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書庫スイス・ユングフラウ

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 ヴィンガーアルプの駅で待つこと40分、ようやく下りの登山列車が来た。
列車は出発するとグングンと急傾斜を下っていく。
あっという間に針葉樹の生息圏にまで下ってきた。
そう、それまでは生息限界の上だったためひたすら、雪と岩と高山植物の野原の景色だったのだ。
うっそうとした針葉樹の森を列車が過ぎると、急斜面に広がる緑の牧草地が現れる。
ところどころに杉の林があり、その向こうには広大なU字谷が口を開らいている、実にスイスらしい景色だ。

 まさに大自然!と言いたい所だが、この典型的な、ハイジが走り回っていそうなスイスの景色は厳密に言えば自然ではない。
考えてみると、人の手が入っていない原生野に牧草だけが生えているというのは不自然な話である。
そう、これらの美しい景色は地元の牧夫たちが何百年もかけて作り上げたものなのだ。

 酪農の目的は第一に良い乳を得ることにある。
そのため乳を出す牛や山羊が過ごしやすく、食べ物に困らないように極力地面をならし、家畜が好む牧草の種をまき、雑草をマメに刈り取ることが必要なのである。
もし放置すれば雑草の種はどこからともなく飛んでくる。
それが毒草なら、それを食べた牛や山羊は体をこわし乳の質が落ちるどころか、最悪の場合死んでしまう。
だから酪農家は牧草地をくまなく巡り、雑草が生えていたらとにかくマメに抜いていく。

 このスイスの美しい景色にほれ込んだある外国人が、別荘用に広大な牧草地付きの家を購入したことがあるらしい。
別荘なので彼らはたまにしかやって来ない。もちろん牧草地を手入れすることなどしない。
結果、そこにはたくさんの雑草が生え、その種が他の牧草地まで飛んでいってたいへんな被害をもたらしたことがあるらしい。
ゆえに、スイスは知らないが、オーストリアのアルプス地方では外国人への牧草地の売買が禁止されたほどである。

 日本の、山に水田に鎮守の森がある、のどかな農村風景を見て「大自然」と言うのが間違っているのと同じである。
どちらも農民たちが先祖代々、何百年もかけて作り上げてきた風景なのだ。

 原生林などの手つかずの自然が美しく、保護すべきなのは当然だが、古来、人間は自然と共存し、自然にある程度手を加えてその恩恵にあずかって生活もしてきた。
結果、このような美しい景色が生み出されてきた事も事実なのである。




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 クライネ・シャイデック(2061m)から歩き始めて約1時間、登山道は再び線路と合流しロッジらしき建物も見えてきた。
ここはヴィンガーアルプ、冬はスキー、夏は登山客向けのロッジが数軒建ち並ぶ小さな村だ。
いや、村とはいえないかもしれない。なぜならどれも5〜6階建ての、いかにもスイスの山小屋らしい建物なのだが、人が住んでいる気配がまるでない。
何軒かの窓を覗いてみたが、やはりどこも人気がなくまるでゴーストタウンのようだった。
真冬と真夏にバカンス客で賑わうベルナーオーバーラントは、4.5月の雪融けの時期は閑散期で、多くのホテルが早めのバカンスをとったり、改装工事に入る。そのためだろう。

 少し町らしい通りをさらに進むと駅に出た。
ここから再び登山列車に乗ってインターラーケンに帰ることにした。
日がまだ明るいのでもう一駅分歩きたかったが、時計を見るともう夕方の5時だった。
日本なら2〜3時くらいの明るさだ。いまだにヨーロッパの日の長い夏の時間を読み違えてしまう。
駅の時刻表を見てみると次の列車は40分待ちだった。
やはり次の駅に歩くにも微妙な時間なのでここで待つことにした。

 ここもやはり静寂につつまれている。
空気は冷たくて清清しいのだが、アルプスの夏の日差しはなかなかにして強烈だった。
目の前には広大なU字谷。その向こうには山肌にへばりついているかのようなミューレンの集落が見える。
私たち二人以外には誰もいない。こんな景色を独り占めである。なんとも贅沢な時間だった。

 途中、上り列車がやってきて乗客を1人降ろしていった。
彼は先ほどの人気のないロッジのひとつにカギを開けて入り、窓を開け始めた。
そして再び永延と続く静寂、
耳を澄ませば、時々雪の崩れる音が遠くで聞こえる。
ここはまさに今、春が来たばかりなのだ。






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引き続きクライネ・シャイデック(2061m)からヴィンガーアルプ(1873m)へ歩いている。
ユングフラウの猛々しい岸壁を左手に見ながら、雪に足をうずめながら下っていく。
道は次第に右にカーブしてゆき、正面に壮大なパノラマが広がる。
巨大なU字谷と、その向こうにさらなるアルプスの雪山の峰。
そのふもとにミューレンの集落も見える。
あのようなすざましい傾斜地に人々が生活を営んでいる。日本ではなかなか見られない風景だろう。

