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イタリア、ローマの街歩き! 有名な「真実の口」があるサンタマリアインコスメディアン教会のすぐ近くにローマの母なる川、ティベレ川が流れてます。 そこにかかってるのがこのパラティーノ橋です。 それこそ7つの丘が集まってローマという集落ができたころからあるんじゃないでしょうか。 ちゃんとした石橋になったのは西暦前2世紀ごろだったと思いますが、当時はアエミリウス橋と呼ばれてました。 その後もアウレリア街道、カンパーナ街道の起点になり、東海道における京都の三条大橋のような感じでしょうか、もっともこちらは紀元前からの歴史ではありますが。 その昔のアエミリウス橋の一部が残ってます。 こんな残し方もローマらしいです。 |
イタリア・ローマ
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イタリア、ローマの街歩き! 有名な「真実の口」があるサンタマリアインコスメディアン教会です。 私たちも口の中に手を入れてみました。 ちょっとドキドキでしたが何もありませんでした、当たり前だ!まあ私は正直者ですから(ウソ) なんか近頃は手を入れるの禁止になったとか聞きましたが、本当でしょうか。 それにしても今ではありえない服のセンスですね、私…。 この時はバックパック旅行で、犯罪にあわないようにわざとどうでもいい服装をしていたのですが。 ブログを始めることを知ってたら、現地のH&Mでも行ってもう少しましな服にしたのになwww。 一応Tシャツはスイスのツェルマットで買った、エビアンをパロッたものなんですが。 ジーンズははきませんでした。 ヨーロッパはドレスコードがうるさいので、ジーンズ不可の店があるんですよ。 3つ星とは言いませんが、ちょっといい感じのレストランに入るときはパンツはチノでも襟付きのポロシ ャツにジャケットを羽織れば、まあたいていは入れてくれるので。 でもこの旅を教訓にして、次回からはもう少し服に気を使うようにはなりました、はい。 |
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イタリア・古代ローマ帝国の首都ローマの中枢部だったフォロロマーノ遺跡編。 コロッセオ方面から入ってきて、やっと反対側に到達しました。 名前としては息子のカラカラ帝のほうが有名ですね。 映画グラディエーターで出てきたコモドゥス帝暗殺後に台頭したかつてのマルクスの将軍です。 軍隊出だからか、ローマ軍兵士の年金や給料を上げて兵役中の結婚も認めるなどの優遇措置をとったのに、それが逆に軍の弱体化につながったという皮肉な政策を施行した皇帝です。 この凱旋門は当時の帝国の仮想敵国であったパルティアに勝利したことを祝うもので、別に大した戦いではなかったようですが、凱旋門は立派なものです。 帝国も文化的には爛熟期なのでいいものができたのでしょう。 当の私は風の通らないフォロロマーノの暑さにやられて、じっくり門を観察する余裕もありませんでした。 あ〜もうバテバテ。 ビールがのみたかった…。 |



