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ニューヨークはマンハッタンの沖に浮かぶエリス島の移民博物館つづきです。 かつて19〜20世紀初頭にアメリカ最大だった移民審査が行われていた大ホール、2階から見た写真です。 当時はこんな感じで人でごった返していました。 よく映画の一場面になる光景です。 再び1階に下りて記念撮影。 今までに知り合ってきた何人もの白人系アメリカ人のおじいちゃんとか、曾おじいちゃんとか、曾曾おじいちゃんとかが、ここからアメリカに入ってきたんですね。 そのうち二人の友達はアイリッシュ系ですが、やはりポテトファーミンの時に来たんでしょうか。 ここに立っていると想像が膨らみます。 で、当時、こんな感じで管理局員が質問したり、パスポート確認したりしてたわけですね。 「はい、次、いらっしゃい!」 今回私たちはデトロイドの空港でアメリカ入国しましたが、イミグレーションのお兄さんはいい感じの人でした。 「PAのステートカレッジみたいなとこに何しに行くの?」って聞かれましたが。 日本人が普通行くとこじゃないから不思議がってました。 アメフトの試合見に来ました、って言っとけばよかったかな?! |
ニューヨーク・ダウンタウン
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コメント(9)
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アメリカは移民大国、人種のルツボです。 そのかつての大玄関だったのが、ニューヨークのマンハッタンの先にうかぶエリス島。 この小さな島に入国管理局があり、19世紀から20世紀の航空機国際線が発達するまで、ヨーロッパ系のほとんどの人たちが、ここを通ってアメリカに入国しました。 いまは移民博物館になってます。 これ、当時の写真と移民たちの荷物を再現したものです。 この大ホールがかつての入国審査場で、何本もレーンと机が設けられ、移民希望者はパスポートを持って長蛇の列を作って並び、審査を受けました。 移民を扱ったアメリカ映画でよく使われる場面ですね。 観光でも入国審査は緊張するのに、移民ならなおさらだったでしょう。 今や国際共通語の英語も、当時は一ローカル言語に過ぎなかったので、ヨーロッパのあらゆる国と言語から大挙してやってくる人たちに混乱したでしょうね。 当時の船会社のポスターやパンフレットです。 イタリア語やらロシア語やらフランス語やら、ヨーロッパ中の港とつながっていたことが分かります。 タイタニック号ももちろんその一つで、イギリスのリバプールとのラインでした。 ここを通過してアメリカに入った人たちの写真です。 一言にヨーロッパと言っても、ほんとに多種多様な人種、文化があることが彼ら彼女たちの民族衣装から解ります。 着物を着た日本人女性もいます。 ヨーロッパ経由でやってきたのでしょうか。 白人系アメリカ人はアイルランド系が最も多いと思うんですけど、知り合った人に先祖を尋ねると、スイスだったりイタリア系だったり、ルーマニア、リトアニア、ポーランド、ロシア、オランダ…ほんときりがありませんでした。 その上さらに、アフリカ系、ラテンアメリカ系、アジア系、アラブ系も別ルートで来てるわけですから、この多民族性…、日本では考えられませんね。 |
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アメリカは言わずと知れた移民でできた国。 かつてヨーロッパから大挙して押し寄せた人々がくぐらねばならないアメリカの門が、ニューヨークの沖合、入国管理局があったここエリス島でした。 リバプールやマルセイユ、ジェノバなどのヨーロッパの港を出港した船は、大西洋を横断し、まずは自由の女神を見つけて、新大陸アメリカに到着したことを知ります。 その後、乗客たちは自由の女神を甲板で見つめながら、船はその隣のこのエリス島に接岸するのです。 この観光客のように、それぞれの民族衣装を着た人々がアメリカの第一歩を踏みしめます。 もっとも、ここで入国許可が下りなければニューヨークへは渡れない訳ですが。 観光客もやはり白人系アメリカ人が多いです。 なにせヨーロッパ系アメリカ人の60〜70%の先祖がここからアメリカに入ったわけですから。 彼らにとってここはまさにルーツなのです。 この風景、アメリカと言うよりイギリス、オランダ、デンマーク、スカンジナビア辺りの北海周辺国を思わせます。 まさにヨーロッパ的な景色です。 実はこの建物群は隔離病棟で、入国審査の際、病気を持ってる人はここに隔離されて治療を受けたそうです。 そう、映画ゴッドファーザー2の最初の場面、幼いビトー・コルリオーネも検査に引っ掛かって、ここの病室に入れられてましたね。 窓から自由の女神を見つめる寂しげな少年のまなざしが実に印象的で、当時の移民たちの心情を見事に表現していたのではないかと思います。 |
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アメリカの、ニューヨークの、自由の象徴、マンハッタンの沖にたたずむ自由の女神です。 厳重なセキュリティチェックを潜り抜けて、台座の上まで登ってきました。 外に出ると、もう真上にそびえたってます。彼女が。 男の馬鹿な性…、なにかを期待して上を見上げてみると!! んなもん見えるわけないでしょ!このバカチンが!!!! しょうがない、ス○ベな男性の皆さんにお見せしましょう!女神のスカートの中を!! はーい、これが自由の女神のスカートの中です。 骨太です。 なんてがっちりした鉄骨娘。 ある意味、予想通り。 そういや、ここでもXメンが戦ってましたね。 ちなみに昔はこの階段を上がって、頭の展望台にいけたそうなんですが、今はテロ対策のため封鎖されています。 まあ、ミュータントたちに占拠されてもアレですし・・・。 |
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引き続き、ニューヨークの象徴リバティ島にある自由の女神の台座の中にある博物館です。 ここには自由の女神に関する建設当時のおもしろい資料などが展示されています。 これもでかい! 像の足の部分のコピーです。 とてもでかいので、パーツごとに粘土で成形して、型を作って、そこに銅を流し込んで固めます。 そして、それらを溶接していったようですね。 でこちらの写真は、1881年の秋から1884年の春までの建設の経過です。 19世紀はまさに鉄と帝国主義の世紀ですが、もうそんな感じですね。 こちらは自由の女神のボツになった原案のようです。 上のデザインは、えらく控えめというか、おしとやかというか、アメリカっぽくないですね。 まあ元々の自由の女神のイメージではありますが。 でも、下の絵は、だめだろこりゃ! 全裸の巨大ポセイドンかアポロのお股の下を船がくぐっていくデザイン…。 やだよ、ヨーロッパから新大陸に希望を胸一杯にふくらませて大西洋を航海してきて、そんな巨大お稲荷 さんの下をくぐって「アメリカ!」「自由の国!」なんて叫びたくないよ。 もしかして、世界の七不思議のひとつだった古代アレキサンドリアの灯台のイメージなのかも知れませんが。 でも、もしこれが採用されていたら、ニューヨークもアメリカもここまで発展しなかったかもしれません。 いやマジで…www |