この辺りから道にも雪がなくなってきて、下の地面が見えてきた。
周りも野原が広がり始め、所々に高山植物の花が咲いていた。
この間7月に、マッターホルンでも少し山歩きをする機会があったが、青、赤、黄、紫、白…と本当に色とりどりの花が咲いていたが、ここはまだ5月下旬だったため黄色と白の花しか見られなかった。
黄色のほうは調べてみたが、手持ちの資料では結局名前がわからなかったが、タンポポに似ていた。
白のほうは野生のクロッカスらしい。
まだちらほらだが、これも夏になると白と紫の花が辺り一面に咲き乱れるようだ。
とりあえず、アルプスの長い冬を耐え忍んで慎ましく咲きはじめた1つを撮ってみた。




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ここは標高2000メートルのユングフラウの麓。
5月下旬だと言うのに雪はまだ20cm近く積もっていた。
登山列車でユングフラウから降りてきたわたしたちは、クライネシャイデックから次の駅までハイキングして下りることにした。

登山道には誰もいない。
一抹の不安にかられつつも、正面にそびえるユングフラウに誘われるまま歩き出した。
踏み切りを越え、5分ほど歩くともう人気は全くない。
耳が痛くなるほどの静けさだ。
道も場所によっては雪融け水が小川のようになっている。
水の流れを注意深く避けながら、融けかけの雪に足をうずめながら下ってゆく。

時折、なにか小さな地響きのような音が聞こえる。
足を止めて真正面にそびえる岸壁を見ていると、時々小さな雪崩が崖から滑り落ちていっていた。
それ以外はまた耳が痛くなるほどの静寂。
天気は驚くほどの晴天。
真っ白の猛々しい岩山の上には真っ青な空が広がっている。
今、360度この絶景の中にいるのはわたしたち2人だけ。
贅沢なひと時であった。





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 ユングフラウヨッホで十分楽しんだ私たちは、帰りの列車に乗ってクライネ・シャイデック(2061m)に帰ることにした。
帰るには少し時間が早かったので、帰りの列車は行きに比べてたいそう空いていた。
ユングフラウヨッホなんてそうそう何度も行けるわけではないだろうから、普通は一日中のんびりする人が多いのだろう。

 その乗客がまばらな車内で、しかも私たちの隣の席に日本人らしき女性が一人座っていた。
話しかけてみると、やはり日本人だった。
彼女も誰かと日本語で話すのは久しぶりらしく、うれしそうに会話してくれた。
彼女は英語留学でアムステルダムに一年ほど滞在していて、もうすぐ留学を終えて日本に帰るのでヨーロッパを1ヶ月ほど一人で周ってるとのことだった。
 英語留学になぜアムステルダム?とその時はそう思ったが、考えてみるとありえない話でもない。
まずオランダ人は英語を流暢に話す。母語はオランダ語として、公用語が英語ではないかと思わせるほどである。
イギリスとは関係も距離的にも近いので大学には英語のイギリス人教授や講師はたくさんいるだろう。
しかも現在、英語は国際共通語という側面も持っている。
単に意思疎通の手段としての英語を身に付けたいのであれば無理にイギリスやアメリカに行く必要もない。
どうせアメリカで英語を学んでもイギリス人には「少しおかしい」と言われ、イギリスで英語を学んでもアメリカ人に「少しおかしい」と訂正されるのがオチだ。
ましてオーストラリアやニュージーランド訛りなら「そんな古い英語使うな」と怒られる。(オージーがオージーなまりの英語をしゃべるのは気にならないらしい。日本人が訛ってると、せっかく習得するなら…という話になるらしい)
 特に第二言語者同士というのは意外に話がしやすい。
お互い文法も基本に忠実で、ややこしい言い回しや単語はあまり使わないからだ。
 また、ロンドンやニューヨークといった民族のるつぼのような国際都市ならいざしらず、本物の英語がしゃべりたい一心でイギリスの片田舎にステイしたために、インド人やアフリカ人のくせのある英語が聞き取れず、私はイギリス人の英語しかわかりません、という人をたまにお見かけする。
その点、アムステルダムも民族のるつぼなのでいろんな方言の英語に接することができる。

 でも、そのあといろいろ話をしていると、旅を始めて数週間になるが今まで全く無計画でここまで来たということ、さらにこの先もどこに行くとの目的もなく、逆にどこかいいとこありますか?と尋ねられた。
見たところ別にヘビーバックパッカーでもなく、国内日帰り旅行でちょっと来ましたという雰囲気の普通の女の子なのだ。
なぜ彼女が英語習得にイギリスではなくあえてオランダを選んだのか、なんとなく納得したような気がした。

 ユングフラウヨッホ鉄道の終点クライネ・シャイデックに到着した。
彼女はそのままグリンデルワルドに帰るのでWAB鉄道に乗り換えたが、私たちはハイキングをしたかったのでここで彼女と別れた。
 ここから下は無数のハイキングコースがあって、アルプスの絶景を楽しめるのだが、この年は大雪だったせいで5月下旬だというのに辺りはまだ一面の銀世界だった。
駅前から線路に並行して雪のハイキング道が伸びている。しかもそこを歩いている人は誰もいない。
少し躊躇したが、何人かの足跡はあったので、降りれなくはないと思い、ままよとばかりハイキングを決行することにした。
 空はほれぼれするほど晴れている。迷うことはない。
私たちはずぶずぶと雪に足をうずめながら、標高が200mほど下のヴェンガーアルプへと歩き出した。



前の記事ユングフラウヨッホ→ http://blogs.yahoo.co.jp/akaisuiseinonya/27488590.html




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