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は〜い、イタリアの最南端、シチリア島のシラクーサです。 しばらく、この町にあるギリシャ・ローマ時代の石切り場をご紹介していました。 ここの崖はギリシャ式建造物に欠かせない、大理石の石切り場だったんですが、中世にはその穴をあることに利用していました。それは…。 牢獄でした。 その最も大きな穴、いや洞窟である通称 『Orecchio di Dioniso』つまりロバの耳と呼ばれる洞窟に入ってみました。 あっ、ほんとだ、ロバの耳みたいだ。
は本当に広々としています。
天井が高い!そこにたくさんのこうもりが飛んでいました。この大きな洞窟に幾つかの小さな部屋が掘られていて、そこがかつての牢獄だったようです。 なにせ、こんなつくりなので、音響効果が抜群で、中で話される声は皆、反響して外に丸聞こえです。 牢番は外にいながら、囚人たちのひそひそ話を聞いていたそうです。 そう、例えばいつ、どうやって脱獄しようかとかw。 .
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イタリア・ナポリ、シチリア
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引き続きイタリアはシチリアの海辺の町、シラクサ散策です。 『天国の石切り場』のすぐ横には、ギリシャ劇場の遺跡が広がっていました。 西暦前の古代のギリシャからローマ時代に、ここでたくさんの演劇が披露されてきたのでしょう。 南仏とか、イタリアとかで、こういうギリシャ劇場の遺跡はたくさん残ってたりするんですが、驚くべきは、たいていが今でもコンサートや演劇に使われていることです。 ここもほら、ステージが補強されて、シートにちゃんと座布団が置いてあるでしょ。
この夜も、何かのコンサートがあるらしく、下でチケット売ってました。
ステージを取り巻くようにして、客席が高くなっていくこの劇場としてのこの基本形は、今も昔も変わらないので、そのまま使えるんですね。音響効果や、見易さの工夫はすでにこの頃に完成されていた訳です。 まあ、古代遺跡でライブなんて、ロマンチックで雰囲気出るしね! 気になるのは、ステージの上に転がっている…。 『ただの屍のようだ…』 んな訳ない。どうもこのライブのオブジェのようで、どこかで見たと思ったら、ポンペイの遺跡で発見された人間の形の穴からかたどった人型のレプリカのようです。 ほら、火山の噴火でポンペイの町が火砕流に飲み込まれて埋まってしまったでしょ。 その時、逃げ遅れた人の体が埋もれた火山灰の中で燃えて、人型の空間が残ったんです。 そこに石膏を流し込んで、当時のローマ人の犠牲者のコピーをつくったんです。 ポンペイ遺跡に行けば見られます。近々ご紹介します。
それにしても、ここは丘の上。
シラクサの町と海が一望できます。海からの夕凪が心地よかったです。.
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引き続きイタリアはシチリアの海辺の町、シラクサからです。 この町の起こりは、ギリシャのコリント人が西暦前8世紀に植民地として築いたことに始まります。 なので、めちゃ古いです。 古代ローマ帝国より古いです。 日本なんてバリバリの狩猟生活時代です。お米の味すら知らない時代です。お箸の国になる以前です。 先回の記事で、そのギリシャ時代の遺跡のひとつに来ましたが、いったい何の遺跡だったのか? 実はここは 『天国の石切り場』 と呼ばれる、大理石の採石場跡でした。 ご存知の通り、ギリシャ文明は大理石文明と言っても過言ではありません。 柔らかくて加工しやすい、しかも磨けばツヤや模様を楽しめる大理石は、多くのギリシャ彫刻、神殿などの建造物に利用されました。 それを引き継いだ、古代ローマ帝国も、その後の西欧文明も、大理石はなくてはならない建築資材でした。 ここで切り出された石は、シラクサの町はもとより、本国のギリシャのコリントにも運ばれて神殿建設などに使われたようです。 崖のあちらこちらにあいている大きな穴を見てみると、きれいに削りだした跡が残っています。 後にこれらの洞窟は、牢獄としても利用されたようです。 .
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引き続きイタリアはシチリア島の南東に位置する町、シラクサからです。 ちなみに『シラクサ』は英語読みで、イタリア人には『シラクーザ』と発音した方が通じます。 半分島のような旧市街から、本土側にてくてく歩いてきました。 旧市街は道幅が狭く、車は島の外周ぐらいしか走れないので、あまり車を見ませんでしたが、本土側はさすがに道幅も広く、車がぶんぶん走ってます。 目指すは駅の裏に広がる丘。 あの丘の上に、旧市街とは別に古代遺跡があります。…あるはずです。 実はこのとき、町の観光インフォメーションが見つからなくて、地図なしで歩いていました。 持ってたガイドブック『Lonely Planet』 にもシラクサの記述はごくわずかで、もちろん地図なし。 どうも、タオルミーナと同じく山の上にギリシャ遺跡があるらしいということだけは知っていたので、目の前の坂道を上って行くことにしました。 それにしても看板もないし、よくわからん。本当にこの道でいいのか? 道にお巡りさんがいたので、聞いてみたら、全く英語は通じず。私たちはイタリア語をしゃべれず。 でも目指しているところはわかったらしく、『そのまま行け』と言ってるらしい。 ひいひい坂を上って行くと、いきなりフェンス越しに、切り立った崖が見えてきました。 そうとう広い公園のようです。 しかもあちこち穴だらけ。 いったいここは、なんの遺跡なんでしょうか?! ♪燃えるおと〜この〜 あ〜かい〜トラクタ〜 それがお前〜だぜ〜 それがお前〜だぜ〜 って、それイセキトラクターですから!! えっ、ヤンマーだったっけ??!! .
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引き続きイタリアはシチリア島の代表的な町のひとつ、シラクーサからです。 シラクーサの海、イオニア海はやはりきれいです。 先回の記事で『ギリシャの町みたい』とコメントしてくださった方がいましたが、元々ここはギリシャのスパルタかコリントか忘れましたけど、のコロニアル、植民地だったのでまさにその通りなわけです。 さて、海に突き出た旧市街から、本土側の新市街に移動です。 新市街と言っても、紀元前2世紀のポエニ戦争以後のローマ領になってから出来た町なので、すでに2000年近くの歴史があるわけですが。 こちら側には、たくさんのローマ時代の遺跡が残ってます。 こここは『フォロ・シラクーサ』の遺跡。 つまりフォロローマーノと同じく、ローマ時代の町の中心、広場跡ですね。 かつてはここで市がたったり、裁判や演説が行われたのでしょう。 こんなものが自然に残ってるってのが、さすがイタリアです。 .
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