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イタリア・古代ローマ帝国の首都ローマの中枢部だったフォロロマーノ遺跡編。 ここはエミリアのバジリカです。 経済も進んでいたローマ帝国では土地ころがしをはじめとするマネーゲームも盛んだったようです。 この後に来る中世からは考えられませんが。 ラテン語による石碑も残ってます。 ヨーロッパの国々では今でも教養としてラテン語を学校で教えてますよね。 日本語の古文のような感覚なんでしょうか。 |
イタリア・ローマ
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イタリア・古代ローマ帝国の首都ローマの中枢部だったフォロロマーノ遺跡編。 何回か前にパラティーノの丘から見下ろしたマクセンティウスのバジリカをご紹介しましたが、今回はフォロロマーノの真ん中からみたそれです。 もし彼が勝っていたらローマ帝国のキリスト教公認はなく、ヨーロッパがキリスト教国になっていなかったかもしれません。 そうなると勢力を伸ばしてきたイスラムに、北方蛮族侵入で帝国の力はガタガタの、強い哲学、思想、信仰が失われたヨーロッパは強大なオリエント勢力に勝つことができずイスラム圏になっていたかもしれません。 パリやロンドンやベルリンにモスクが建ち並び、パリジェンヌは頭に覆いをして歩き、ゲルマン系の金髪白人男性がメッカの方向に向けて日に数度お祈りを捧げる・・・ まあ、それも面白いかもしれませんが歴史は歴史です。 で、そんな戦いに敗れたマクセンティウス、彼が生きた証拠が今でもこうやって残っています。 こうやって見上げると、やっぱりでかいね〜! |



