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書庫スイス・ユングフラウ

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アイスパレスから氷の地下通路を歩いて展望台へ行く。
ユングフラウヨッホ駅はちょっと中が複雑でまるでなにかの秘密基地のようだ。
少し迷いつつ、再びホームに出てしまったりして、と、そこで目に飛び込んだのは列車の横に書き込まれたおなじみ日の丸と漢字「大津」の文字?!
大津とは、滋賀県の県庁所在地で、京都市のすぐ隣のびわ湖畔にして、私が現在住んでいる町である。
実はここベルナーオーバーラントの登山口であるインターラーケン市が大津市と湖畔の町つながりということで姉妹都市なのである。
どうもその関係でこの列車は「大津号」と名づけられたらしい。
スイスは案内板やレストランのメニューでも日本語表記のものをよく見かけるが、まさかこんな標高3500mのスイスの高地で自分たちの市の漢字を見るとは思わなかった。

さて、ふたたび迷路のような氷の通路を歩いてやっと展望台へ上がるエレべーターを見つけた。
ここで標高3454mの駅から3573mのスフィンクス展望台へ。
エレベーターと扉が開くと。薄暗い地下から急に光が乱反射しているまばゆい銀世界に出た。
まぶしい!そして寒い!!
山頂部だけにけっこうな風である、と思ったら辺り一帯雲に覆われて濃霧のように何も見えなくなってしまった。
しかしそれもつかの間、再び雲が一気に切れて目の前に雲海が広がった。
明らかに私たちは今、雲の只中に、いや上から見下ろしている。
あまりに素晴らしい展望に、しばらく見とれていた。
そして背後には、目の前にメンヒ(4099m)とユングフラウ(4158m)がそびえていた。
写真を撮ろうとカメラを構えるも、山々はすぐに雲に隠れてしまった。
ユングフラウとはドイツ語で「乙女」の意味。
その美しさ、登山家をよせつけない険しさ、そして雲に覆われて時々にしか姿をみせないこの気まぐれさがこの名の由来なのだろうか。
きっとそうに違いない、と急流のように流れる雲を見ながらそう思った。
そして再び一気に雲が晴れる。
迷わずシャッターを押した。



前回の記事アイスパレスはこちら→ http://blogs.yahoo.co.jp/akaisuiseinonya/27354064.html





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標高3454m、Top of Europeと銘打つ世界で最も標高の高い鉄道駅ユングフラウヨッホ。
メンヒ(4099m)とユングフラウ(4158m)の両巨峰を見上げる谷間、アレッチ氷河の隣に位置する。
列車を乗り継ぐだけで一般人でも気軽に上がってこられるだけあって、ここはけっこう遊べるようにつくられている。
地下の駅を中心におみやげ物屋、レストラン、氷をくりぬいたアイスパレス、外に出ればアイガー北壁のミニチュアのアイスクライミング、展望台、犬ぞり体験、もちろんスキーもできるちょっとしたエンターテイメント施設になっている。

ちょうどお昼過ぎだったので、まずはレストランでランチを食べることにした。
とにかく早く食べてここで遊びたかったので、急ぎ足で階段を登ると一気に息が切れた。
なにせここは富士山頂とほぼ同じ高さなので空気が薄いのだ。
ゆっくり休みながらレストランへ行き、息を整えてからトレーを取った。
ビーフシチューとラザニアをたのんだ。

食後まずはアイスパレスへ行ってみた。
ここは夏でも氷点下なので地表は万年雪と厚い氷で覆われている。
そこに氷のトンネルをくりぬいていくつか氷の彫刻やエスキモーの家などが展示してある。
今が初夏であることを全く忘れさせてくれるすずしさだ。

ここにも列車で一緒だったインド人の団体さんであふれていた。
スイスで、特に山岳地帯でこのようなインド人の団体さんはほんとうによく見かける。
なんでインド人はアルプスの山が好きなのか、先ほどのおじさんに聞いてみたらどうも映画の影響らしい。
インドは実は映画大国。年間製作量はたしかハリウッドを抜いて世界一だったと思う。
質はともかく、インド人は映画が大好きなのだ。
で、インド映画だが、そのほとんどは踊る。そう少し前に話題になった「踊るマハラジャ」が典型的で、ミュージカルのように例のインド音楽にのってみな踊っている。
その舞台がなぜかスイスの山が多いらしい。そこで踊る、とくに恋人同士がアルプスをバックに踊る映画が人気らしいのだ。
インドはもちろん世界の屋根ヒマラヤ山脈も含んでいるのだが、なぜかそこはスイスらしい。
で、只今、インドで国外旅行、新婚旅行でスイスに行くのがブームらしい。
インドは全体に貧しいイメージがあるが、カースト制度の名残で貧富の差が激しい。
貧しい人は徹底的に貧しいが、金持ちは日本人が貧乏に見えるぐらいお金持ちだ。
このクラスの人たちになると英語は普通に話せる。スイスも共通語として英語が非常に有効なので、お金も言語の心配もなにもないという訳だ。

今、日本ではイタリアやスペインが人気で、ひと時のスイスブームは去った感がある。
でもスイスの観光地では日本語表記の看板をよく見かける。かつては日本人がこれらインド人のように大挙してスイスに押しかけていた名残だ。
当時、スイス人はなぜ日本人がこれほどたくさんやってくるのか疑問に思ったかもしれない。
登山とスキーが当時の日本の若者の人気スポーツであったことに加え、アルプスの少女ハイジの影響も絶対見逃せないと思う。
まあ、映画の影響でスイスにやってくるインド人もあまり馬鹿にできないわけだ。




