、この町にとって水路での生活が当たり前のものなのだと感じさせます。

https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/6c/8b/akaisuiseinonya/folder/1004109/img_1004109_35583189_1?1220540774

「頭をかがめて!」と、ゴンドリエのおじさん。
突然現れた低い小橋をくぐります。

「左を見てごらん」 T字路の左側には幾つもの小橋が連続してかけられています。

別のT字路の突き当たりに来た時、「この正面の建物は昔、マルコポーロが住んでた家だよ」と説明。

https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/6c/8b/akaisuiseinonya/folder/1004109/img_1004109_35583189_2?1220540774

 マルコポーロ?!
シルクロードを踏破し、時の中国の元王朝に仕え、帰国後は「東方見聞録」を著し、「黄金の国ジパング」として日本をヨーロッパに初めて紹介した人物です。
確かに彼はヴェネチア商人でしたが、13世紀の人です。
ということは13世の建物を、未だに現役で住宅に使用していることになります。
13世紀といえば鎌倉時代ですよ。
改めてこの町の奥深さ、歴史の深さを思い知らされました。


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−先回のつづき

 ヴェネチア名物ゴンドラには乗りたいが、なにせ高い。
だって1時間100ユーロは実に痛い。
ゴンドラ乗り場の前でしばらく悩んでいたら、さっき「乗るかい?!」と誘ってくれたゴンドリエのおじさんがまた近づいて来てくれました。

(ちとブロークンな英語で)
ゴ「まだ悩んでるの、君たち。じゃあ少しデスカウントしてあげるから、どう?!」

私「幾らにしてくれるの?」

ゴ「そうだな、85ユーロでどう?」

私「まだ高い!60ユーロぐらいなら考えるけど」

ゴ「60?!そりゃ厳しいよ。85はゆずれないね」

私「う〜ん・・・」

ゴ「じゃあこれでどう?!オレもこれが今日最後の仕事だから、1時間のところを40分の短縮クルーズで
70ユーロ!これ以上はゆずれないよ」

私「えっ、それはいいかも。でも65ユーロにならない?」

ゴ「ダメ、70はゆずれない!」

私「OK.じゃあそれでいこう!」

 というわけで、念願のゴンドラに乗ることが出来ました。
でも乗ってみると、やっぱりいいねぇ。
この町の本質はやはり運河の上にあります。
ちょっと高いですが、これからヴェネチア行かれる方、是非ゴンドラは体験してください。


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 乗るつもりはなかったのに、やはり乗ってしまいました。ヴェネチア名物のゴンドラです。
さきほど橋の上から見た『溜め息橋』も『ドゥカーレ宮殿』も、見る角度が少し違うだけで、こんなに印象が違うのものかと思わず溜め息が出ました。
やはり、この波に揺られて海面の高さから見るのが、この町の正しい眺め方なんでしょう。

 サンマルコ広場前から夕日の染まる運河を見ていたら、何か隣が騒がしい。
それもそのはず、そこはこの町一番のゴンドラ乗り場でした。
白と紺のボーダーのシャツを着たゴンドリエたちが、道往く観光客に「乗らないか」と客引きをしています。

 ここまで来たんだから、できれば乗りたい!
で、幾らなのか?
一番優しそうなおじさんに聞いてみたら、1時間100ユーロ(約14000円)とのこと。
う〜ん、出せないことはないが、まだまだこの先旅が続くことを考えると、ちとつらい…。
ちなみにこれは1艘あたりの値段なので、2人でも6人でも値段は同じです。
ここはロンプラに書いてあった裏技で、見知らぬ誰かを誘ってシェアするか・・・。

−つづく

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 サンマルコ広場で重要なものの一つに、このドゥカーレ宮殿と、溜め息橋があります。
左側が宮殿になりますが、この建物は長年、地中海貿易から莫大な富と権益を得たヴェネチア共和国の中枢政庁が置かれていた場所です。

 イタリアは近代に統一されるまで、ナポリ王国や、フィレンツェ、ジェノバ、ローマ教皇領等、都市ごとに分裂していました。
その政治体制は王政だったりいろいろでしたが、ヴェネチア共和国は古のローマ帝国のような元老院の合議制でした。
その多くの国策がこの中でひねり出されたのです。

 そして狭い運河を挟んで、宮殿と牢獄を結んでいたのが、この『溜め息橋』です。
当時の囚人たちは、宮殿で裁きを受け、溜め息をつきながらこの橋を渡って牢獄に入ったので、この名前が付けられたとされています。
現在では、そんな暗い背景があったとは思えない、いかにもヴェネチアらしい美しい小橋となっています。

 振り向けば、大運河の向こう岸に夕日に映えたサン・ジョルジュ・マッショーレ教会が見えます。
ほんと、この辺りはもうどうしようもないぐらい、右も左もヴェネチアな景色なのです。




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 サンマルコ広場!
世界的にも有名な、ヴェネチアの中心部でもあるこの広場にやって来た。

 ボートを降りてまず目に留まるのが、この広場の玄関とも言える2つの円柱がそびえる小広場。
この柱の上には守護聖人のテオドーロと、有翼獅子の像が置かれている。
獅子像はヴェネチアの象徴であり、かつては国旗にあらわされ、かつてのヴェネチア共和国が支配した町々にこの像が建てられていた。
この像そのものは、十字軍の時にコンスタンチノプール(現イスタンブール)の町に飾られていたものを戦利品として持ち帰ったものである、

 サンマルコ広場とは、聖マルコの遺骸が祭られているサンマルコ寺院の前に広がっているのでそう呼ばれている。
マルコとはイエスの伝記を記した聖書の4大福音書のひとつ「マルコの書」の筆者で、西暦1世紀のクリスチャンである。
時が経って、9世紀にエジプトのアレキサンドリアに安置されていたというマルコの遺骸を、ヴェネチアの商人が買取った。
マルコの遺骸はもちろんイスラム教にとっても聖遺物なので国外持出禁止だったが、この商人達は遺骸の周りにモスリムが忌み嫌う豚肉を詰め込み、航海の食料だと言ってまんまと持ち出した。
そしてそれまでのヴェネチアの守護聖人テオドーロの代わりに、マルコが守護聖人として祭られた。
以後、聖マルコは航海の守護神ともなる。
それにしても、この遺骸が本物かどうかかなり眉唾ものだが、これは中世ヨーロッパの流行。
十字軍といえば悪いイメージばかりだが、その十字軍の時代に、イスラム側の商人もガラクタやどこの誰ともわからない骨を「これは何某聖人の骨だ」とか、「イエスキリストが使った道具だ」とか適当なことを言って、売って、さんざん儲けたのだ。
買ったほうのヨーロッパ人は、それを本物の聖遺物だと信じて、故郷の町の教会に安置して、ヨーロッパ各地にある荘厳な大聖堂建設の基礎となった。

 さて、さすが世界有数の観光地、すざましい人だった。
ヴェネチアは観光客の重みで沈んでいるという説も、まんざら嘘ではないと信じたくなる。


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