イタリア・ナポリ、シチリア
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詳細
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楽しかったシチリア島。 もっとあちこち行きたかったけど、全体の行程を考えてイタリア本土に戻ります。 残りは次回のお楽しみ、ということで。 シラクサ駅から、ナポリ行きの寝台列車に乗り込みました。 個室なんて取るお金ないから、バックパッカーですから、ヨーロッパでの寝台列車はだいたいクシェット(簡易ベッド)か、コンパートメント(4〜6ベッドの共同部屋)のお世話になってました、この時は。 日本のJRでいえば、B寝台クラスです。 最近は寝台券がいらないコンパートメントの普通座席に陣取って、椅子を全部リクライニングにしてベッドにして寝てますが。 いつも誰と同じ部屋になるのか、ドキドキですが、今回は地元イタリア人のジェントリーな老夫婦とご一緒でした。 幸い2人とも英語を話せたので、しばらくお話を楽しんで床につきました。 朝目覚めると、お二人はすでに下車した後のようで、私たちも6時にナポリ着なので、急いで身支度しました。 早朝6時、ナポリ着! 誰もいな〜い! なにか?イタリア人は誰も朝から働かないのか?というぐらい誰もいません。 しかも、駅前はゴミだらけ、ホームレスだらけで、ちょと怖かったです。 間違いなく、今までに訪れたヨーロッパの町で一番ダーティな町でした。 朝の6時からホテル探し。 早朝でもホテルは開いてるだろう、さっさと決めて、荷物置いてナポリ観光に行こう!と思ったら、これが大きな誤算。 どこのホテルもドアが閉められ、インターホンを押すと眠たそうな声で「Full…」 ・ ・ ・ 満室というより、寝てんだろう!!! 仕方がないから駅で荷物預けて、町を観光してからホテル探しをすることにしました。 でも朝6時、7時でほとんどのホテル(安ホテルですが)がまだ開いてないなんて。 ああ、すべてがイタリア時間。 今となってはいい思い出ですがw。 .
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シチリア島といえば、海の幸、シーフードをふんだんに使った料理でしょう。 特にここ、シラクサあたりは『ウニのパスタ』がご当地料理のようで。 トラットリアを探して、再び海に突き出た旧市街に戻ってきました。
さすが古い町だけあって、リストランテ、トラットリアはたくさんあります。
この町に来る途中、あんなにレストラン探しに苦労したのはなんだったんでしょう。しかーし!ここで問題が。 こんなにたくさんお店があるのに、どこのメニューにもウニのパスタ『Spaghatti ai Ricci di Mare』の文字がありません。 やっと書いてあった!っと思ったら、「今日はないよ」と、つれない返事。 しかも、今夜は8:40の寝台列車に乗らないといけないので早く夕飯食べたいのに、どこも7時からのオープン。 ほんとイタリアはゆったりしてます。 町の広場の一角で、やっと『Ricci』(ウニ)の文字が書いてあるトラットリアを見つけ、時間も6時50分ごろになったので、オープンテラスの席に『座っていい?』と聞くと、『まだまだ、今準備中。ちょっとまってて!』と言われてしまった。 しかも、7時過ぎに席につけたのはいいんだけど、ウニはやっぱりないとのこと。 メニュー消すの忘れてたらしい。 なんでも、ここ2,3日海が荒れてたせいでウニが捕れなかったそうで。 仕方がないから、ウニはあきらめて、今日は他の海料理で! 海の前菜の盛合わせに、ペスカトーレのパスタ、メインにイタリア語のメニューがよくわからなかったので、ウェイターのオススメを持ってきてもらうと、カジキのソテートマトソースでした。 聞けばこれもウニのパスタと並ぶ、どうしようもなくシチリア地元料理らしく、知らなかっただけにラッキーでした。 前菜からシーフード満載です。 イワシの香草焼きとか、イカのマリネとか、ああ、思い出しただけでもよだれが。 ペスカトーレもこれまたシーフード満載! カジキはとてもあっさりした味付けでしたが、もちろんおいしい!!!! いやほんと、どれもとてもおいしかった! 白ワインも、500mlのデキャンテで、8ユーロぐらい。 安い、しかもこれもおいしかった! …なんか、「おいしい」しか言ってないな。それぐらい美味だったということで。 ウニは残念でしたが、最後にシチリア料理を満喫できました。 .
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イタリアの最南端、シチリア島のシラクーサです。 しばらく、この町にあるギリシャ・ローマ時代の石切り場をご紹介していましたが、その近くにはローマ時代の円形競技場跡もあります。 古代ローマ遺跡といえども、ここシラクサでは、先日ご紹介したギリシャ劇場より歴史が新しい遺跡です。 ギリシャ劇場は紀元前5世紀前後のもの。この円形競技場は紀元1世紀ごろのもの。 恐るべし、シチリアの歴史。 それでもこちらは長年放置されてきたらしく、草ぼうぼうです。 ギリシャ劇場の方は、今でもコンサートに使われているので、よく整備されています。 まあ、草ぼうぼうの方が遺跡らしいといえば、遺跡らしいのですが。 有名なローマのコロッセウムよりは、はるかに規模が小さいですが、それでも現代の観客席を備えた大規模体育館ほどの広さはあります。 昔はここで剣闘士の戦いや、クリスチャンの公開処刑などが行われたのでしょう。 アリーナの真ん中に四角い穴が見えますが、当時はその上に床があり、床下から、剣闘士や猛獣が現れるからくりの跡です。歌舞伎場で言う奈落ですね。 ローマ文明がいかに高度だったかが、うかがえます。 約1900年前ですからね。日本で舞台装置が整った歌舞伎場が現れたのは江戸時代、2〜300年前の話です。 それにしても、私、若く見える気が…。 わずか数年前なのに…。 まあ、この旅行からワインが飲めるようになって、甘いものが好きになって、コーヒーも砂糖とクリーム入れる派になって、肉料理のレパートリーが増えたからねぇ。 すぐに影響されるんですねぇ、わたしは。 .
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