次の記事スフィンクス展望台はこちら→ http://blogs.yahoo.co.jp/akaisuiseinonya/27488590.html



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クライネシャイデック(2061m)を出発した列車は10分ほどでトンネルに入ってしまう。
この先終点のユングフラウヨッホまで約40分間、ひたすら暗闇の中を登り続ける。
そりゃ、あの切り立った万年雪の積もる岩山に線路なぞ通せないであろう。
だからといってこんなところにトンネルを掘ってしまうスイス人もすごい。
それにしても合計50分とは少し長い気がすると思ったら、途中に駅が2つありここは単線なので各駅で上り列車と下り列車がすれ違う待ち時間があるのだ。
しかもこれらの駅には窓がくりぬいてあり、それぞれの景色を楽しむことができる。
列車は一駅に10〜15分ぐらい停まっているから、乗客はそのつど列車を降りて窓から景色を楽しむ。
なんとものんびりした鉄道路線なのだ。
1つ目の駅アイガーヴァント(2865m)からは雪原から緑のふもとが一望できる。
そして2つ目の駅アイスメイアー(3160m)からは目の前が氷河という展望を楽しめる。

ところで私たちが乗った車両は満員だったのだが、私たち以外はすべてインド人観光客だった。
インド人は人懐っこい。隣の席に座っていたおじさんが「君、いいカメラ持ってるな」と話しかけてきた。
ヨーロッパの町々で見かけるチガニー(ジプシー)たちはもともとインドから流れて来た民族なので、顔立ちがインド人とほぼ同じだ。
なので条件反射的に一瞬警戒してしまったが、よく見ると彼らの顔は穏やかで、服や持ち物も上品だ。
スイスにまで旅行に来ているぐらいだからインドでもけっこうなお金持ちか地位のある人たちのようだった。
と、そのとき私の目は彼らが持ってきたポテトチップスの袋に目が行った。
なんとパンパンに膨れ上がっている。
そう、標高3000mという高地に上がってきたために気圧の変化で膨れてしまうのだ。
「あっ…」と声をあげた瞬間、
パァーン
と袋は大きな音と共に破裂してしまった。
一瞬の静寂の後、車内は大爆笑となった。
私たちもおじさんたちと肩を叩き合って爆笑し、雰囲気が一瞬にして和んでしまった。
疑って失礼といわんばかりに、私のカメラを手渡すとしげしげと見て、「やっぱり日本製が最高だ!」と言って彼のビデオカメラも見せてくれた。ビクター製だった。
そんなわけで日本製電化製品について語り合ってるうちに、とうとう列車は終着駅ユングフラウヨッホに到着した。

標高3454m、Top of Europe。世界で最も標高の高い鉄道駅だ。
もっともホームは地下の中のままなので階段を上って展望台へ、と思ったら息が切れて動けない。
空気が薄いのだ。
少し階段に座って息を整えて駅の外に出た。
風が肌を刺すように痛い。
そこはもう白銀の標高3500mの世界だった。



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インターラーケンから登山列車を乗り継いで標高2320mのクライネシャイデックまでやってきた。
樹木の生息限界はとうに過ぎ、周りは一面の雪で覆われた丘。
そして背後には堂々たる切り立ったアイガー、メンヒの岩山が聳え立つ。
冬季には、この辺りはグリンデルワルド(1067m)まで滑れる巨大スキーゲレンデとなる。
そのトップがここだ。

私たちが訪れたのは5月下旬で、この年は大雪だったのでまだ一面銀世界だった。
とにかく風が冷たい!フリースなしではかなりきびしい。
7,8月ともなれば雪がとけ、広大な緑の牧草地になるのだが、少し訪れる季節が早かった。
もっとも冬だろうが夏だろうが、ここのすぐ上辺りから万年雪の岩山の世界が始まる。

グリンデルワルドからのWAB列車はここで終点。
さらに上に行くためにユングフラウ鉄道に乗り換える。
車両はさらに小さくなり、乗客同士ひざをすり合わせるように席に着く。
出発して列車はしばらくただっ広い雪原の只中を走り抜けていくが、荒々しい山の岩肌が見え出すとトンネルに入ってしまう。
このまま終点のユングフラウヨッホ(3454m)までトンネルの中を登っていく。


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ベルナーオーバーラントの代表的な村グリンデルワルドにて、スイッチバックの形でさらに上に登っていくWAB鉄道に乗り換える。
インターラーケンから登ってきたBOB鉄道よりさらにゲージの幅が狭く、当然車両も一回り小さくなる。
しかも、この鉄道のレールの中央にはギアが設置されている。
これはアプト式と呼ばれるもので、勾配があまりに急なため車輪が滑らないよう車両の下についている歯車とかみ合わせて登っていくものである。
スイッチバックとアプト式の両方式で登っていく鉄道は世界にも珍しいのではないだろうか。

グリンデルワルドを出発した列車はまずは急な下りでグルントという駅に向かう。
この辺りは一面の牧草地。満開の黄色いタンポポが緑の大地にさらなる彩を添える。
ここで進行方向が変わり、今度は逆方向に急勾配を上っていく。
ひたすら広がる緑の丘。はるか向こうに見える谷間と白いアルプスの山々。
そのうちに緑は段々と少なくなっていき、雪と無骨な岩石の景色へと変化していく。
終点のクライネ・シャイデック(2061m)はもう一面の雪景色。
列車は一気に1300mの高さを登ってきたのだ。
ここでさらにユングフラウ・ヨッホ(3454m)行きの列車に乗り換える。

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