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明治の歌人、石川啄木の墓が実は函館にあります。 はたらけど はたらけど猶わが生活楽にならざり ぢつと手を見る 彼は盛岡で生まれ、東京などで活躍しましたが、函館の街がお気に入りだったため、死んだら函館に葬られたいとの彼の希望でここに墓があります。 墓からは大森海岸が見渡せます。 函館湾の反対側になります。 大森海岸には彼の銅像が建ってます。 ちょうど真後ろの、函館山の岸壁にそのお墓があります。 .
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北海道・道南・函館
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詳細
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昔、北海道の行き来といえば、やはり青函連絡船でした。 私が最初に北海道に行ったのは中学一年生の夏休み。 友達と一緒に、京都から中央本線経由のドン行で東京まで行き、東京から寝台特急「ゆうづる」に乗って青森まで行き、青森から青函連絡船に乗り函館から北海道入りしました。 その時乗ったのがまさにこの「摩周丸」でした。 その日は天気が悪く、波が荒れて、結構酔ったのを覚えています。 今、青函連絡船は青函トンネルの開業と共にその幕を閉じ、ここ函館湾で記念館として残っています。 かつてあった貨物ターミナルも縮小され、今では大部分が公園になっています。 青函トンネルと新型のフェリー就航で、青森−函館間は相当便利になりましたが、旅人にはあの旅情たっぷりの青函連絡船はたまりませんでした。 JNRのロゴがまた懐かしい。 この船には多くの道民の、そして旅人の歴史や思い入れが染み込んでいるのです。 |
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函館は、早くから外国に開かれた港町。 港を見下ろせる坂道沿いには、いくつかの洋館や教会が建っています。 一番代表的なのは、基坂の上に建っている旧函館区公会堂。 木造二階建てで、日本人によって建てられましたが、いかにもコロニアル風で、柱やバルコニーなどはイタリア風というかルネッサンス風というか、興味深い建物です。 そして、その下には旧イギリス領事館があります。 いまでもユニオンジャックがはためいています。 こんな地方都市に、イギリスの領事館が置かれていたというところが歴史です。 そして町の西の端には外国人墓地があります。 ペリー率いる黒船が、この地で亡くなった水兵2人を葬ったのがここです。 今でも彼らの墓標は、静かに函館湾を見守っています。 |
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函館は横浜や神戸と同じく、異国情緒漂う港町です。 なにせ、ペリーの黒船来航で幕府が開いた港が下田と函館ですから、歴史的には横浜や神戸より古いんです。 しかも維新のゴタゴタ時に、北海道は日本から独立する可能性もあったので、各国が領事館を建てています。 横浜や神戸や長崎もそうですが、共通しているのは平地が少なく、山を下るとすぐ海という地形。 当時も日本は平地はみな田んぼになっていましたから、空いてる土地はこういう所しかなかったのでしょう。 幸いなことに、西洋の領事たちは海が見える高台に領事館や家を建てることを好みました。 彼らは馬や馬車を持っていましたし、ハイキングの習慣もあったので、坂を登り降りする苦労より見晴らしを優先したのです。 ですから、海、港、坂、洋館、は日本ではセットになってますね。 そのようなわけで函館の町の西側、函館山のふもとにはたくさんの坂があります。 その中でも一番綺麗なのは八幡坂でしょう。 まっすぐに伸びた石畳の坂の先には、函館湾と停泊中の船が見渡せます。 皆さんのコメントで知ったのですが、チャーミーグリーンのCMにも使われたとか…。 3枚目はまさに函館の町造りの基準点となった「基坂」。 坂の上には函館を代表する洋館「旧函館区公会堂」 その背後には夜景で有名な函館山がひかえてます。 |
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函館のうまいモンはイカとかイクラ丼だけじゃない! 地元で「ラッピ」と呼ばれているここ「ラッキーピエロ」では、函館ご当地バーガーを食べさせてくれます。 冷凍ものは使わず、なるべく道南産の食材で作った手作りハンバーガーを提供してくれます。 「ジンギスカン・バーガー」とか、「土方歳三ホタテ・バーガー」とか、北海道らしいメニューがいろいろありますが、この日チャレンジしたのは「The フトッチョバーガー」! 「まいう〜」の石塚も挑戦したらしいですが、とにかくでかいです!! 絶対に一口でほおばれない。(まあ一応やってみたけど) 口の周りがケチャップだらけになりましたwww 結局、フォークとナイフで切り分けて食べましたが、食べ応えは当然ながら、いや、なかなかおいしい! そして、なんとか完食。 ぷは〜、お腹いっぱいです。 これ頼むと、ドラを鳴らを鳴らして持ってきてくれて、認定証までくれます。 ちょっと照れます。 そんなわけで、ドラがなると店内のあちこちの席で記念撮影のフラッシュが光ります。 函館市内にたくさん支店がありますから、お越しの折は記念にどうでしょうw ラッキーピエロHP http://www.luckypierrot.jp/ |




